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解剖学への招待 −私と献体 解剖学習を終えて−

 事業名 篤志献体の普及啓発
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


お婆ちゃんへ
弘前大学医学部 石井 祐輔
 
 私たちが初めてお婆ちゃんに出会ってから、早いもので3ヶ月近い月日が過ぎました。長かったようでもあり、また短かったようにも思える3ヶ月間でしたが、思えばお婆ちゃんは私たちのうち、一般入試を経て入学した学生がこの大学の門をくぐったころからずっと待っていてくれたのですよね。2年余りの時間、貴方が大切に想い、また貴方のことを愛し、待っている人々と離れ、さぞかし淋しかったのではないでしょうか。
 この3ヶ月ほどの実習の中で、私たちはお婆ちゃんの身体を細部にいたるまで見せていただいた訳ですが、まさに自然の神秘としか言いようのないような人体の精巧な造りに驚嘆したり、大きな病変が見つかり、生前のお婆ちゃんの苦しさを想い胸を痛めたりと様々な出来事がありました。そういった日々の中で、人体構造の細かい知識もさることながら、教科書や参考書からでは決して得ることのできない、具体的な実感を伴った「生命の素晴らしさ・大切さ」という、これから人の命に携わる職業に就こうとするものにとって根本的な部分を教えていただきました。本当は、お婆ちゃんはもっと多くのことを語りかけてくれていたのかも知れませんが、未熟な今の私が精一杯の力で受け取れたのはその点だったので、とにかく今はそこを大切にしていきたいと思います。
 病と闘い、そして亡くなって、本来ならば安らぎの時間となるべき大切な時を賭してまで、私たちに色々と教えてくれて本当に有り難うございました。これからも私たちは多くの患者さん方から諸々の事を教えていただいていくことになりますが、身を以って私たちに様々なことを教えてくれた最初の師として、どうぞずっと私たちを見守っていて下さい。
 最後に一つ、個人的なお礼を言わせてください。私は今年からこの大学に編入学してきたのですが、お婆ちゃんにはクラスの皆との仲をとりもっていただきました。お蔭様で素晴らしい仲間ができました。これからは私自身の手で、この関係を温め、深めていきたいと思います。有り難うございました。
 本当に、有り難うございました。そちらでのお婆ちゃんの生活が、安らぎと幸福に満ちたものでありますように。
 
生を考えた解剖学実習
東京歯科大学 石岡みずき
 
 小学校3年の頃、家で飼っていた鶏を食べた経験がある。学校から帰ると、既に首の無くなった鶏が梅の木に吊るされていた。そこから羽をむしり、解体する一連の作業を、私は台所のまな板の脇でじっと見続けた。解体してくれたおじさんは、鶏の体内の臓器やその機能まで事細かに説明してくれた。興味深かった。
 鶏の死と人の死とでは、重みが全く違うと言われるかもしれない。しかし、思えばあれが、死を通じて生を考えた最初の経験だったのではないかと思う。
 とはいえ、今まで人の死というものに直面したことのなかった私は、解剖実習当日、言いようのない緊張と、期待と、不安に包まれていた。
 青いシートの中には、小柄で華奢なおばあさんがいた。私たちの解剖班は、6人中4人が女性。これでまた女性人口が増えた。遺体と対面しているはずなのに、不思議なほど親しみを感じてしまう私であった。足や腰の所々に見られる褥瘡からは、生前の寝たきり生活がうかがえ、今は穏やかな表情で横たわっているおばあさんに、お疲れ様、と声をかけたくなった。
 解剖が始まると、華著な体からは想像できないほどの脂肪の量にまず驚いた。臓器は全体に小さく、他の班の頑強な男性と比べると、とても同一の臓器とは思えないものもあった。これだけ個体差のある多種多様な臓器や器官が、当の人間の意志とは無関係にそれぞれの役割を果たし、巧みに連携して一つの生命体を形作っている。やはり命あるものはすべて、何かの力によって生かされているのだろうか・・・そんなとりとめのないことを考えつつ、それを扱うのが人間である以上、なせる業の限界をわきまえ、思い上がらず、謙虚さを忘れないことが大切ではないか、と思えてならないのである。
 この解剖学実習で、初めて人の死を目の当たりにし、その死を通して生を考えた。小学生の頃、まさか鶏に好意があったわけはないが、この死を無駄にするまいと、幼いながらに思い、感謝したのを覚えている。だが、あのおばあさんは自ら進んで私たちに究極の教材として大切な身体を提供して下さったのだ。最後の実習が終わったとき、班の皆で、お疲れさま、ありがとう、といってお別れをした。本当にもう、ありがとうでは足りないくらい、様々な思いが込み上げてきて、胸がいっぱいになった。
 毎回の試験に追われながらも、学べたこと、得たものは想像以上に多かったと思う。おばあさんの思いにきちんと答えられるよう、必ずよい歯科医師となって社会のお役に立てるように、これからも毎日の学習に真剣に取り組もうと思う。
 
東京医科歯科大学医学部 石川 愛子
 
 五ヶ月間にも亘った解剖学実習でした。全力疾走するには期間が長すぎました。息切れしそうになったこともあったけれど、無事に実習を終えることが出来てホッとしています。解剖学実習は「自分の目でみて、自分の手で触れて、自分の頭で考える」という自然科学の原点であり、また医師の卵としての一種の精神修養であったと思います。
 ご遺体を怖いと感じたことはありませんでした。むしろ、いくら直に慣れるとはいえ解剖学実習は究極の精神状態下で行われることに違いはなく、実習を通して良くも悪くもクラスメートの本性が見え透いてしまった感があります。ご遺体を前にして生きている人のことを考え、生きている人を前に死について考える日々でした。頭が混乱するぅ・・・。
 その一方で、私は解剖学実習を通じて、ご遺体からは死を具体的に教えて頂いた、という感想を持ちました。死についてカッコイイ言葉を述べるのは簡単だけど、時には言葉に振り回されているような感をうけることがあります。体験に裏付けられない言葉は心を上滑りするだけです。「生とは? 死とは?」知っている限りの言葉を思い浮かべて頭を一杯にしている私に対し、終始無言のご遺体は、私に欠けていた何かを語りかけてきてくれました。
 実習で学んだことは、あまりにも重過ぎて、まだ自分の中で処理し切れていません。でも、これからどんなに辛いことがあっても、良き医師を目指して勉学に励もうと思います。ありがとうございました。
 
神奈川歯科大学 今井 亮
 
 私たちは、この一月に三ヶ月に及んだ解剖実習を終えようとしています。実習を行ったことによって、実習前とは比べものにならないほど人体に対する理解を深め、医療に携わる難しさを知り、歯科医師という職業の責任の重さを認識し、そして、生命に対して真剣に考えられるようになりました。
 私はこの実習が始まるまで、御遺体に向きあったり、手を触れたりという経験が殆どありませんでした。実習初日には、解剖着に袖を通し解剖実習に入った時、その異様とも言える緊張感を感じたことを今でも鮮明に覚えています。
 実際に実習が始まり、御遺体を手で触れることによって、かつて共に社会生活を営んできた同胞であるという思いがして、メスを入れることがなかなかできず、戸惑いました。
 実習中は、驚きの連続でした。想像していたよりも、人間の体は複雑で、何よりも驚いたことは人体の構造に無駄なものは一つもないということです。筋肉の走行や血管の配置、神経の分布など、剖出するのはとても細かい作業でたいへん苦労しました。深層の構造は、教科書などでは勉強するのに限界があり、御遺体で実際に剖出・観察することによって理解でき、解剖実習をやることの重要さを改めて知ることができました。
 今回、この解剖実習によって得ることのできた多くの知識は、献体してくださった方のおかげです。生まれて初めて経験した、感動と感謝の気持ちを一生忘れることはないと思います。たった三ヶ月間ではありましたが、私の中ではとても濃密な期間で生と死について、人間について考えさせられる時間でした。
 最後になりますが、本当に私たちの御遺体は、いろいろなことを語り、教えてくれました。感謝の気持ちでいっぱいです。また、貴重な体験をすることによって、自分自身が成長できたと思います。献体をして下さった方々、御遺族の方々に感謝の念を忘れずに、実習をすることによって得た知識・技術をいかし、これから歯科医師を目指すものとして頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました。
 
鹿児島大学医学部 今成 英司
 
 まずはなんと言っても御献体下さった方々とその御家族の方々に心から感謝の意を表したいと思います。自分でも解剖前は、「死んでしまったら何も感じないのだから医学の発展のために少しでも役に立てればいいし、臓器提供にせよ献体にせよ自分にもできるのではないか」と簡単に考えておりましたが、実際に自分たちで実習を終えてみるとそれがどれだけ勇気のいることかを思い知らされました。死後もなお、しばらくの間は安らかな眠りではなく体を隅々まで解剖されてしまう。これがどれほど重い現実であるかを目の当たりにし、それだけに、目の前の御遺体には感謝感謝の毎日でした。自分なりにも「この方々の御厚意を決して無駄にすることがあってはならない、一つでも多くをここから学び取ろう」という気持ちで、この数ヶ月間、一日一日を本当に真剣に充実して過ごすことができました。
 また、御献体いただく方のほとんどがお年寄りということもあり、どの御遺体にも一つ二つは医療の痕跡が残っておりました。私たちの解剖させていただいた御遺体にも、左腕の静脈の異常な肥大と広範囲の皮下内出血(透析のために何度も針を刺したためと思われます)や右大腿骨上部の骨折を金属プレートで固定したものなどが見られ、胸が痛みました。それぞれ担当なさった先生や関わった医療スタッフの方々は全力でその患者さんやその病気と向き合ったのだろうと思いますし、現代の医療を否定しようということでは全くありません。ただ、医療というものは日進月歩改良されていくものであり、これから医者にならんとする自分たちも少しでも患者さんのQOLを高め、かつ治療効果の落ちない(あるいは上がる)ような治療法を開発したり取り入れたりといった努力をし続けなければいけないと改めて強く感じました。
 実習を通して、これまで体調を壊して病院に行くたびに「どうなっているのだろう?」と不思議に思い知りたいと思いながらそのままになっていた体の構造を実際に実物を見ながら理解していくことができ、とても興味深く、本当に身になったと思っています。自分たちの手で作業をしながらというのは決して楽ではないけれども、漠然と教科書を眺めているだけの時とは理解の厚みも全く違い、自分たちはこれから医者になって行くのだという気持ちを新たにさせられました。ここで学んだことを土台にしこれから4年間、そして卒業後もずっと、より良い医療を求めて学び続けていきたいと思います。最後にもう一度、御献体いただいた方々とその御家族、そして御指導いただきました先生方やスタッフの皆様に心より感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございました。
 
滋賀医科大学 上田 美帆・上村 紀子・大西 貴久
 
 まずはじめに、私達医学生にかけがえの無い御遺体を御献体下さり、解剖実習という貴重な機会をお与え下さいました、故人、並びにその尊い御遺志に深い御理解と御協力を頂きました御遺族の皆様に、深く感謝の辞を申し上げますとともに、心より厚く御礼申し上げます。
 昨年十月、私たちは始めて解剖実習室で御遺体にお目にかかりました。解剖をさせて頂くにあたって、どのような人生を歩まれた方だったろうと、『しゃくなげ・35号』をめくったのが解剖学実習の始まる前夜のことでした。そのお優しそうなお顔からお人柄を推し量るほかなく、人の人生の儚さを思う一方で、そのような人生の最後に、私達医学生にその尊い御遺体をお与え下さいました御遺志に大変感動いたしました。
 いざ御遺体を前に実際にメスを入れるとなると、やはり同じ人間である以上、御遺体に傷を着けるようなことをして良いのかというためらいがありました。
 しかし、解剖を進めるうちに、机上の学問では知り得ない人体の複雑さ、重さを実感し、これは医師を志す私たちの使命なのだと自覚することができました。
 去る六月一日に比叡山延暦寺において、解剖体納骨慰霊法要が執り行われ、これをもちまして私達は無事解剖実習を終える事が出来ました。ある御遺族の方から聞かせて頂いた、生きようとする意志が奇跡を起こすこともあるというお話に感動し、また、納骨させて頂く折には、御遺骨の重さに命の貴重さを改めて実感し、医学を志す者としての自覚を新たにしました。
 最後に、故人、並びにその御遺族様に、改めて厚く御礼申し上げますと共に、御冥福を心よりお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。
 
北海道大学医学部 内ヶ島基政
 
 初めて献体された方と向かい合ったとき、正直、気の進まないというような感情がありましたが、実際に解剖を行ってみると、そこにはさまざまな発見があり、解剖を行っていた日々はとても充実していたように思います。
 それまでは人間の体なんてよくわからない不思議なものだったので、解剖を行なってさまざまなものの見方が変わりました。特に、人の体は恐ろしいくらいうまく作られているということ、つまり、人体の構造の精密さということを強く感じました。外見からではわからない内側から見た筋肉や神経、血管の走行には本当に驚かされることが多かったです。そのせいで、自分の場合はその部位を実際に見て、覚え、勉強するというよりも少し違う方向に進んでしまいました。もし、この部位を通っていなければある機能は失われてしまうといったことを考えながら解剖をしていると、あらためて人の体に驚嘆させられるとともに、言い方は悪いかもしれないですが、とても面白かったです。そこには、誰彼と見ることのできない、自分の知らない世界が広がっていたのですから。
 しかし、その世界を垣間見るためには、いろいろな作業があり、やっとのことで見ることの出来たということも多くあり、解剖は精神的にも体力的にも大変でした。本当は献体された方のすべてを見ることがその御遺志に報いることなのですが、それは限られた時間の中では難しく、非常に心残りであり申し訳なく思っています。おそらく2度とない貴重な機会だったので、もっと見ておけばよかったのかもしれないと今、少し反省しています。
 最後に、私たちのために自分の体を少しでも役立てようと献体してくださった方々にはその御遺志に敬意を払うとともに、感謝申し上げます。ありがとうございました。これで、私たちはしっかり医学を学ぶ義務を負ったわけなので、その御遺志にそむかぬようがんばっていきたいです。







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更新日: 2018年9月15日

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