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解剖学への招待 −私と献体 解剖学習を終えて−

 事業名 篤志献体の普及啓発
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


『無題』
聖マリアンナ医科大学山百合会 鈴木 清子
 
 今年も田舎なのに蝉しぐれを聴く事もなく炎暑も終わろうとして居ます。皆様黒磯と言うと那須御用邸連想されるらしく、涼しいでしょう、快適でしょうというお便りを戴いて目を白黒。御用邸は那須の奥にあり、私共の住む処は町うちで三十五〜六度は軽く超えます。日中は出来るだけ外出を避けて、用事で道路に出ると暑くて靴の裏が焼けそう。都会とちがって日陰を作る大きな建物もなく、ドラキュラよろしく陽の落ちるのを待つ始末。
 最近那須の山は煙を吐いて居る休火山で噴火のおそれもあると新聞に報道されてビックリ! 被災しそうな地域は特別マップが配付されたという事です。夏は落雷がすさまじく、冬は北風の那須山おろしが吹き荒れます。黒磯で生まれ黒磯で嫁ぎ、黒磯から出た事のない人は「黒磯程住みよい処はない」と言います。住めば都と言う事でしょうか。二年がかりのネズミの一件は超音波の機器の効き目があって出て来なくなり、問題の隣室も空いて半年になりネズミは食糧がないので何処かへ移動したようです。平凡な一日が毎日過ぎて行く事が有難いと感謝して暮らして居ます。献体という御役目を無事に果たせますように。黒磯の空を仰いで皆様方の御健勝を心から御祈り申し上げます。
主の平安皆様の上に
 今年も生きてやまゆり誌を読む事が出来て幸せを感謝して居ります。心筋梗塞の発作から生きのびて五年半が過ぎようとして居ます。医学の進歩のおかげで生かされて居る毎日です。姑の生存中「よく病気の種が次々とあるものだね」と言われた私の体、今生きて居るのが自分でも不思議に思う事があります。二週に一回通院し、他人さまの手を借りず何とか独り暮らしをして居られますから。昔、登山が大好きで丹沢の表尾根を日帰りで訪れる事が夏の楽しみでした。
 横浜在住の時、聖マリアンナ医大が出来て早速献体を申し込んだ処、まだ山百合会は発足して居ませんでした。「何で献体なんかしょうと思うの? 私反対だわ」親友にも反対されましたし、第一に驚いたのは息子の猛烈な反対でした。「親を切り刻ませる訳には行かぬ、絶対に承諾のサインはしない」。月日をかけて看護婦をしている姉娘の承諾を取りつけ、「霊魂まで解剖されるワケじゃなし」とようやく息子の同意を取りました。会員証を入手した時の喜びは十余年たっても未だ覚えて居ります。加齢して社会参加も出来なくなった私の最後の御奉公だと思って居ります。
 医学生の皆様の手記を拝見する度に、献体して本当に良かったと思って感謝して居ります。昔、精神科医を志して親の反対を受け進学の道をとざされた私として、こんな喜びはございません。どうぞ心の温かい良い医師が育ちますように。医学生の皆様を含め御一同様の御健勝を心からお祈り申し上げます。
 
奈良県立医科大学白菊会 関根 静江
 
 梅雨、重い雲、長雨はご多忙の方々によってはお困りと思いますが、ふと目を止めて出会う紫陽花には新鮮な呼吸に気がつきます。昨年は六月七月と(二ヶ月)一寸した事故にあい入院生活。病院の窓からは家屋根ヤネ、車と遠くには、かすかに緑が少し見えるのですが心は休まるまではいきませんでした。痛い日々のせいかもしれませんが、今年の梅雨は昨年の分まで昔の思い出を楽しませてもらい目の前の紫陽花にも感謝しております。なかでも原種とされる額紫陽花は毬の様な美しい花とは違い一見地味ですが額縁を思わせる優しい白い薄青の濃淡紅額など今少なくなりましたが、山紫陽花などは心ひかれます。タチアオイ、やはりつゆ時の花ですね。タチアオイは下から造花のような可憐な花が白ピンク紅色が上に向って咲き一番上の花が咲く頃、梅雨が明けるときいています。
 又梅雨が明けると暑いアツイ日が続きます。
 
皆様どうぞ一日イチニチを
大切にお過ごし下さい。
 
宮崎医科大学白菊会 当房 京子
 
 真黒に日灼けした顔が、玄関で笑っています。
 「只今、母さん!」
 高校三年の夏、ナナハンの免許を取得した次の日から、北海道旅行へ出かけていた息子が今、帰って来たのです。少し逞しくなったかな。
 日向からフェリーで神戸に上陸、一路北へ、三十日間の行程です。約束は唯一つ。
 『一日一度は必ず電話を入れる事』
 ―この子と二人暮らしを始めて、それまでは連れ合いに守られながら生きて来た私達二人は、以後お互いに守り合わなければ生きて行けない日々になりました。
 当時小学校低学年だった彼は、毎朝登校するのに十円玉一個を持って出かけます。「母さんが一人で心配だから、ボクが休み時間に電話をしてあげる」と。
 自宅で仕事をしていた私は「リーン、リーン」昼休みの電話が鳴る度に心が弾みます。
 「母さん、ボク! 淋しくない?」
 「大丈夫よ。お仕事頑張ってるからね」
 十円玉一個分の幸せです。
 ―一年生に入学した当時、担任のA先生は教室にお友達が沢山いるけど、校長先生はいつも一人ぼっちで校長室にいらっしゃるから、と校長のところに遊びに行っていた彼。
 この度の旅では、ホテルに一泊もせず、公園や駅で水を貰い、飯盒でごはんを炊き、川で泳ぎ、野宿をしながら北の大地を横断、また縦断。
 「怖くなかったの」と聞けば「自分より貧しい恰好をした者はいなかったので誰も襲ってこないよ」むしろ逆に出会った人々から沢山の親切と、旅の思い出を貰ったと言う。
 バイクが故障して、もう九州に帰ろうかと思っていたら、車を止めて修理工場に運んでくださったり、川で飯をたべていたら自宅に連れて行って風呂に入れてくださったり、洗濯までしてもらった、とか。
 「君は何才だ」
 「十八才です」
 「エー、十八才、それで九州からバイクで北海道迄?」
 単身でやって来る者はいるが、十八才はいないぞ、と。
 『旅に出す親も親だぜ』と言われたとか。
 「じゃあ『行ったら駄目』と言えば止めたの?」と聞くと、
 「いや、やっぱり行った」
 私は、心配で心配で、命が縮む思いの中で、不幸な空想ばかりしながら君の帰りを一日千秋の思いで待っていたというのに、人様の心の温もりを抱え切れないほど沢山もらって来たようです。
 「世の中に、大切にしたい事がいっぱいある。ボクはドナー登録をして来よ」・・・。
 「母さん、みそ汁作って。食べたかったヨ、母さんのみそ汁が世界中で一番うまいよ」
 大好物のワカメとお豆腐のお味噌汁を作りながら、
 「じゃあ母さんも、命の灯が消えたらこの体、医学の研究に使ってもらおう」
 「うん、それ、いいんじゃない」
 
九月の青い空を秋風と共に、
彼は高校生活に戻る。
『いい男になれよ』
 
新潟白菊会 中村 耕治
 
 献体する者として五体満足の状況で死にたいものだと思っていました。そう心がけた心算でしたが残念、癌に食いつかれ胃袋を全摘する羽目になってしまいました。教室で学生さんが『あれっ、この爺さん胃が無い』とびっくりするような「欠陥教材」になり、本当に申し訳ないと思っています。手術後丸四年になりました。何とか食べ続けてきましたので、それなりに腹の中は調整されていると思います。私の体が割り当てられた学生さんには、よろしくお願い申し上げます。
 そこで狂歌を一つ、
八十路越え
いつの日に解剖なるや
欠陥材となりて侘びしく
 とにかく、胃のない生活は不便であります。向こう五年間は我慢しなさいと言われて退院したのでしたが、漸く四年、まだ食事には要注意であります。大口に食べないこと、よく噛むことは食事の原則であり、特に胃のない者には大鉄則であります。この原則鉄則を踏み外して、十日程入院したことがありました。腸閉塞で、病院の先生から『今度は手術開腹だぞ』とご注意をいただきました。
 手術当時、全く機能しなくなった空腹感と満腹感が戻ってきて、この頃喜んでいます。食汗も出なくなり、食物を戻すこともなくなり、私独特の満腹信号があり、そこで食事は一切止めることにしています。食べ残して『決して不味いのではありません』とお詫びする場合もあります。八十二歳ともなり、普通食になった時が献体の時かなと独り苦笑しています。
 食事に細心の注意をしてくれた古女房に先立たれ、この頃女房の注意通りの食事をするよう自分で気をつけています。年寄りを大切にしてくれる世の中になりましたし、今少しこの娑婆にお邪魔しようかと思っています。
 世の中早いもので、私の登録がちょうど五〇〇番で日報夕刊に大きく載って(昭和五十七年五月四日)、先生に喜んでいただいたのが、ついこの間のような気がします。そして毎年の集いには何とか出席するようつとめてきました。その都度いい思い出が重なります。いい思い出を重ねて生きることが人生の幸福だと心得ます。平均寿命を生きて、山の奥ではありますが自然の中で、これからが本当の余生だと認識しています。
 以上申し上げて、欠陥教材になってしまった『お詫びの記』といたします。
 
奈良県立医科大学白菊会 馬場 久子
 
 じとじとと、降る梅雨空を見上げ乍ら、うっとうしいナア、と思ったりもしますが、この雨で作物は育ち紫陽花は、みずみずしく咲き乱れている、此の世には、無駄な物はないのだと思えて来ます。普通は一歩々々たしかな足跡を残して人生を終えるのでしょうが、私は今ふり返ってみれば人を信じ過ぎて何一つ実になる物は残せなかったのじゃないかと、思ったりもします。だけど動物は決して人を裏切らない、人間はいくら身をけずって、つくしてみても感情にまかせ敵になったり、味方になったりしてしまう。私が昔飼っていた猫は、今思うとそんなに可愛がった訳でもないのに、ずっとそばを離れず家人にどこかのトラックに乗せられ捨てられたのに何か月もかかって、やつれ果て私のもとに帰って来ました。それには家人も猫の心に感じたのか、もう捨てようと云わなくなりました。牛も豚もみんな同じでした。子供が飼っていた犬だって何年も私を見ていないのに、人は知らぬ顔をしていても、私を見ると、ちぎれる程尻尾を振って私のそばへ飛んで来てくれた。人間は感情のおもむくままに、いくら大切にしてもらっても自分の得にならなければ、すぐそっぽをむいて恩返しなど考えない。全部そんな人間ではないと思いますが、私は不幸にして、そんな人ばかり信じて来たのか分りません。でも誰も恨む事はありません。すべては、自分の愚かさ故の生き方だったのですから!! 自分だけは、人をだましたり、裏切ったりしなかった、と心に安らぎを覚える日日です。他人がどう思ったとしても。動物の様に何の欲望ももたずに・・・。
 どの様な痛みにも苦しみにも感謝の心を忘れずに生きて行けたら、今日も、明日も、ずっと・・・どんなに幸せでしょう。







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更新日: 2018年6月9日

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