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1994/08/09 読売新聞朝刊
事件時19歳少年に死刑判決 「少年法の精神」論議の時期(解説)
 
 千葉県市川市で平成四年三月、会社役員一家四人が殺害された強盗殺人事件で、千葉地裁は八日、事件当時十九歳の元店員被告(21)に死刑判決を言い渡した。
(千葉支局 森 寛)
◆厳罰適用なお揺れる判断
 国内外で死刑廃止論議が高まる中、この日の判決は、更生の可能性が高いとされる少年事件に死刑適用という判断を下した。
 現行少年法は「罪を犯すとき十八歳に満たない者に対し、死刑をもって処断するときは無期刑を科する」と、十八歳未満への死刑を禁じている。弁護側は、「精神的に十八歳未満の少年と同じ状況にある年長少年にも、少年法の精神は生かされねばならない」と主張してきた。
 神作良二裁判長は、この日の判決の中で死刑の運用基準を示した「永山事件」(昭和四十三年、十九歳の少年が、警備員やタクシー運転手ら四人を殺害)の最高裁判決(同五十八年七月)を引用。その基準である殺害手段の残虐性、被害者の数、被害者の感情、社会的影響――などに照らし合わせても、元店員被告の犯行は「たぐいまれな凶悪事犯」と断定した。
 また、事件時少年であった点については、「身体的に十分発育を遂げ、知能も中位で、酒・たばこを常用するなど生活習慣は成人と変わりない」として、「極刑をもって臨まざるを得ない」と結んだ。
 こうしたわが国の刑事司法や少年司法運営の流れからみれば、判決は妥当なものと言える。
 ただ、今年五月には、国際条約「児童の権利条約」がわが国でも発効した。その原案は昭和六十年に北京で採択されたいわゆる「北京ルール」で、「犯罪のゆえに成人とは異なる扱いをされる児童もしくは青少年は死刑を禁止する」としており、日本では二十歳未満がこれに当たるとの意見もある。
 また、超党派の国会議員が、今春には死刑廃止推進議員連盟を発足させるなどの動きも出ている。
 注目されるのは、神作裁判長が「国際的にみると、それぞれの国の歴史的、政治的、文化的その他の諸事情から現在死刑制度を採用していない国が多く、わが国においても一部に根強い死刑反対論がある」と述べ、死刑事件では初めて死刑制度をめぐる国内外の議論に言及した点だ。
 少年事件の死刑適用には「とりわけ慎重に」とした従来の判例に加え、少年をめぐる刑罰議論をも視野に入れなければならないという国内外の世論に配慮したと言える。
 国際的人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの平成二年十月現在のまとめによると、死刑存置国九十三か国に対し、廃止国も八十五か国に上る。
 しかし、国内の各種世論調査では死刑存続派が廃止派を上回っており、少年法に詳しく少年事件研究会を主宰している国学院大の沢登俊雄教授(刑事法)も「被害者の立場に思いを致すなら、死刑回避の決断は容易ではない。裁判官の勇断を期待するには、国をあげての思い切った被害者救済制度の確立に取り組むことが必要不可欠」としている。死刑適用基準の一つである「被害感情」も緩和されるからだ。
 少年法の適用年齢をめぐる論争には、沢登教授は、「本件のような事件が発生すると、少年事件全体が凶悪化し厳罰が必要との論調が生まれやすいが、これは本質を見失う」と指摘する。確かに、北京ルールの趣旨からも、少年犯罪防止と少年法の精神について論議を深める時期にきている。
 
 
 
 
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