1993/11/30 読売新聞朝刊
「1日4人死刑」の裏側 連立政権が存続方針 国連の廃止勧告“拒否”(解説)
二十六日、全国各地で死刑囚四人の刑が執行された。細川連立政権になって初の死刑執行で、一日に四人というのは戦後初のケースだ。死刑存廃論議が高まる中、新たな波紋を投げかけている。
(社会部=大阪・森 克二)
今回、執行が判明しているのは、大阪拘置所の出口秀夫(70)、坂口徹(57)、東京拘置所の関幸生(47)、札幌拘置支所の小島忠夫(61)の各死刑囚。判決確定後の拘置期間は九―十二年間になっていた。
今年三月二十六日、三年四か月にわたる「死刑空白期間」を経て、大阪、仙台で三人の死刑が執行されており、これと合わせ今年の年間執行数は、判明しただけで七人。昭和五十一年の十二人以来の数字だ。しかも「一日四人」は、昭和四十二年十一月二日と今年三月二十六日の三人というこれまでの数字を上回った。
執行にあたっては、法務省で刑事局検事が執行停止や再審などに相当する点がないかを裁判記録などで洗い直し、死刑執行起案書を作成。最終的に法務大臣が執行命令書にサインする。刑事訴訟法で「執行は、法務大臣の命令から五日以内」と定められており、今回のケースで三ヶ月法相が一度に四人の命令書にサインした可能性が高いことをうかがわせる。
「死刑廃止を考える弁護士の会」世話人の安田好弘弁護士(東京)は「戦後最高の一日四人という数字には、法務当局にとって二つの意味がある」と指摘する。「まず、連立政権になろうと、法務大臣が代わろうと、死刑制度がなくなることはないということを、社会に知らしめようとしたのではないか」という。さらに「十一月五日に、国連の規約人権委員会が日本政府に死刑廃止を勧告したことに対する明確な拒否回答ともいえる」と話す。
今年三月まで空白期間ができた背景には、この間の歴代法相が執行命令書にサインしなかったため、といわれている。これに対し、昨年十二月に就任した後藤田前法相は「執行命令は、法相の職責として守っていかなければ、国の秩序は守れない」と述べ、今年八月就任した三ヶ月法相も「最後の段階で執行しないのは、刑事訴訟法の精神に反する」として、従来の姿勢との違いを明確にした。今年になっての大量執行は、こうした流れに沿ったものというのが、死刑反対派の一致した見方だ。
しかも、「今回は三月に続き、年内にもう一度執行するということで、準備が進められていたフシがある」と関係者はいう。「死刑廃止論」の著者である元最高裁判事の団藤重光・東大名誉教授は十月に開かれた秋の園遊会で三ヶ月法相に会った時、「先生のご期待に添えなくて、申し訳ありません」と言われたという。団藤名誉教授は「死刑執行がもうすぐあるんじゃないか、と直感した。それでも、国連の勧告があったし、外交的配慮で年内はないと思っていたのだが・・・・・・」と打ち明ける。
こうした声に対し、法務当局は沈黙を守ったままだ。「死刑囚の遺族や関係者への影響、未執行の死刑囚の心情の安定に考慮して、一切公にしない」(今年三月の参院法務委員会での浜邦久・法務省刑事局長の答弁)と、今回も執行の有無さえ公式には明らかにしていない。法務当局の関係者からは「まだ死刑囚が数多く残っている。一人ずつ執行するのでは、かえって社会や死刑囚本人に与える影響が大きいとの判断が働いて、今回のような多数執行になったのではないか」との声が聞こえてくる。
今回の執行について、読者からは多数の意見が読売新聞に寄せられている。
「死刑は国家による殺人だ」「誤判と後でわかっても、取り返しがつかない」などの死刑反対派。一方、「世界で最も大切な命を奪われた被害者の人権はどうなのか」「人を殺しても死刑にならないのであれば犯罪に対する抑止力はなくなる」などの存続派の声も根強く、双方の意見は真っ向から対立しており、現代社会にとって死刑制度がいかに重い命題であるかを浮き彫りにしているといえる。
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