1998/04/23 毎日新聞朝刊
「死刑廃止」世界の潮流に−−国連人権委、61カ国提案を今年も決議採択
◇日米中などは反発
ジュネーブで開催中の国連人権委員会で、世界的に死刑廃止を求める決議案が昨年に続き賛成多数で採択された。今後、同様の決議案が毎年採択されていくのは間違いなく、「死刑廃止」が国際社会の潮流になった形だ。だが日本をはじめ米国、韓国、中国など死刑実施国は依然、決議に反対したままで、対立の根は深い。決議の背景や、死刑実施国の主張などを検証した。
「人の命はだれのものでもない。自分自身か神のものだ」。死刑廃止決議案を推進してきたイタリアのアレッシ大使は、今月3日に決議案が可決されたあと、毎日新聞に淡々と語った。「死刑のない世界が来る日を祈っている」
イタリアが中心になり、初めて決議案を同委員会に上程したのは昨年3月。死刑廃止方針を打ち出した欧州連合(EU)諸国を中心に、48カ国が共同提案した。死刑実施国に対し▽死刑実施を猶予する▽未成年や妊婦の死刑を廃止する――などを要求し、賛成多数で採択された。今年も昨年を上回る61カ国がほぼ同じ内容で共同提案し、多数で採択された。
今回の採択後、ロビンソン国連人権高等弁務官(元アイルランド大統領)が記者団を会場の片隅に集め、臨時会見を開いた。「採択に感謝しています。死刑廃止の動きは今後も続くでしょう」「日本や米国にも死刑廃止を訴えたい。近い将来、満場一致で死刑廃止決議が採択されるのを望んでいる」。中立を是とする弁務官としては、異例の積極的発言だった。
無論、反対国の動きは強かった。米国は「国内で決める問題だ」と反発。パキスタン、フィリピンは「悪質な犯罪にしか(死刑を)適応しておらず、乱用していない」。日本やシンガポールなどは「各国の犯罪状況や国民感情もある」とそれぞれ反対票を投じた。
アレッシ大使によると、イタリアでは19世紀から「国家が個人の命を奪うことの是非」が問題視されてきた。1970年以降は国連などで死刑廃止を訴え続けた。国連総会は89年、死刑廃止条約を採択している。イタリアは94年、国連総会で「2000年までの死刑廃止」を求める決議案を提出したが、この時は否決された。だが同様の決議案が、人権委員会で2年続けて採択されたことで、各国の間では「死刑廃止が世界の潮流になった」とする見方が強まっている。
大使は「死刑実施国の方が犯罪発生率が高いという統計がある。死刑は犯罪を抑制していない」としたうえで、「死刑がなくとも犯罪を防止するのが、文明国の義務だ。死刑のない国に住むのは人間の権利で、今後も国連を通じ死刑廃止を訴える」と話した。
【ジュネーブ・福原直樹】
◇11歳の適用も議論に−−米国
全米の死刑囚は1月1日現在で3365人いた。それ以降、今月20日までに20人が死刑を執行された。毎週あるのでメディアも大きく報道しない。だが、2月3日のテキサス州の女性、4月14日のバージニア州のパラグアイ人男性の場合は国際的な助命運動が広がり関心を集めた。
死刑反対運動が強調しているのは、少年の犯罪でも死刑を適用するのは米憲法が禁止する「残酷で異常な刑罰」にあたるから違憲だ、という主張だ。
22日にはテキサス州でジョゼフ・キャノン死刑囚(38)の執行が行われる予定だ。17歳の時に女性を殺した。犯行当時18歳未満の少年が処刑されるのは1976年に死刑が再開されてから10人目となる。現在では改しゅんし「こんな形で地球から去りたくない」と生への思いを語っている。
テキサス州議会に今月、死刑適用年齢を11歳に引き下げる法案が提出された。「子どもたちに殺人はいけないというメッセージを送るためだ」と提案者のジム・ピッツ議員は言う。カリフォルニア、ニューメキシコ州でも13歳への引き下げが検討された。
全米50州のうち38州と連邦法に死刑制度がある。カリフォルニアなど14州と連邦法は適用を犯行時18歳以上、テキサスなど4州は17歳以上、9州は16歳以上と法律で規定している。残り11州は年齢が示されていないが、連邦最高裁が88年「年齢規定のない州では15歳への死刑適用は違憲」という判決を出したため、16歳が最低年齢とされている。
それでも11歳死刑適用が議論されるのは「最高裁は州法で年齢を引き下げることまで禁止していない」という理屈からだ。
これに対して法律家らがつくる死刑情報センター(ワシントン)は死刑制度のある州の人口10万人あたり平均殺人率(94年)が8.0件もあるのに、死刑のない州は4.4件といった統計を示している。
【ニューヨーク・中井良則】
◇犯罪激増で厳罰主義、96年の執行「4367人」−−中国
「死刑は極めて限定的に適用している。中国の法制度は犯罪者の人権も十分に保障している」。中国の蕭揚(しょうよう)司法相(当時)は昨年9月、外国報道機関も招いた記者会見で反論した。
人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、1996年1年間で、中国国内で死刑が執行されたのは少なくとも4367人。これは2番目に多いウクライナの20倍にも相当する。
蕭揚前司法相は「執行回数は度を過ぎたものではない」とアムネスティの発表を否定したが、死刑の具体的な回数については一切明らかにしなかった。それでも相当数の執行が毎年、実施されているのは間違いない。
中国政府が死刑廃止決議に反対する最大の理由は国家の安定と市民生活を脅かす犯罪行為は断固として処罰するとの大方針からだ。「発展途上にあり(廃止国と)国情が違う」(蕭揚前司法相)というのだ。
「開放政策」を導入し、経済建設優先で20年を突き進んできた中国は、犯罪が激増している。厳罰主義は犯罪防止の「見せしめ」という意味合いもある。殺人など重大犯罪はもちろん、チベットや新疆ウイグル両自治区での分離・独立運動、遺跡の盗掘、パンダの密猟、密造酒やポルノ図書、麻薬の販売といった犯罪などにも死刑が適用される。
一方、昨年から薬物注射による死刑執行を一部地域で導入した。これまでは銃殺が中心だったが、「残虐すぎる」との国際的な批判をかわす狙いもあるようだ。
【北京・飯田和郎】
◇死刑廃止の議論
1989年12月15日、国連総会で死刑廃止条約(死刑の廃止を目指す市民および政治的権利に関する条約)が採択され、91年7月に発効した。97年9月現在、31カ国が批准した。
アムネスティ・インターナショナル日本支部によると、現在も死刑を執行している国は91カ国、完全に死刑を廃止したのは63カ国、戦争犯罪などを除き死刑廃止したのが16カ国、10年以上、死刑を執行していないのは25カ国。
日本では89年以降、死刑の執行を停止していたが、93年再開した。日本の法務当局は死刑の執行について情報公開していないが、93年7件、94年2件、95年6件、96年6件、97年4件の死刑が執行されたとみられる。日本政府は「死刑廃止についての国際世論は必ずしも一致していない。さらに議論を尽くす必要がある」との理由で、死刑廃止条約にも反対している。
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