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2001/02/28 産経新聞朝刊
【主張】脱ダム宣言 理念の空回りではないか
 
 長野県の田中康夫知事が、地元報道機関などの実施した世論調査で八〇−九〇%という高い支持をバックに「脱ダム」宣言を打ち上げ、全国的に波紋を広げている。しかし、担当部局への事前説明もない、いきなりのトップダウン決定に、県議会は「独善的すぎる」と一斉に反発しており、二十八日から始まる定例議会質問戦は波乱が予想されている。
 「脱ダム」宣言は、「地球環境に負荷を与えるコンクリートのダムは造るべきではない。田中県政の基本理念として全国に発信する」と、県内八カ所のダム建設事業の原則中止を表明したものだ。ダム建設を含む公共事業の見直しは、知事選での田中氏の目玉公約である。この反響の大きさは、首長の政治信条によって行政が大きく変わる分権時代の自治のあり方を実感させた点では、意義なしとはしない。
 知事が信念に基づいて公約を実行すること自体は批判されることではない。問題はその信念に責任の裏付けがあるかどうかだ。ダム建設は、下流を含めた広範な住民の生活や安全に直接かかわる重大な問題である。
 とくに山岳県である長野県は急流が多く、治水対策は県にとって重要な課題とされる。「ダムを中止して、安全のための治水をどう進めるのか」という疑問に対して、知事は具体的な対案を示していない。川のしゅんせつや堤防のかさ上げ、造林などダムに頼らない治水対策を模索していくとしているが、実効性は不確実だ。
 「脱ダム」宣言には、説得力のある「安全対策」も盛り込むべきである。個々のダム計画についての十分な検討も議論もないままの一方的な全面中止宣言だとしたら、理念先行の無責任なパフォーマンス政治といえる。長野県民は「脱中央・脱公共事業」という田中知事の県政の大転換を容認した以上、自らの責任でこの事実を受け入れる覚悟がなければならない。
 もちろん、起債の返還分を含めて事業費の八割を国費負担するダム建設には、目的や効果のはっきりしないケースも少なくない。ダムに限らず、その効果よりもつくること自体が目的のような公共事業が多いことも事実だ。だからといって、公共事業をすべて悪と決めつける風潮には賛成できない。より客観的で公正な評価制度の確立を急ぎ、真に必要な社会資本整備を重点的・計画的に進めることが重要だ。
 コンクリートにかえて木材を使ったダム建設も普及している。「しなやかな県政」を旗印にする田中知事には、自然と調和した公共事業のあり方に柔軟な知恵を働かせてほしい。
 
 
 
 
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