2000/10/06 読売新聞朝刊
九州最大級のダム計画、国が強制収用手続き 本体手つかず34年(解説)
◆「見直し」で強行策
九州最大級となる熊本県・川辺川ダムの建設計画で、建設省九州地方建設局は、用地と漁業権の強制収用に向けた手続きに踏み切った。
編集委員(西部)鶴岡憲一
同ダム計画は、川辺川とその本流となる球磨川流域の水害防止や農業用水の確保などを目的に、子守歌で知られる五木村の中心部などを水没させて建設する内容で三十四年前に策定された。
九州地建が先月末、建設相に対して行った収用事業認定申請は、土地収用法に基づき、まだ約二割の手当てが済んでいない建設用地や、「日本一」とも言われるアユ漁場となっている川の漁業権を強制収用することにつながる手続き。
認定申請した理由については「収用手続きでなければ用地や漁業権を取得できない事態が予想されるため」としている。
これに対し、流域に漁業権を持つ球磨川漁協の理事会は「暴挙だ」などと反発。さる四日、同地建側に正式抗議した。
漁協側は先月、ダム建設反対派が多かった役員を改選し、建設省側と漁業補償交渉を進めることを認める役員が多数を占めたばかり。今月中にも補償交渉委員会を設置する矢先だっただけに、「九州地建の対応は、ムチをちらつかせて漁業権放棄の同意を迫ろうとする態度」と怒る理事もおり、事態が一段と紛糾する可能性が出てきた。
地建側が強行ともいえる申請に踏み切った背景には、いまだに着手できない本体工事の遅れに対する焦りがある。漁協理事会の構成は変わったものの、漁協がさる八月にまとめた組合員アンケート調査では、建設反対意見が多数を占めていたという事情もある。
一方、建設省首脳は、与党が進めている公共事業見直しの対象に川辺川ダム計画が入れられることに警戒感を抱いていることをにおわせる発言を、三日の記者会見の際に行った。
この計画が、与党の公共工事見直し対象から外されているのは、建設用道路の整備などの付帯工事が進行中のためだ。しかし計画の必要性そのものを疑問視する声は根強い。
その理由は〈1〉これまで行った治水工事で水害防止機能が向上し、「ダム以外の対策でも大規模被害を防げるはず」との見方がある〈2〉河川審議会は今年一月の答申で、人工的施設だけでなく自然力を応用した伝統工法で治水を行う考え方を評価したが、その方向での見直しが不十分〈3〉農業用水確保の目的については関係農家の過半数が「不要」としている――などだ。
しかも建設事業費は、当初予定の約三百五十億円から約二千六百五十億円にも膨らんでおり、水質維持対策工事などのため一層増えることも確実である。
与党の公共工事見直しは「時のアセス」方式のため、未着工年数や未完成年数などを基準に選別が行われている。
川辺川ダム計画の場合は、付帯工事こそ進んでいるが、肝心の本体工事は未着工のまま三十四年間も過ぎてきた。それだけに、強制収用という無理は避け、この間に生まれてきた治水工法についての考え方の変化や、農業用水を確保する必要性の低下も念頭に、改めて計画を見直す必要があろう。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
「読売新聞社の著作物について」
|