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岬と灯台―白州(しらす)灯台
岩松助左衛門の執念で建つ
 
 
〔西国一の海の難所〕
 白州は、関門海峡西口から北西方約2.5海里の沖合にある白砂の州である。響灘が関門海峡に向かって集束される地点で、付近には「一ノ瀬」、「かれい瀬」、「さざえ瀬」等の浅瀬が点在し、北前船の往来時代から西国一の海の難所として知られていた。
 文久2年(1862年)小倉藩海上御用掛難破船支配役の岩松助左衛門は、小倉藩に暗礁の危険から航海者を守るため白州灯明台築立願を申し出た。
 私財を投じ、資金の調達、近隣漁民の反対等幾多の困難を乗り越えて、明治3年(1870年)基礎築立の竣工に至ったが、明治4年(1871年)灯台建設事業は、明治政府に受け継がれ、明治5年本格的な工事に着工し、明治6年9月完成した。
 
 人命尊重の悲願のため一念を捧げた岩松助左衛門は、明治4年4月その灯台の完成を見ることなく、享年69歳で逝去した。
 初代の灯台は、R.H.ブラントンの設計によるもので、ケヤキ、ナラの堅材で骨組みし良質のヒノキ、スギで構築された木造四角形のものであった。
 明治33年(1900年)上部鉄造り、下部石造りの現在の灯台に建て替えられた。
 白州灯台の付近には、岩松助左衛門が執念を持って建立にあたった灯明台の基礎石や幾多の難破船の残骸が散在している。
 
所在地 北緯33°58'49”
東経130°47'39”
塗色 白色
構造 塔形・石造
光度 800カンデラ
光達距離 12.5海里
高さ 地上〜頂点:16.7m
水面〜灯火:16m
初点灯 明治6年9月1日
[9.1.1873]
管理事務所 第七管区海上保安本部
関門航路標識事務所
 
【アクセス】
■鉄道・バス等
●JR鹿児島本線小倉駅〜日明(徒歩)約20分〜藍島(定期船)約40分〜(白州までの交通の便なし)
■自動車
●九州自動車道東小倉IC〜日明約30分〜藍島(定期船)約40分〜(白州までの交通の便なし)
 







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