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しおかぜ
Shiokaze
 
しおかぜ59号 平成15年夏 発行
 
ヘリコプターでの海難救助訓練(於姫路港沖)
 
想うこと
海の男、陸で人命救助
 五月の下旬、アルジェリアで大規模な地震発生。同国政府から我が国に救助要請があった。
 即刻、海上保安庁のメンバーを含む国際緊急援助隊日本チームが編成され現地へ向かった。
 厳しい海だからこそあらゆる被災地で役立つ知識や技術を二十四時間体制で修得した海の男達が陸での人命救助活動に参加したのである。
 異様な熱気に包まれた六階建てのホテルの崩壊現場に着いた時、先着していたドイツチームは「生存者のいる可能性は低い」と引揚げ、ルクセンブルグチームの一人は「ここは危険だ。だれも協力しない。」といって立ち去った。
 その時、瓦礫の奥から、かすかな声が聞こえた。
 二時間半後、地震発生から五十二時間。日本チームの献身的な努力は報いられ、見事一人の男性が救出された。地元の住民からは感謝の拍手がわき起ったという。この素晴らしい活動をみた時、過酷な条件の下で、かくも困難な任務を遂行した救助チーム全員の“必ず生存者は救助する”という強靱な意志と行動に対し惜しみなき心からの賛辞をおくりたい。
 また、改めて“命”の尊さを教えられたものである。
 
日本海の名称が変る?
 現在「日本海」の名称は世界各国でも使用され広く認められている。ところが国際水路機関(IHO)の手引書に「日本海」が欠落していた。今後、日本海は、中国海・東洋海・朝鮮海・東海等の名称に変わるのであろうか。
海上保安庁発表
 
一、欠落した経緯
 韓国は、「日本海」は日本の植民地政策の一環として押しつけられ国際的に普及した名称で、「東海」と呼ぶべきと主張している。しかし、日本海の名称は日本が鎖国していた十九世紀前半には国際的に定着していることから、韓国の主張は歴史的に誤っており「東海」の名称は認められない旨、我が国は主張してきました。
 一方、国際水路機関事務局(IHB)は、「IHOは国際水路機関条約において“試問的かつ純粋に技術的な性格を有する”と規定されていることから、このような政治的問題には関与できないため、最終案から「日本海」に関して記述されているページを削除し、日本海の該当部分については今後の日韓の協議に委ねる」としています。
 なお現在「日本海」の名称は、海上保安庁の発行している海図はもとより世界各国でも広く使用され、IHO発行の「大洋と海の境界」にも掲載されています。
二、「大洋と海の境界」の最終案
 IHBは、世界各国の海域の範囲と標準的な名称を記載した手引き書「大洋と海の境界」(S-23)を改訂するため、最終案をIHO加盟各国あて送付し、郵便による投票(平成十四年十一月三十日〆切)によって日本海に関して記述されているページが欠落した最終案の是非を問う意向です。
三、海上保安庁の対応
 海上保安庁では、IHBに対し抗議するとともに、IHB加盟各国に対し、日本の立場を説明し、投票では最終案に賛成しないよう働きかけることとしています。
 
我が国の主張
 韓国は、「日本海(Japan Sea)」という呼称が一般的になったのは、二十世紀初頭の朝鮮半島における日本の拡張主義・植民地主義の結果である旨主張しています。この韓国の主張は、史実に反するものです。
 「日本海」という名称は、Matteo Ricciが一六〇二年に表した「坤輿万国全図」に初出したと言われ、以降、十七世紀から西洋の地図によく見られるようになります。さらに、十八世紀後半になると、経度を正確に測定するために不可欠な、海上での時刻を正確に計測する時計クロノメータが発明され、島や大陸の正確な位置を測定して地図を作成することができるようになりました。この頃、西欧の3名の探検家ラペルーズ(仏)、ブロートン(英)、クルーゼンシュテルン(露)が相次いで日本付近の調査に乗り出し、日本海の正確な形状を明らかにしていきました。特にクルーゼンシュテルンは彼の著書「世界周航記」(一八一二年)で「人はこの海を朝鮮海とも名付けたが、この海は朝鮮の海岸にはごくわずかな部分しか現れてこないので、この海は日本海と名付ける方が良いであろう。」と記しています。彼の考え方は、日本海がユーラシア大陸北東部から朝鮮半島に続く海岸と対峙してサハリンから続く弓形の弧を描いた日本列島の島々に囲まれた縁海としての地理的な命名の方法にもかなっています。このようにして、おぼろげだった「日本海」を取り巻く地形、特に日本列島の地形が西洋の地図学者、探検家及び航海者等の調査によって明らかになるにつれて、「日本海(Japan Sea)」の名称は、十九世紀の初めまでに当該海域を示す単一の名称として国際的に確立しました。ちなみに、十七〜二十世紀に日韓以外で作成された地図における名称の推移からもこのことは明らかです。
 また、「日本海」の名称が単一名称として欧州で確立する頃は、日本では徳川幕府が鎖国政策をとっており、極限られた場所での韓国、中国及びオランダを除く外国との交流を禁止していました。この政策は一八五四年まで続きました。すなわち、「日本海」の名称が単一名称として確立することに関し、日本ま国際的には何も関与し得なかったということです。
 以上に述べたように、韓国による、「日本海(Japan Sea)」という名称が二十世紀前半の「植民地主義の残滓」であるとする主張には全く根拠がありません。このような誤った認識に基づく主張を根拠こ、長い歴史を持ち国際的に確立した単一名称「日本海(Japan Sea)」を変更することは容認できません。
 韓国は、「日本海」の名称を「東海(East Sea)」と変更するか、少なくとも「日本海」と「東海(East Sea)」を併記すべきと主張し、その根拠として国連地名標準化会議(UNCSGN)決議及び国際水路機関(IHO)技術決議A4.2.6をあげています。
 
韓国の主張
 韓国の主張の中に、「東海(East Sea)」の名称は世界的に長い歴史を持つとしてその根拠に「Sae of Korea」の存在を挙げています。しかし、根拠に挙げられるこれの名称は確かに過去に存在しましたが、「東海(East Sea)」は明らかにその紀元を異にする名称です。韓国は自国を中心に、西、南、東の海をそれぞれ「ソヘ(Sohae)」、「ナンヘ(Namhae)」、「トンヘ(Donghae/Tonghae)」と呼んでおり、それぞれ英訳すると、West Sea、South Sea、East Seaとなります。つまり「East Sea」は「Donghae/Tonghae」の英語訳に過ぎません。更に、「East Sea」という名称が国際社会に登場したのは、二十世紀末になってからのことです。韓国は「Sea of Korea」、「Mare Orientale」等と「東海」を同一視するような扱いをしていましたが、これはごまかしで、根拠のない扱い方です。なお、十九世紀の多くの西洋の古地図には「Eastern Sea」の名称を見つけることができますが、これは現在の東シナ海を指しています。
 韓国は、「東海」を「ユーラシア大陸の東にある海の意味である」と主張していますが、実際は、朝鮮半島を中心にした主観的な名称に過ぎません。
 前述のとおり、韓国では朝鮮半島を中心に東側、南側、西側の局地的近海を「東海」、「南海」、「西海」と称しています。このような自国を中心とした方位に基づいた海域名である「東海」を国際的な呼称に用いようとする考えは独善的と言えます。
 
日韓以外で作成された地図における名称の推移
 
 また、韓国は「日本海」のことをトンヘ(東海:Donghae/Tonghae)と呼びますが、中国もまた東シナ海をトンハイ(東海:Tonghai)と呼び、漢字で同じように「東海」と表記します。このように全く同一の漢字表記に相当する呼称を隣接する海域で使用すると、漢字を読み書きできる航海士や救難隊に混乱を来すおそれがあります。また、中国以外の日韓の近隣諸国でも、例えばベトナムは南シナ海を自国語でビェンドン(Biendong)(「東海」の意)と呼び、英語表記で「East Sea」と政府が公式に用いています。ヨーロッパでも、ドイツ及びスウェーデンはバルト海のことをそれぞれオストゼー(Ostsee)、ウステルヒョーン(Ostersjon)(それぞれ「東海」の意)と呼びます。「East Sea」は限定された特定海域の固有名称とは到底言えません。このように世界の複数の海域の名称として使われている名称を国際的に用いることは世界の航海者等に混乱を招きます。
 前項でも述べたように、韓国は朝鮮半島の南海域を「Namhae」(海図上では一九九五年より「South Sea」を使用)と呼称しています。この海域は既存のガイドラインS-23(第3版一九五三年)で「日本海」と名称が付されている海域に含まれています。すなわち、韓国が国際的に「東海」と呼称すべきと主張する海域には韓国自身が「南海」と呼んでいる海域の一部が含まれています。このような矛盾点も問題です。







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