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平成15年度シンポジウム
「自閉症・アスペルガー症候群の理解のために」開催報告
 自閉症やアスペルガー症候群のある人たちが、適切な支援を受けて健やかに成長し、一人の人として尊重され、やがて社会で役割と責任をもち、住みなれた町で幸せに生きることを家族はじめ関係者の誰もが願っています。それはこの時代に生まれてきた皆さんがもつ願いと何ら変わることはありません。
 では、自閉症やアスペルガー症候群の障害があると“なぜ”この時代に生きることが困難なのでしょうか?その人生のすべてにおいて、どうしたら彼らが健やかに成長をし、安心して幸せに暮らし続けていくことが出来るでしょうか?そのために家族をはじめとする私たち支援者はどのような準備をしたらよいでしょうか?地域社会の人たちにどのような理解を求めていったらよいでしょうか?
 大変残念なことに、日本では「アスペルガー症候群」という言葉が広く一般の人たちの目にふれることになったきっかけが数年前のある少年事件でした。その事件報道によって「アスペルガー症候群=犯罪者」という印象を社会に与えてしまった感もあります。しかし、アスペルガー症候群と犯罪の直接的な関係を立証したものは世界的にみてもありません。むしろ彼ら特有の社会性の障害のために、自身が犯罪被害者になりやすいという実態があるほどです。
 私たち日本自閉症協会は、自閉症やアスペルガー症候群の理解啓発と支援体制の構築に努めていますが、まだまだ十分ではなく、アスペルガー症候群のある子どもや成人たちが必要としている支援体制は未整備なままです。一般社会の人々の理解も進んでいません。そのような状況の中で再び長崎での少年事件に直面することになりました。
 私たちは、いまこの事件に正面から向き合った上で、本人とその家族にどのような支援が必要なのかを考えることが重要であると考えました。このような理由から、今回のシンポジウムは、特に、自閉症スペクトラムに入る発達障害の一つであるアスペルガー症候群に焦点をあてて開催しました。
 シンポジウムの参加者の中には、長崎での事件にもっと的を絞った議論を望まれた方も少なくなかったかと思います。しかし、アスペルガー症候群と犯罪の関連もしくは少年事件そのものについての検討を加えることをシンポジウムの目的としていません。アスペルガー症候群への社会の理解の乏しさやマスメディアの報道の問題、早期診断や治療・支援の問題、家族へのサポートの問題など総合的に背景を検証していかないと、今回の事件についても的確な分析や評価はできないのではないかと思います。
 このことについては、自閉症やアスペルガー症候群の人たちへの支援体制の充実をめざした日本自閉症協会の更なる取り組みの中で、事件の被害者となった少年とそのご家族、加害者の少年とそのご家族、一般市民、そして全国の同じ障害のある子どもや成人たちとそのご家族の誰もが納得できる答えを早急に提示できるよう努めることを事件直後にお約束しています。そして現在、平成16年度の厚生労働科学研究「高機能広汎性発達障害に見られる反社会的行動および行為障害の成因の解明と社会的支援システムの構築に関する研究(主任研究者:石井哲夫日本自閉症協会会長)」において、日本の自閉症関係の専門家たちが総力をあげて取り組むべく準備が開始されたことをご報告いたします。この厚生労働科学研究事業は、1〜2年で研究結果を出すことを国からも強く求められています。
 また一方では平成15年度より高機能自閉症やアスペルガー症候群の子どもたちの早期発見、早期介入のためのスクリーニングツールの開発に向けた取り組みの開始や全国各地の高機能自閉症・アスペルガー症候群の仲間たちの本人活動支援事業も継続して行っています。支援体制が未整備な中、ご本人やご家族にとっては少しつらい時期かもしれませんが、協会としても国の各機関にこれまで以上に、必要な支援制度の整備について要請するとともに、協会自らもすぐに出来ることから取り組みを開始しつつご本人やご家族の皆さんとともに歩んでいきます。一緒にがんばりましょう。
 そして東京、長崎で開催した今回のシンポジウムでは、アスペルガー症侯群の人たちの生活のしづらさについて検証し、彼らへの支援策や資源のネットワーク化について、医療、心理、教育、福祉、メディア、司法など様々な分野の方々から知恵を出し合っていただきともに考え、話し合いました。また私たち日本自閉症協会が果たすべき役割についてもシンポジストの皆さんから具体的な提言をしていただいています。
 シンポジストの皆さんから日本自閉症協会に頂戴した提言は、本報告書の各シンポジスト・レジュメの中に明らかですが、自閉症やアスペルガー症候群についての啓発方法、研修制度の創設、制度改革に向けた提言、そして新しい障害者観普及活動へと、まさに自閉症協会がその役割をしっかりと果たすことによって、自閉症問題から“社会を変えよう”という提言であったと思います。
 
1. 一般の人への啓発を
2. 「メディア対策室」の設置を
・メディアだけでなく、学校教育や公的機関や企業の中でも自閉症・発達障害の正しい理解を進める→そのためのマニュアルやカリキュラムの開発に努め、研修会や懇談会などを設けて普及させるのはどうか
3. 専門家への啓発を
・教職課程や医学部などで発達障害についてのカリキュラムの創設を
・臨床心理士などが発達障害の勉強が出来るような養成カリキュラムが必要
4. 地域で支えるシステムの構築を
・医学的な支援システムが貧困です。当面、精神障害の支援システムの中に入れ込めるような方法は考えられないか(成人の場合)
・子どもの場合は学校が中心になって教育相談所や児童相談所などの連携が組めないだろうか
・公的扶助としてトラブル対処、それを公的機関の義務として考えてはどうか
・権利擁護の保険ないし互助的な制度を整備してはどうか
・もっと詳細なケース研究が必要ではないか
5. 自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群と自閉症を一緒にして考える)としての支援策を
6. 必要な制度改革のための提言やロビイ活動を積極的に行う
7. 新しい障害者観を普及させるためのキャンペーンの実施
 
 また日本自閉症協会は、今回の東京ならびに長崎でのシンポジウムの開催により自閉症・アスペルガー症候群についての正しい理解を広めること、アスペルガー症候群の人たちへの支援ネットワークの構築をはかることなどを引き続き推進していくとともに、平成16年度に日本自閉症協会の47都道府県すべての支部に「高機能自閉症・アスペルガー症候群」に対応する部会の設置を実現していきたいと考えています。会員ならびに関係者の皆さまの更なるご理解とご協力をお願い申し上げますとともにシンポジウム開催報告といたします。
平成16年3月31日
社団法人日本自閉症協会
 
大妻女子大、よこはま発達クリニック
内山登紀夫
 
1. アスペルガー症候群と自閉症―歴史をふりかえって
 アスペルガー症候群を語るときに自閉症と切り離して語ることはできない。回り道のようだが、まず自閉症の歴史について振り返ってみる。自閉症が精神医学の歴史に登場するのは1943年、レオ・カナーという児童精神科医の論文による。カナーは情緒的接触の乏しさで強調したため、親を含めて他の大人や子どもと関わらないこと、つまり他人を避け、孤立を好む傾向が現在にいたるまで自閉症のイメージとして深く浸透している。このような自閉症をカナー型自閉症あるいは古典的自閉症と呼ぶことがある。カナー型自閉症の症状について以下に列挙すると。コミュニケーションについては「言葉がない」あるいは鸚鵡返し(相手の言ったことをそのまま模倣する)中心の発語で言葉があっても、感情・考えを相手に伝えるために言葉に使わない、「人よりも石ころなどの無意味なものに関心がある」「ビデオデッキなどの機械は非常に器用に扱う」、物の位置が変わるとかんしゃくを起こすなどのこだわりがあげられる。このような特徴をすべて満たす子どもは非常に少なく、自閉症は稀な障害であると考えられていた。
 翌1944年にハンス・アスペルガーというオーストリアの小児科医が『小児期の自閉的精神病質』を発表した。アスペルガー症候群という名称は1981年にローナ・ウイングというイギリスの児童精神科医が彼の名にちなんで命名した。アスペルガーも社会性の障害を強調したが、それは関わりの乏しさではなく、関わりの奇妙さであった。コミュニケーションについても、決して他者と会話しないわけではない。会話は可能であり語彙は豊富であっても会話は相互的でなく一方的になりやすい。回りくどい、子どもなのに難しいことばを使う、イントネーションが奇妙、ジェスチャーや表情などの非言語性のコミュニケーションに使わない傾向があるなど、コミュニケーションの微妙な側面の障害がみられる。手先の不器用さもみられることが多いことが特徴である。
 その後自閉症の概念はしだいに拡大してきた。今日の自閉症概念の拡大のきっかけとなったのはアスペルガーの報告を再評価した1981年のローナ・ウイングの論文である。アスペルガー症候群の概念はイギリスを中心に1981年以降急速に用いられるようになり、それがヨーロッパ、アメリカ、日本にも影響を与え今日にいたっている。今日では自閉症とアスペルガー症候群、そしてその関連障害を自閉症スペクトラムとして広くとらえる見方が次第に浸透してきている。
 
2. ウイングの三つ組と自閉症スペクトラム
 自閉症概念の拡大のきっかけとなった重要な研究の一つに1979年のキャンバーウエル研究がある。
 以下に概略を紹介する。ウイングとグールドは、ロンドン南部のキャンバーウエル地区にある子どもたちを調査した。そして(1)対人交流―特に子ども同士の交流に問題がある。(2)非言語性、言語性のコミュニケーションの障害がある、(3)反復的常同的な行動(つまり想像力の障害)がある。この3つの領域のうち、どれか一つの領域の障害があり、知的障害がある18歳以下の子どもたちを全部調査した。その結果、3領域の障害が一人の子どもにまとまって出現すること(「ウイングの三つ組みの障害」と呼ぶ)障害が非常に多いこと、そのような子どもたちには自閉症と同じ教育や援助が必要であることがわかった。さらに三つ組みの障害をもつ子どもたちで自閉症と診断されている子どもはわずかしかいなかったことがわかった。つまり、1979年当時、自閉症の診断が厳密すぎたために本来なら自閉症の援助が必要な子どもが適切な援助を受けていないことが明らかになった。さらに三つ組みの障害があるのに自閉症と診断がつけられていない子どもの一部はアスペルガーのいった「自閉的精神病質」に似ていることもわかった。
 自閉症は、社会性・コミュニケーション・イマジネーション(こだわり)の障害であると定義が早くから使用されていたが、3領域の障害がセットとなって出現するということはキャンバーウエル研究によって確認された。当時のイギリスでは自閉症の診断はカナーの影響が強く、自閉症の範囲は比較的狭かった。このような事情は当時(地域によっては現在も)のアメリカや日本にも当てはまる。キャンバーウエル研究は知的障害のある子どもが対象であったが、後に知的障害のない子どもでも3つ組の障害があることは少なくないことが明らかになり、このような子どもの多くがアスペルガー症候群と診断されるようになった。現在のスペクトラム概念の始まりである。
 
3. 社会性の3タイプと自閉症スペクトラム概念
 キャンバーウエル研究で、もう一点大事なことは「積極奇異型」の提唱である。ウイングは対人交流の質を4分類した。すなわち、孤立型、受動型、積極奇異型、適切な交流群である。人への関心が極めて乏しい孤立型、自分からは対人関係を開始しないが人が関わって来ると拒否はしない受身型に加え、積極的に対人関係をもとうとするが不適切にしか関われない積極奇異型を自閉症が示す社会性のタイプとしてとりあげた。当時の自閉症のイメージは孤立型に限定されていた。しかし、一見社会性に問題がないようにみえ、他者と積極的に関わるが、相互的な関係はとれない子どもたちにも社会性の障害があること、そのような子どもたちでもコミュニケーションや想像力に障害があることが明らかになった。つまり積極―奇異型の子どもたちも典型的自閉症と連続した3つ組みの障害があることに注意を喚起したのである。
 ウイングらは自閉症概念を古典的な孤立型の自閉症に限定せず3つ組みの障害を持つ子供たち全般を自閉症スペクトラムと名づけた。自閉症スペクトラム概念はその名のとおり虹に例えられる。虹のスペクトラムの端の紫と、もう一端の赤は明らかに違う色である。しかし光というものは周波数を変えながら徐々に紫から赤に移行していく。隣接した部分をみれば、たとえば黄緑と緑は類似の色である。重度のカナータイプ(スペクトラムでいえば一端の紫にあたる)から一見障害があきらかでないアスペルガータイプ(もう一端の赤に相当する)まで自閉症スペクトラムは連続的に移行している。黄緑と黄色は似ているし黄色とオレンジは似ている、オレンジと赤は似ている。赤と黄緑は似ていないけれども実はスペクトラムは連続しているのである。スペクトラム概念―連続体という概念を提唱したことは自閉症の範疇を一気に広げることになったが、同時に正常、人格障害との境界、LDやADHDなどの他の発達障害との関連について多くの議論を生じるきっかけともなった。
 
4. 高機能自閉症とは
 高機能自閉症の定義はさまざまである。基本的には知的障害のない自閉症と考えて良いだろう。つまり行動特性としてはカナーの提唱した自閉症の特性をもち、なおかつ知的障害がない場合を高機能自閉症と呼ぶことが多い。知的障害がないことの定義は難しいが一応の目安としては知能指数70以上とすることが多い。アスペルガー症候群との関係についても、さまざまな意見があり定説はないが、自閉症スペクトラムの中でアスペルガーが提唱した概念にちかい場合をアスペルガー症候群、カナーの提唱した概念に近い場合を高機能自閉症とするのが実際的である。アスペルガー症候群と高機能自閉症を明確に区別することは困難であり、臨床的にはその必要もないように思える。大切なことは高機能自閉症もアスペルガー症候群も自閉症スペクトラムであるということであって、どちらも支援の方法は自閉症と共通しているのである。







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