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若狭湾2 小浜
サバ街道は京都へいたる道
 
 
●サバ街道
 小浜は優れた漁場である若狭湾の中央に開かれた。このため古くから漁業や港町が発達し城下町となった。また大都市・京都に近いことから、とった魚を大量に京都に送ることで小浜は栄えていく。小浜から京都までは昔の言い方で18里(70km)、歩くのは大変だが、鉄道やトラックが使われるようになるまでは、歩いて峠をこえ京都に魚を運んでいた。この道をサバ街道といった。
 京都では5月に三大祭りの1つ、葵(あおい)祭りが開かれる。もともと鮮魚を食べることが少ない京都では、祭りに小浜のサバでつくった寿司(すし)を出したところ大好評で、いつのころからか「サバ寿司」が名物になった。そんなことから京都へ魚を運ぶ道のことをサバ街道とよぶようになったようである。
 
 京都にいたるサバ街道はいくつもあるが、その代表が若狭街道。とれたサバにさっと塩をふり、夜も寝ないで京都まで運ぶと、ちょうどよい塩サバができあがる。
 これらの街道は、サバだけでなくアマダイやカレイ、イカなどさまざまな魚、物資、そして技術や情報も運ばれた大切な道であった。
 
 
●アマダイ
 若狭湾を代表する魚。大きな湾の砂底を好む。身はあっさりと上品な味わいで、今日、京料理ではかかせない食材になっている。昔は背開きの干し魚に加工、小浜の商人が山陰から北陸まで集荷して京都に出荷。「若狭鯛(だい)」という名で、京都の人気商品だった。
 
小浜から京都への主要な道
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●街道地図
 小浜から京都にいたる道は、若狭街道だけでなくいくつもある。もっとも近道は山間の針畑越。また琵琶湖の湖畔、今津から大津まで船を使う道もあった。海の道、陸の道、たくさん集まるところが大都市なのである。
 
小浜市街と北川流域の航空写真(2001年4月)
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●小浜を支えたもの
 小浜の東側を流れる北川の流域は、広大な水田地帯である。このなかをサバ街道の1つである若狭街道が通っている。小浜は海でとれる魚と船で運ばれてくる交易品、さらに川筋にのびる水田と畑の作物、街道を運ばれる物資によって支えられていたのである。







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