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第10回国際保健フィールドワークフェローシップに参加して思うこと
菅野 渉平(指導専門家)
 獨協医科大学の4年生だったころ、僕は、疾患の予防医学的立場から管理全般に関する幅広いフィールドの魅力を感じて、産業保健に興味を持っていました。そのころ出入りしていた衛生学講座の主任教授からこの話を伺い、応募したことを鮮明に覚えています。ひいき目にみても信頼されているとはいえない私立大学の学生が、志の高い優秀な学生の中に入って研修旅行に参加させてもらえるとは到底思えませんでした。めぐり合せがよかったのか、企画委員会にご推薦いただき、第3回のこの企画に参加させていただいたことには、今でも感謝しております。そのとき、医療、公衆衛生活動に触れて肌で感じた多数のこととともに、心を通わせた同僚ができたことは何にも変えられません。お世辞にも英語が得意とはいえない僕にとって、いままで必死に培ってきた知識と体験したことをミーティングでぶつけ合い、志の高い国際保健を志す優秀な同僚にぶつかりながらも結局は劣等感の塊だった自分と戦っていたことが懐かしく思えます。少なくとも、僕にとって、これらのこと全てが「あたりまえ」だったとは思ったことはありません。第10回のみなさんにとってはどうだったでしょうか。
 あれから7年後、勤務している病院に電話が入り、「第10回の指導専門家として同行することは可能でしょうか」と言われたとき、僕は正直躊躇しました。劣等感の塊だった僕は勉強していないと思われたくない一心で必死に実力をつけることだけを考えて今までやってきました。現在もそれには変わりなく、自分に自信がもてないのに指導専門家として学生に指導するなんておこがましいにもほどがあると思いました。第3回に参加した中には上の上がいたことを記憶していたこともあり、そのとき財団には、「お声をかけていただき大変感謝していますが、僕のような修練不足なOBが同行することは、志の高い学生さんに対して失礼にあたると思います。適任者がでなければ相当困っておられるようですので、考慮はしますが、できることなら学生さんに失礼のないよう適任者にあたってください」ということを申し上げたのですが、結局は財団からの強い要請に応じ、私が国立国際医療センター呼吸器科の吉川先生とともに指導専門家として同行することになりました。
 現地では第3回に指導専門家でお世話になったスマナ・バルア先生、このプログラムの先輩にあたる難波江先生、JICAの平岡先生など現地で協力してくださった先生方がたくさんおられ、学生の強い味方になっていただいたことに言葉に尽くせないぐらい感謝しています。先生方の幅広い知識と包容力に魅了され、ある学生は「バルア先生や難波江先生はどれだけ長い間同行していただけるのでしょうか。」「バルア先生がずっとついてきてくれたらもっと有意義な気がする」などと大反響であったことはいうまでもありません。また、国際保健に携わっている専門性を持ったプレゼンテーションをしていただいた各先生方に対して積極的に接していた各々の学生さんたちの姿を見て、感心いたしました。
 優秀すぎるぐらいの学生さんに対して、指導専門家としての私の役割とは何か。常に自問自答しておりました。国際保健を志す学生が集まる全国規模のサークルのようなものが昔からたくさんある中でのこの研修旅行の大きな特徴は、国際保健に接するのが初めての学生から積極的に海外で活躍している学生まで幅広く集められていることでした。財団はこの研修旅行を通じて、途上国の公衆衛生活動、広い意味での医療におけるearly exposureを通して、現在大学で行われている詰め込み式の医学教育と対照的に、フィールドで体験したことを、学生自身が考察し、各自の医療に対する考え方を見つけ、参加した学生がチームでその本質を互いに考えながら形成していくことをこのプログラムを通して求めていると考えました。それは、医療のどの分野でも通じるところがあり、医療人として歩むためのearly exposureでもあるわけです。指導専門家としては、この部分に関して各学生のレベルを見ながら、アドバイスを行っていくこととしました。研修旅行中、気になって学生たちに自分たちで考えてもらおうと与えたヒントの4つのポイントについて挙げたいと思います。
 初めに、プロジェクトを成し得るには一人では到底できないということです。プレゼンテーションされている先生方は第一線のトップで指揮している先生方で、その先生がすべて一人で活動されているのではなく、実際にはプロジェクトを支えている多くの人たちがいます。この研修をお膳立てしてくださっているのもその方々ではありますが、そのことに気がついてくれていたでしょうか。トップで活躍されている先生方に必死で顔を売ろうとするあまりに、大きなものを見落としている気がしてなりません。陰で支えてくれた方々に本心で「ありがとうございます」と言えたでしょうか。すべてが「あたりまえ」で過ぎてはいなかったでしようか。
 2つ目に国際保健のサークルなどで積極的に全国規模で活躍している学生から、そうでない学生まで幅広い層の学生がいた中で、互いに高めようという団結はできたでしょうか。私の通った大学は、極めて優秀な学生から、あまり学問的なことに興味を示さない学生まで幅広く在籍していました。その中でグループを組んで勉強会をするとき、同じレベルの学生だけで集まった勉強会では時間の無駄になってしまうことが多く、いろんなレベルの人たちを交えてグループを作ったほうが意義のあるものになるとされていました。努力して勉強している人たちからは現象を理解するためのコツを教わることができ、いままで勉強していなかった人たちからは、純粋な疑問、優秀な人が冷静さを欠いたときに起こる疑問、葛藤のようなものを突きつけられます。要は刺激を受けながら、互いに高めることができる機会になるのです。今回の研修旅行では、普段から国際保健に積極的に活動している学生からは「素人みたいな人が結構いて・・・」と言うことを、そうでない学生からは「あの人は自分と違う意見をつきつけられると、議論で言いくるめようとしたり、機嫌が悪くなるから嫌・・・」など互いにコミュニケーションが取れないような状況に陥っていたのは悲しいことです。分け隔てなく互いに発言し、互いを尊重しあいながら、言い合える関係を通して、学ぶことはできたでしょうか。上から見下ろしたり、下から見上げたりするだけで互いに言い合わない状態を継続しても解決はしません。それを打開する方法をみなさんは見つけられたでしょうか。
 3つ目に楽しむことも大切ですが、人道的立場にたって、一つ一つのことを注意深く観察することができたでしょうか。自分がされていやなことを他人はされたいでしょうか。悩んでいる人たちの気持ちを理解することはできたでしょうか。この研修では、普通では入れてもらえないようなところまで、ご好意で入れていただいているプログラムが多数含まれています。それを常に意識できたでしょうか。現地で接した人との体験の中に自分がされて嫌なことまでさらけ出された場面が何度かあったと思いますが、それに対してみなさんはどう考えたでしょうか。
 4つ目に親しき仲にも常に礼儀はあるということです。ある学生が僕に向かって「じゃまだからどいて」といったことを鮮明に記憶しています。少なくとも「じゃま」はないでしょう、と思いました。また、学生が精神的に落ち込んでいたり、疲れていたり、体調を崩しているのをみながら、その時々に心配して声をかけると、中には普通では信じられない言葉がかえってくることもありました。信頼されていないと判断したとき、対応を同行の吉川先生にお願いしたこともあります。僕は学生と気軽に接していただけに、たいしたことのない同僚のように思われていたのではないでしょうか。僕や吉川先生が同行したことは「あたりまえ」なことではないことを理解していたでしょうか。
 セブに行くか、行かないかぐらいのころにヒントを与え続けた甲斐があって、お世話になった多くの人たちに気配りができるようになった学生が増えていき、最後の日の宴会で、学生さんたちからいろいろなメッセージをいただいたことに感激しました。しかし、すべての人にこれらのことを気づかせてあげられたとは思えず、さまざまなレベルの学生さんたちのニーズに合わせて、アドバイスを送ってあげられなかったことは事実です。ことに国際保健や公衆衛生にかかわりたいという活発で優秀な学生に対して、知識の上でも人としての器の上でも尊敬できるような指導専門家ではなかったことを心よりお詫びしたいと思います。
 今回の同行を通じて、この企画に関して思うことがあります。それは、第10回を節目にこのプログラムに対する厚生労働省と財団との考え方のすりあわせをはじめ、指導専門家の選定、コンセプトから詳細なプログラムに関する事項、そして、学生の考え方などこの企画についてすべての側面から一度見直す時期にきているのではないかということです。参加学生、OB、指導専門家OBにとってもこの企画は「あたりまえ」にすぎていく企画ではないことを肝に銘じなければいけない気がします。僕自身、今回の同行で教育に対する考え方に刺激を感じ、この経験を教育、診療の場で生かそうと思っております。
 最後にそのきっかけを作ってくださった財団の紀伊國理事長、財団から同行してくださった泉さん、現地でよくしてくださった皆様方、一緒に同行してくださった指導専門家の吉川先生、そして第10回の皆さんに心から感謝いたします。皆様の益々の活躍を心より祈願申し上げます。







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