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第2章 税制改革と『財政連邦主義』に基づく改革
 財政改革を争点として闘われた96年4月の選挙を経て政権の座についたプローディ内閣の財政改革は、ガッロ委員会(Commissione Gallo)の財政連邦主義の提案を引き継ぎ、96年662号法によるガイドラインの発効によって幕を開けた。そして、具体的には、97年12月15日446号委任立法に基づく州生産活動税IRAPの導入、およびその細則を明らかにした98年6月4日、9日の141/E, 144/E号財務省通達によって財政も分権化に向けて動きだした当時の財務相ヴィスコのイニシアティブによる一連の財政改革(riforma Visco)は、財政連邦主義に基づき、90年142号法からバッサニーニ法に至る系譜によって進められた行政機能の分権化を財政面から補完する。この財政改革は、財政赤字の減少と安定、インフレ率の下降と安定を実現したのみならず、州生産活動税の導入をはじめとして、租税制度の合理化と分権化、そして財政連邦主義の実現をめざすものであった。租税制度の整備はもちろん、財政構造の健全化と分権化がめざされた。
 地方財政はこれまで、国に大きく依存してきた。IRAPが導入された1998年以前、州の場合、医療保健業務のための健康保健分担金(Contributi Sanitari)を除く狭義の自主財源は10%強(20州の平均。以下同じ)であり、健康保健分担金および全国健康保健基金(FSN: Fondo Sanitario Nazionale)からの補填による医療保健関連の収入が州の歳入の80%を占めた。92年421号法に基づいて93年より導入された健康保健分担金は、国家から州への交付の変形と解釈できることから、狭義の自主財源(独自税収)に含まれないことも多いが、州に固有の収入であることから、自主財源としても分類されてきた。この場合、州の自主財源は50%をこえるが、必ずしも州の財政的な自治の程度の向上を意味するものではない。もっとも健康保健分担金は、IRAPの導入に伴って98年に廃止された。98年に52兆リラの税収があったIRAPはその後も増収を続けており、そのほとんどが各州における医療保健業務費にあてられている。103ある県の自主財源率も低く、10%台である。また8102を数えるコムーネにおいては、93年に市不動産税(ICI, Imposta Comunale sugli Immobili)が導入されてから独自税収率が著しく上がり、現在65%を越える。
 また、財政規模は国家、州、県、コムーネの順に対GDP比50%弱(中央政府のみならず州において実施される国家行政関連費を含む。狭義の国家行政はさらにその80%程度)、同様に6.5%、0.5%、そして4%である。州、県、コムーネのそれぞれの数を考慮すれば、医療保健行政を担う州の財政規模の大きさが印象的であるのがわかる。
 
第1節 税制改革―分権化の文脈の中で
 EUの経済・市場統合、ユーロ第一陣参加のため、財政赤字を対GDP比3%以内に抑えるという国家財政再建の要請を受け、96年から本格的な租税制度改革が始まった。
 分権化を柱とする90年の地方行政改革を契機に、税制も分権化が進められた。89年にコムーネ事業・工芸・専門職税(ICIAP, Imposta Comunale per l'esercizio di Imprese e di Arti e Professioni)が導入されて以来、コムーネのレヴェルではさまざまの改革が行われたが、93年に導入された市不動産税(ICI)が、財政構造を革命的に変えた。税収は増加、最も重要な財源として定着しつつある。
 98年に導入された州生産活動税(IRAP, Imposta Regionale sulle Attivita’Produttive)は、外形標準課税の地方法人課税であり、第一に、州を課税団体とする税目の創設による財政の連邦化(分権化)の促進という意味を持つ。第二に、これまでの複雑多岐にわたる税を統廃合し合理化する必要に迫られたものであった。ICIAPをはじめ、事業者、従業員、その他生産活動税の納税義務者によって支払われる全国健康保健基金の分担金、事業者が納税義務を負っている年金生活者への健康保健補助、地方所得税(ILOR, Imposta Locale sui Redditi)、純資産税、付加価値税記帳番号(partita IVA)登録料、コムーネにおける許認可料などが廃止され、IRAPに統合された。創設の第三の意義は、全国健康保健基金、および州ごとに徴収されるにもかかわらず中央主権的に運営されていた健康保健分担金によって営まれていた医療保健行政の改革、分権化である。このため、医療保健行政の実際の単位である州の自主財源の強化が要請される。第四の背景は、家族経営の中小、零細企業の多いイタリアにおいて、借入金に依存する従来の経営形態を変え、自己資本率を高める必要性であった。これは、二重水準の事業所得税(DIT, Dual Income Tax)の導入によって補完される。ただし、DITは、2004年にIRPEG(法人所得税)に替わってIRES(企業所得税)が導入された際に廃止された。州税の整備による州への財政の分権化には、国家の財政赤字を地方に肩代わりさせた、という批判もあるが、租税制度、財政構造の分権化には大きく貢献したと言えよう。
 
第2節 現行の税制と現政権による改革
 現行の税制は以下のように構成される。
 国税には、個人所得税(IRPEF, Imposta sul Reddito delle Persone Fisiche)、企業所得税(IRES, Imposta sul Reddito delle Societa')、キャピタル・ゲイン(Capital gains)、付加価値税(IVA)、登記税(Imposta di registro)、印紙税(Imposta di bollo)、不動産増価税(Imposta sull' incremento di valore degli immobili)、相続贈与税(Successioni e donazioni)、政府許認可税(Tasse sulle concessioni governative)などがある。
 州税は、州生産活動税、州自動車税(Tassa automobilistiche regionali)、州許認可税(Tassa sulle concessioni regionali)、メタンガス国家消費税に対する州付加税(Addizionale imposta regionale di consumo sul gas metano)、廃棄物保管料(Tributo speciale per deposito in discarica)、自動車登録税に対する州付加税(Addizionale regionale imposta sulla trascrizione al Pubblico Registro Automobilistico)、国家許認可に対する州税(Imposta regionale sulle concessioni statali)、州有地その他の州資産の占有料(Tassa per I'occupazione di spazi ed aree pubbliche)などの他、共同税の一部が補填される。廃棄物保管料は、環境税として重要な意味を持つ。現在、地方の財政強化という流れの中で、2001年よりIRPEFの付加税率を決定する際の自由度が増し、2003年度の付加分は実に前年度比20.6%増という大幅な税収の増加があったことが報告されている。
 
 共通支出金(Fondo Comune、日常的な支出のため)、州開発計画支出金(Fondo per i Programmi Regionali di Sviluppo投資のため低所得高失業率の州に優先的に配分)、運輸支出金(Fondo Nazionale Trasporti地方交通公社への融資)、全国健康保健基金(FSN, Fondo Sanitario Nazionale)の四種の国庫支出金が、住民当たりの歳入を各州について平均化する役割を果たす。1993年からは医療保健行政のために健康保健分担金が州を単位として徴収されており、厳密な意味で州の独自税収とはいえないにせよ、重要な財源となっている。1994年からは、各州の医療保健のニーズに応じ、州がこの比率を増加することが可能になったが、IRAPの導入に伴い、地方所得税(ILOR)とともに98年から廃止された。歳出は、健康保健・医療、そして農業、運輸・交通、公共事業、教育、職業訓練、環境などの分野に支出される。
 県の財政規模は、所轄行政事務に比例し、州、市と比べて著しく小さい。主な税収は、電力消費税に対する県付加税(Addizionale provinciale sul consumo energia elettrica)、ごみ処理に対する県付加税(Addizionale provinciale tassa rifiuti solidi urbani)、県有地占有料(Tassa provinciale occupazione spazi ed aree pubuliche)、県自動車登録税(Imposta provinciale sulla iscrizione al Pubblico Registro Automobilistico)などであるが、国庫支出金が歳入の80%以上を占める。90年142号法以降、95年2月25日77号委任立法などが独自の課税権を保障、財政上の自治の幅は拡がりつつある。歳出は、環境保護、運輸・交通などの分野を中心とし、主にコムーネの調整に使われる。
 コムーネの主な税収はICI、広告税(Imposta comunale sulla pubblicita')、電力消費税に対する付加税(Addizionale comunale sul consumo energia elettrica)、コムーネ公有地占有料(TOSAP, Tassa Occupazione Spazi Pubblici)、ごみ処理税(TARSU, Tassa smaltimemto rifiuti solidi urbani)、共同税である個人所得税(IRPEF)の一部、そして数種類の国庫支出金によって補完される。現在は自主財源が強化されているが、70年の税制改革時には地方交付税、国庫支出金が増加して自主財源が減少し、国家に依存、コントロールされる構図が確立した。分野によっては地方債の発行も制限され、国家の出資に拘束された。歳出に関しては、環境・地域、教育、社会問題、交通などの分野が大きな割合を占め、交通、住宅、環境などの整備への投資もさかんである。
 93年に国と市によって導入され、94年からは市に統括された市不動産税ICIは、コムーネの自主財源の増加に貢献、財政構造を根底から変えた。もっとも、運営管理は国に大きく依存している。不動産に関わる税金は、ICIの他、売買取り引きなどに伴って生まれた利益に課税される不動産増価税INVIM(imposta sull' incremento di valore degli immobili)、公定家賃(equo canone)収入に課される税金、相続税、贈与税、法人税、ごみ税、売却利益税、取得税、土地占有税(使用料)など15種類以上にものぼるが、現在、統廃合、整理が進みつつある。もともと少額の相続税や贈与税は、最近の税制改革においてさらに軽減され、税収としての重要性はますます低くなっている。現在、地方の財政強化という流れの中で、コムーネについても州においてと同様、2001年よりIRPEFの付加税率を決定する際の自由度が増し、2003年度の付加分は実に前年度比46.7%増という税収の増加があった。
 2001年5月の総選挙によって誕生したベルルスコーニ政権は、アンチ・ヨーロッパ主義と目されるトレモンティ経済財政相を中心に、歴史的に逆行する経済財政政策を打ち出しており、2002年度以降、96年に中道左派政権により財政構造改革が始まった以前の制度に近い税制に戻してゆくという青写真を描いている。法人税を中心に税負担率を下げ、国際競争力を高め、また購買力を強化して経済を活性化させることを目的とするというが、イタリアの税負担率はEU平均をわずかに上回る程度であり、ドイツと同程度、フランスに比べればかなり低く、それほど深刻なレベルとは思われない。むしろ、減税政策を実行に移した場合におこる税収の低下をいかに補填するかが明らかでない経済財政計画からは、その真意を測りかねる。実際には、IRPEGに変わって導入されたIRESでは、制度の簡素化とともに税率の1%引き下げが行われた。しかし、その他の税目を含めた統廃合により、法人税関係の税収が著しく減少することは見込まれていない。
 同じことは、年金改革についてもいえる。90年代を通じ、イタリアの財政構造が健全化した背景には、徹底した緊縮財政があった。行政分野の歳出、投資を抑制し、また給付行政において緊縮政策をとった。しかし、年金については、著しい少子高齢化がその改革を実質的に減速させており、現状の維持では充分な対応とはいえない。94年、第1次ベルルスコーニ内閣が、アマート、チャンピの両内閣による緊縮政策路線を放棄し、また年金改革に失敗したことから失脚を余儀なくされたことはまだ、国民の記憶に新しい。
 もっとも矛盾をはらんでいるのはIRAPをめぐる政策である。経済財政計画においては国税を中心として論じられるために直接は言及されていないが、経済財政大臣の数々の発言から明らかなように現政権はこの生産活動税の軽減、将来的には廃止を望んでいる。しかし、現在、各州において営まれる医療・保健行政の歳出を賄う州生産活動税が廃止された場合、その代替となる税収がいかにして捻出されるのか、政府も、トレモンティ経済財政相も、まったく触れていない。IRAPによる税収は国内総生産のおよそ2.5%にあたる額となっており、新たな税目の創設、あるいは既存の他の税目について税率の引き上げやタックス・ベースの拡張などが行われない限り、この歳入を保障することはできない。
 またIRAPについては、当初はタックス・ベースから人件費を除くことがうたわれているが、現在、複数の州において生産活動を行っている企業については、各州における人件費の比率に応じてそれぞれの納税額が決定されるしくみとなっており、もし人件費を考慮しないようになった場合、前述のような企業について、各州に対する納税額の決定をいかにするかが大きな問題となろう。現実的には、農業保護のために既に実施されている税率の減免のように、特定分野に対する政策減税が実施されることになるのではないか。
 最新の議論として、財政調整制度の改革がある。州を単位とする財政連邦主義が進展するならば、この問題は不可避であるが、現在、さまざまな仮説が検証されているところである。特に所得税(個人、企業)改革、付加価値税の改革との関係が問題を複雑にしているが、EUにおける税制との調整もあり、今後の最大の課題となろう。現行のIVAによる州を単位とした財政調整には、その配分方法も含めて限界があり、見直しが急がれている。申告の方法を改正することにより、配分方法をも変革、さらに州への移譲の割合を現行の40%から80%に増加させる、などの改革案が検討されている。







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