[カナダの州・地方税制]
立教大学 池上 岳彦
1 政府間の事務配分と税源配分
(1)事務配分
基本的にカナダの市町村や学校区といった地方政府の権限は州によって異なっている。これは、カナダが連邦制を採用しており、地方政府(市町村、広域区、学校区)は州が創造したものであるとされているためである。
そこで、まず、連邦と州の事務配分の違いを見てみることとする。連邦は防衛、外交、治安の一部(連邦警察)に加えて、社会サービスの中では年金と雇用保険、一部高速道路や産業政策を実施している。
一方、財政支出の大きい保健医療、福祉、教育は州の所管事項であると憲法で定められており、基本的に連邦は権限を有していない。例えば、表1(連邦、州、地方の数字は、若干重複するところがある。)の「保健」の欄を見ると、大部分が州の財政支出であり、医療保険は州が実施していることが分かる。カナダの医療保険は、健康保険料を徴収している州も若干あるものの、ほとんどの州は健康保険料を徴収せず税金のみで、かつ、州民皆保険という形で運営されている。また、州の社会サービスは、福祉サービス(社会扶助)といった公的扶助が中心である。さらに、教育については、カナダでは基本的に高等教育は州立大学で行われている。一方で、初等・中等教育は、地方政府が行っており、これは財産税と州からの補助金で運営されている。地方政府は、初等・中等教育が財政支出の中で最も大きな割合を占めており、あとは上下水道、ごみ処理、消防、治安あるいは公園などである。
表1のとおり、カナダの財政支出の合計は4,400億ドルであり、対GDP比で4割近くを占めている。このうち州と地方の財政支出を合計すると、概ねカナダの財政支出の3分の2程度を占めている。つまり、連邦の補助金の部分を除くと、連邦の仕事が概ね3分の1、州・地方が3分の2という事務配分になっている。
(2)税源配分
カナダは、州があらゆる税目を有している国であり、連邦と州は主要な税源を共有している。連邦は、個人所得税、法人所得税、一般売上税(Goods and Services Tax[GST]. インボイス型の付加価値税。)、酒税、たばこ税、燃料税(ガソリン等)、関税等の税目を有しており、州は個人所得税、法人所得税、一般売上税(これは若干複雑であるため後述する。)、酒税、たばこ税、燃料税(ガソリン等)、その他あらゆる税目を網羅している。それに加えて、憲法上、天然資源(石油、天然ガス等)収入は州のものと定められており、石油等の取れる州は非常に裕福で税金も安くなっている。地方政府は、財産税(いわゆる固定資産税)がほとんどであるが、ビジネスタックスという事業用不動産の占有者課税も一部では存在している。
カナダの税源配分の特徴を3点まとめると、まず、表2の〔租税(小計)〕のとおり、州税、地方税の合計額が概ね1,800億ドル、連邦税が1,600億ドル程度であり、州税と地方税の合計額が連邦税を上回っている。
次に、表3の租税・社会保険料の対GDP比の国別比較を見ると、スウェーデンが54%と最も高く、カナダは35.8%である。特に、カナダは州と地方を合わせた地方政府のみの対GDP比が15.7%であり、中央と地方と社会保障基金を合わせた一般政府の中で、地方政府の占める割合が43.9%と表3の各国中で最も高く、カナダが州・地方税に重点が置かれた国であることが分かる。
最後に、先程述べたように、連邦と州はいわゆる基幹税(個人所得税、法人所得税、一般売上税)を全て共有しており、個別消費税は共有しているというよりは、それぞれの州が独自に課税している。また、州は完全に自由な課税権を有しており、税率や課税ベースも州が自由に決められることになっており、連邦はこれを規制することはできない。
(3)税源配分をめぐる研究者の議論
税源配分についての研究者の議論は、大きく3つに分かれる。研究者同士の論争も様々あるが、例えば(1)マスグレイヴのフィスカル・フェデラリズムのように連邦は所得税中心、州・地方は一般売上税中心にするとの古典的な考え方も当然あるわけである。これはRobin Boadwayなどの考え方であり、基本的に社会政策における連邦主導的な役割を主張している。
一方で、(2)州が所得税を中心に持つべきであり、連邦は一般売上税、つまり付加価値税を専有すべきだとする説もある。さらに、個人所得税を持っている方が社会政策の主導権を握るべきだと主張する人もいる。(3)は中間説であり、連邦と州が個人所得税、消費型付加価値税を共有している現状のままでよいとの説である。最近の日本の法人事業税の外形標準課税との関連でいうと、法人所得税を州から連邦に移し、その代わりに州が所得型付加価値税を導入して、地方政府はその付加税を課するのが適当だ、との説をRichard Birdなどは唱えている。
これらが税源配分についての学説である。しかし現実は、それぞれが課税権を有しているために、こういった研究者間の論争にはあまり左右されず、当面制度が動く気配は全くない。
2 個人所得課税
連邦の個人所得税は4段階の累進課税であり、日本でいう基礎控除等は所得控除ではなく税額控除であるという特徴を有している。これは所得再分配上、限界税率の高い人が有利にならないように1987年に制度が変更されたものである。
次に、州税は、1999年以前と2000年以降は制度が大きく変更されている。1999年以前は、州は連邦税に対する“tax on tax”(所得税割、日本でいえば住民税の法人税割のようなかたち)、つまり所得税附加税として課税しており、9つの州が租税徴収協定を連邦と結び、連邦が州に代わって徴税を行い州に配分していた。ただし、例外的にケベック州は独自に累進税率で課税しており、租税徴収協定にも参加していなかった。その後、その他の州からも、州独自の累進性を持たせたいとの強い要求があり、様々な交渉の結果、98年に協定が成立し、順次“tax on tax”から“tax on income”へ移行し、日本と同じような所得割の形になったものである。
通常、州は連邦とほぼ同じ課税ベースに独自の税率を課しているが、附加税等を課税している州もある。また、ケベック州を除く州は、連邦と協定を結んでいるため、連邦が徴税している。表4に具体的な税率を挙げているが、前述のとおり99年までは“tax on tax”であり、連邦税の何%という仕組みであったが、2002年度を見ると、アルバータ州以外の州は累進税率で課税している。ただアルバータ州だけは、“tax on income”に変更した際に、比例税率(flat tax)を採用すると明言し、他の州とは異なった方式を採用した。
連邦・州合計の最高限界税率も、州によって異なっており、ほとんどの州は概ね40%台後半であるが、アルバータ州だけは39%である。また、給与収入が6万ドル(日本円で概ね550万円程度)の人が、どの程度の所得税を払ったのかという負担率をみると、これも当然州によって異なっているものの、概ね年収の25%程度を連邦と州の所得税として徴収されている。ただし、アルバータ州だけは、先程述べたように税率が低いため、19.5%にとどまっている。州ごとの負担率を比較すると、オンタリオ州とアルバータ州の負担率がやや低く、また、やや北方に位置し非常に人口の少ない地域である3つの準州は、特別に連邦から補助金が交付されているため、他の州ほどの税率を課する必要がないので、負担率は低くなっている。ただ、いずれにしても日本より個人所得税は高く、年収の20〜25%程度を負担している。
3 法人所得税
法人所得税のうち、連邦税は、表5のとおり、一般法人、製造・加工業、中小法人の区分で税率が定められている。州税は、連邦と類似した課税ベースに独自の税率で課税しており(tax on income)、10州のうち7州が連邦と租税徴収協定を結び連邦が徴税している。
また、以前に、法人所得税の分割基準について、カナダではどのような仕組みになっているのか尋ねたところ、連邦側で決めることはできず、それぞれの州が自由に決めているとのことであった。ただ、それぞれの州が自由に決めているものの、州間の税収分割基準は、恒久的施設(permanent establishment)のある州における(1)売上げ、(2)支払い賃金の2要素に応じた配分というルールで全ての州が事実上合意しているとのことであった。ここはアメリカとは異なっている点であり、アメリカはそれぞれの州が争って独自に課税しているが、カナダの場合はあまり争うことなく、この2要素方式でやっているとのことであった。
法人所得税の税率は、連邦と州を合わせると概ね50%台前半の州が大部分であるが、オンタリオ州、アルバータ州などは40%台後半となっている。
4 一般売上税
一般売上税(いわゆる消費税)は、連邦においては“Goods and Services Tax”(GST)というインボイス型付加価値税を7%の税率で課税している。特徴としては、基礎的食料品等はゼロ税率としている点、またGST控除という所得税の税額控除をGSTの逆進性対策として実施している点などがある。
州レべルの一般売上税としては、5種類のシステムが併存しており、10州が5つのグループに分かれている。まず、第1グループは“Harmonized Sales Tax”(HST)である。これは大西洋岸の3つの小さな州が参加しており、連邦と全く同じ課税ベースに8%の税率で課税する方式である。よって、全体の税率は連邦の7%を加えて合計15%となるが、それを連邦が徴税して消費統計に基づいて州に配分しており、日本の地方消費税とほぼ同じ考え方である。
第2グループは、ケベック州が課税している付加価値税であり、税率はケベック州が独自に決め、徴税も連邦税を含めてケベック州が行い、連邦分を連邦に渡す方式である。この方式は連邦税であるGST込みの価格に、州税である付加税を課税する、つまり「税に税をかける」形になっている。
第3、4グループが、小売売上税(A)及び(B)((A)、(B)は筆者が便宜的に付けた名称)である。小売売上税(A)は、プリンス・エドワード・アイランド州が採用している方式である。これはGST込みの価格に小売売上税を課税しているものである。この方式も連邦税に州税を課税する、つまり「税に税をかける」形になっている。小売売上税(B)は、GST抜きの本体価格に小売売上税を課税する方式で、オンタリオ州、マニトバ州、サスカチュワン州、ブリティッシュ・コロンビア州が採用している。ただし、この4州はそれぞれ独自の税率で課税している。
第5グループは、課税をしないグループであり、石油・天然ガス資源が豊富で裕福なアルバータ州がこの方式を採用している。また、連邦から多額の補助金を受けている3つの準州も、一般売上税は課税していない。
以上、カナダでは5つのパターンが並存している。なお、州ごとの税率は、表6に掲げたとおりである。
5 個別消費税
個別消費税は、関税のみ連邦が徴収している(表2 参照)ものの、ガソリン税、たばこ税、酒税といった主な税目の税率は、表6のとおり、それぞれの州ごとに異なっている。ガソリン税をみると、石油・天然ガスが取れるアルバータ州では、税率が低く設定されている。また、たばこ税は、ニュー・ブランズウィック州、ケベック州、オンタリオ州の税率が低く、アルバータ州の税率が高くなっている。これは、ケベック州やオンタリオ州はアメリカとの間で密輸が多く、あまり税率を高くすると密輸が増加してしまうとの事情から、このような低い税率になっているとのことである。酒類は、州の専売であったり、税を賦課するなど、州がそれぞれ独自の方式を採用している。
6 財産税
財産税は、地方政府の税であり、主要税目は不動産税で、市町村が課税している。基本的に税率は市町村の決定事項であるが、評価方法は州の決定事項であり、州の規制下にあると考えた方がよい。以前は、数十年前の評価を用いて課税している団体が存在していたが、最近は時価評価を毎年実施する州が多く、評価替えは頻繁に実施され始めている。そして、地方政府に必要な財源が決まると、それを評価額で割って税率を算出する方式になっている。
また、カナダには市町村とは別に学校区というものが存在し、学校区の財源となる不動産税がある。基本的には、州のルールで課税し、徴税は市町村が実施し、それを学校区に渡す方式を採用している州が多いようである。
不動産税の税率は、財産の種類ごとに差がつけられており、住宅、商業施設、製造業、農地あるいはパイプラインなどに分類して課税されている。通常、製造業の税率が最も高く、次いで商業、住宅の順で、農地は税率が低く設定されているものであるが、これは団体によって様々である。
たとえば、2003年、アルバータ州の州都であるエドモントン市では、住宅とその土地に対して、市税と学校区税を合わせて1.1%程度の不動産税が課税されている。
7 租税徴収協定と税務行政
以前、カナダには、日本の国税庁のような組織が存在していた。しかし、これは一度解体され、カナダ関税・歳入庁(Canada Customs and Revenue Agency)に改組された。同庁は基本的に連邦政府の組織であるが、理事会が設置されており、理事は州から推薦されることになっている。これは、共同税務を強化しようという考え方であり、租税徴収協定に参加している部分については、全て同庁が徴収を行っているものである。
8 州・地方税と政府間財源移転との関連
(1)財政調整制度 ― “Equalization Payments”(平衡交付金)
財政調整制度について、代表的な州の財政調整制度は、図1にあるとおり、人口1人当たり税収を一定の水準まで保障する考え方を採用している。これは、代表的な税制で全国平均税率を用いた場合の州税・地方税の税収見込み額を計算し、それが一定水準、つまり代表的とみなされる5州の平均値を取り、その平均値に足りない部分を平衡交付金(図1の黒い部分)で調整する方式である。よって州レベルでは、財政需要というものは考慮されていない。
なお、日本とは異なり、各州が増税すると全国平均税率が上昇し、平衡交付金のレベルも上昇するため、州による操作可能性があり、平衡交付金を連邦税から拠出している連邦にとっては、あまり中立的な制度ではないという問題点がある。
(2)税源移譲を含むブロック補助金 ― “Canada Health and Social Transfer”(CHST)
最近の日本における税源移譲との関連でいうと、カナダで補助金を廃止した際、特定補助金をブロック補助金に変え、そのブロック補助金の一部を税源移譲したことがある。それがCanada Health and Social Transfer(CHST)という税源移譲を含むブロック補助金である。ブロック補助金は、表7のとおり「租税移転」(Tax Transfer)と「現金移転」(Cash Transfer)の2つに分かれており、そのうち「租税移転」は、1977年に補助金の一部として、連邦の個人所得税と法人所得税の税率を引き下げて、州がその分の税率を引き上げる余地を作ることにより、州に補助金を渡したものとみなすと、連邦政府が宣言したものである。
ちなみに、この租税移転は、あくまでブロック補助金の一部として実施されたものであり、この租税移転と現金移転を合わせた人口一人当たりの合計額が一定の水準に達するように保障されている。州間の課税力の差を現金移転により調整しているため、この租税移転は、日本の税源移譲の概念とは性格を異にしている。
なお、連邦が引き下げた部分の税率を引き上げるか否かは州の自由であり、実際に租税移転に相当する額を州が課税しているか否かは不明であるが、連邦は州が課税しているものとみなして、20数年前に税源移譲されたものが、現在幾ら程度になっているかを毎年計算している。それが現金移転額の算定基礎になるわけである。
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