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第5章 むすびにかえて
―IT利用による住民満足度向上のための提言―
 インターネット普及と利用の促進によって、前章で述べたような先進事例も以前とは比べ物にならないくらい早く伝達され、すぐに日本全国の知るところとなる。そして、それが各自治体に「よい波及効果」をもたらす推進力になると思われる。実際、インターネットの検索エンジンに「IT」と「住民満足度」というキーワードを入れてみると、何万というホームページアドレスが一覧できる。自治体にとっては、ITを利用して住民満足度を向上させるという試みはいわば義務であり、そのために努力をしていることを住民にアピールする必要がある。民間にとっては自治体にシステムを売り込む大きなチャンスでもある。こうした思惑がホームページのアドレスの数を膨大にしている一因であるが、厳しい財政事情と高度化する情報技術、そして情報の取り扱いに洗練しつつある住民の満足度を向上させるために、ITを利用した行政サービスの改善と業務プロセスの効率化によるコスト削減は避けて通ることのできない政策課題であることはもはや自明のことである。それではどうすればいいのだろうか。ここでは具体的な提言を行う。
 
 自治体にとって、何か問題を抱えた場合に、「住民に対するサービスの質を向上させるか否か」という視点は、「問題をどう解決すべきであるか、そのためにとるべき行動はなにか」、ということを検討する際の重要な試金石となる、そのうえで選択した手法でなければ、住民へのアカウンタビリティ(説明責任)が果たせなくなってしまうからである。そして、これまでの章で見て来たように、より質の高い行政サービスのためには、情報の共有・開示・個人情報の有効活用は欠かせないのであり、その基盤構築と情報流の整備が必要となる。
 今回、調査でスェーデンに出向いた際、「IT先進国世界No.1」といった印象は全く持てなかった。しかしながら、必要な情報を流通させて業務を効率よく行いながら、サービスの質を確保するシステムを作り上げていた。そしてその改良は継続的に続けられている。何よりも驚かされたのが、公的機関の個人情報の利用に対する合理的な態度である。市職員から施設スタッフ、民間の人まで合計7名の方にインタビューする機会があったが、全員が『公的機関が行政サービスの提供のために、必要な個人情報を収集して利用するのは極めて当然である』という回答であった。もちろん、個人情報取得に対するアクセスログが開示され、オンブズマンからも厳しく監視をされている(=個人情報保護が制度的に明確に担保されている)という状況ではあり、日本と単純な比較はできない。ただ、公的機関の個人情報利用に対する信頼に加えて、ITを用いて可能なことに高い人件費をかける必要はないという、合理的な姿勢がその根幹をなしているようである。
 日本も「地域格差」の存在は否めないものの、自治体の規模に関わらず様々な試みを実践していることは大きな希望である。これから一気に加速していくであろう電子政府・電子自治体如何によっては、将来、日本がITを利用した住民満足度の高い国として世界の理想になりえるかもしれない。そして、そのためには何より、情報の共有と情報流を整備する必要があるが、同時に、住民が自分自身の情報利用や情報開示をどこまで許容するかということが大きな鍵を握る。そのためには、自治体が「個人情報を利用すること」をどこまで許容すれば、「どの程度、サービス内容の改善やコストの削減に結びつくのか」という検討をして提案をしていくことと、情報利用に関するアカウンタビリティの確保を行うことが必要になる。より具体的には、便利になるサービスの具体例や削減されるコストの額を明確にすることと、「いつ」「だれが」「どんな目的」で個人情報にアクセスしたかの記録を残すことで個人情報保護を担保することが必要となるのである。後者は今や技術的にも金額的にも難しいものではない。IT導入によって、以前より厳格に管理可能でさえある。問題となるのは前者である。
 
 自治体では、ITを用いて可能なことに高い人件費をかける余裕はもうない。そして、住民の満足度を向上させるためには、目に見えるサービスの改善が必要であるが、それはITを有効活用することによって可能になる。例えば;
 
(1)サービスの個別化:家族構成や年収など住民の個別の条件に応じた情報を提供する
(2)迅速な対応:電話や窓口などで即座に当該住民に必要な情報を提供する
(3)先回りの情報提供:現在すでに享受できるサービスや、現在は享受できないが条件を満たせば享受できる可能性があるサービスの情報を住民に対して個別に提供する
 
といったことが考えられる。もちろん、(1)-(3)を実現するためには自治体内での業務プロセスの改善が必要であり、そのための個人情報利用も対象に含まれる。
 実際にどんなサービスや業務プロセスを対象とするのかに関しては、自治体が既に持っている情報の加工のみで可能なものあれば、新たに情報を入手しないと実現できない案件もあるだろう。そこで、まず、第1段階として自治体が既に持っている情報で実現可能な案件を、1:優先順位の高いもの順(参照度合いが高いもの順)と2:コストの安いもの順、3:現場が必要としている情報の組み合わせ、に三分類し、実現しやすいものから順次期限を決めて施行していく。そして、自治体が既に持っている情報利用で可能な改善を終えたら、次ぎの段階として、さらに追加的な情報収集によって可能なサービスを住民に提案することが望ましい。
 
 第1段階で住民に行政サービスの改善を実感してもらうことができれば、第2段階で住民の積極的な関わりが期待できる。自治体は、財源不足に加えて雇用も抑制されつつあり、正規職員として人材を確保していくことが難しい状態にあるところも多い。専門性の高い分野や守秘義務の厳格な適用が必要である案件には、アウトソーシング等の利用が必要となるが、NPO設立がブームになるなど、住民の地域参画に対する意識も高まっているし、最近はイベントに対する貢献も大きい。例えば、2002年のFIFAワールドカップ開催では、自治体が住民ボランティアを募ったところ、自発的な登録が殺到した。そのなかには語学能力など、大会の円滑な運営に必要な個人の付加的情報も含まれている。世界的なイベントへの参加と地域のそれとでは事情も異なるが、メリットが明らかであれば人は情報を開示し、その利用を許諾するというよい例である。
 
 どんなサービスや情報そして業務プロセスを対象とするのかに関して上記の案件を整理し、順位づけをして確実に実施していくためには、それ専門の組織を形成するのが望ましい。そしてその構成要員は、中堅から若手の人材で形成し、期限を切って結果を出すようにすべきである。そして、サービス改善のプロセスは案件の段階から結果の検証に至るまで、公開されることが必要である。その理由は以下に挙げる。
 
(1)既存の組織は日常の業務遂行に忙しく、抜本的な改革(BPR)を伴う提案が難しい
(2)仕事に習熟している(中堅以上)と、変化を嫌う傾向がみられる
(3)仕事に習熟していると、問題点を見逃しにくい
(4)長期にわたる改革は「改革疲れ」を起す
(5)案件の提案やプロセスが公開されることで住民参加による議論が可能となり、既存の発想を超えた改善提案が期待できる
(6)案件の提案やプロセスが公開されることで、改善実施に対する圧力になる
 
 具体的な案件は、新たに作られた専門の組織による提案や自治体内部の部署からの提案、そして市民に対するアンケート調査などによって収集されることになるが、留意すべきは関係者をなるべく大勢巻き込むことである。最近、自治体もパブリック・コメントを募集したりして「民意」の反映に努めているが、発言者がほとんど固定されているという話もよく聞く。従って、できる限り多数の住民ボランティアを募り、さまざまな意見を伺う機会を設けることは、住民の参加意識を高めるいい機会になる25
 
 上述した提案を実行するためのハードルは低くなってきている。実際、既に一部を実行している、または実行に向けて準備中というところも多いのではないか。業務の改善のために、住民からの苦情をデータベース化して活用する浜松市など、企業顔負けの改革を行っている事例も存在している。
 自治体の気がかりは、何より「個人情報の保護」に抵触しないかということである。しかし、条例によって明確に利用目的を示し、そのことを担保できる(アクセスログの記録と迅速な公開)制度を整えれば、後は住民の参画を促すことによって、よりよいサービスの供給と業務プロセスの改善に邁進するのみである。これから、より一層の電子化が進められていくなかで、住民満足度の更なる向上を目指して、サービスの向上と業務の改善を競い合って欲しいものである。
 

25 行政への市民参加の度合いと住民の感じる幸福感とは大きな相関関係があるという調査が報告されている(榎並、2002、150頁)。







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