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D2. モチベーションマネジメント
 組織の中において、構成員のモチベーションは、その成果に大して大きな影響を与える。構成員それぞれがアウトプットする業績を簡単に表現すると、
業績=f(能力×機会×モチベーション)
という式で表すことができる。能力が高くても、適切な仕事に恵まれなければ(機会)そこそこの業績しか出せないし、能力が高く、適切な人員配置であっても、モチベーションが高くないと最大点の業績は残せない。このモチベーションを高めるものとして様々な報酬が与えられ、それは以下の3つに分類できる。
1)金銭的報酬
2)地位的報酬
3)コミュニケーション的報酬
 営利組織では、昇給や賞与などの金銭的報酬や、異動や昇進といった地位的報酬を活用するチャンスが多くあるが、NGOなどはなかなかこの金銭的報酬や地位的報酬が活用できない制約があったり、NGOで活躍している人材には、これら2つの報酬がモチベーションを高めるためにそれほど有効でない場合もあろう。そういった場合には、最後のコミュニケーション的報酬を積極的に取り入れる必要がある。コミュニケーション的報酬の典型的な例は、昨今組織のマネジメントでも注目されているコーチングの「アクノレッジメント(承認)」を活用することである。ここでは、コーチングについては多く触れないが6、NGOの組織の中でも、コーチング的なコミュニケーションを積極活用することによって、モチベーションを意識したマネジメントを取り入れてみてはどうだろうか。
 
E. マネジメントの評価
 既に多くのNGOが、自然な形でマネジメントを取り入れているはずだ。自分たちでは意識していなくても、複数人が集まり、ある社会的使命を持ち活動していれば、自然とそのNGOなりのマネジメントが行われている。しかし、そのマネジメントが有効に機能しているとは限らない。是非一度、これまで述べた「事業」「関係」「組織」という3つの軸の観点から、社会的使命を果たしているか、マネジメントがしっかり機能しているかどうかチェックし、評価してみてほしい。マネジメントの評価、特に非営利組織のマネジメントの評価について、ドラッカーは次の5つの問いを提示している。7
 
1. われわれの使命は何か?
2. われわれの顧客は誰か?
3. 顧客は何を価値あるものと考えるか?
4. われわれの成果は何か?
5. われわれの計画は何か?
 
 このドラッカーの5つの問いを、田中尚輝8は日本のNPOに活用しやすくするために、
 
1. あなたの団体にとってのミッション、そして、成功とは何か?
2. そのための事業計画はどのようになっているか?
3. あなたの団体は第1の顧客(サービスの対象者)をどう定義しているか?
4. 事業の遂行のための組織はどのようになっているか?
5. あなたの団体において、第1、第2(会員、ボランティアのメンバー)、第3の顧客(支援者、助成団体)はどのように位置づけられているか?
6. 成果と改善点は何か?
 
と変更し提示している。9 ドラッカーの問いも、田中の問いもいずれも「事業」「関係」「組織」の3つの軸を中心に組み立てられている。NGOの「経営者」は是非ともこの問いを参考にして、今一度自身のNGOのマネジメントを評価し、さらにマネジメントを改善してみてはどうだろうか。
 
4-4. 事例
A. マネジメント力向上の支援事例
 NGOをはじめとする非営利組織におけるマネジメント力の向上を支援するために、国内でも様々な活動が行われている。支援事例は大きく(1)非営利組織の「業務」の支援、(2)非営利組織の「経営者」の支援・育成の2つに分けることができる。「業務の支援」は、煩雑な業務を少しでも外部の力で支援することにより、経営者や組織として「マネジメントを学ぶ時間」を作り出すことを重視している。言い換えるなら非営利組織のインキュベーションである。「経営者の支援・育成」は、非営利組織のマネジメント力を向上させるためには、組織に関わる人すべてのマネジメント力が向上する必要はなく、運営の中心人物、すなわち「経営者」のマネジメント力が向上すれば、必然的に組織のマネジメント力も向上するであろうという考えから活動していると言える。
 
B. インキュベーションとしての支援事例 「みなとNPOハウス」
 港区は、2002年7月に、廃校になった学校施設(旧三河台中学校)を活用し「みなとNPOハウス」をオープンさせた。NPO団体の活動拠点として複数の団体が同居する施設であり、同時にNPOと区との協働のモデル事業を随時、実施している。
「みなとNPOハウス」の主な機能
1. NPO等の育成・支援
(1)活動拠点を提供し、立ち上がり段階の団体等の安定した運営基盤整備を支援します。
(2)NPO等の育成、支援のノウハウを持つ団体と連携し、協働の相手方としてふさわしい団体の育成を図ります。
2. 市民活動の拠点の形成
 貸会議室の設置、体育館等でのイベントの開催などにより、NPO等や地域住民にハウスの活動をPRし、市民活動の拠点化を図ります。
3. 区とNPO等とのネットワークの形成
 協働モデル事業の実施等を通じ、区民やNPO等との協働に向けたネットワークを形成します。
が掲げられている。10
 
 現在、教室を31団体が事務所として使用しており、体育館および校庭は、入居団体がイベントや講演会等を行う場合に使用できるようになっている。入居団体には、特定非営利活動法人NPO事業サポートセンターも入居しており、「マネジメントサポートサービス」という、NPOに対して、NPO法人の設立方法や運営方法、会計処理方法など、NPO法人の設立準備から認証・登記・運営に至る各ライフステージで発生する課題や相談に対する具体的な支援や、研修・セミナーの開催を行っている。このような形でビジネスにおけるスタートアップ企業に対するインキュベーションサービス全般を提供するNGO/NPO版インキュベーションセンターが各地に出来ることにより、NGO/NPOを組織として支援することができるのではないだろうか。
 
C. 経営者の支援・育成事例
 経営者の支援・育成事例として、最近活発なのが、「社会起業家」の育成・支援事業である。「社会起業家」とは、社会的課題を、公益性のある事業を継続的に行うことを通じて解決することを目指す起業家であり、NPO・NGOの「事業性」をより強くしたものと言えよう。
 
C1. ETIC
 ETIC11は次世代を担う若手に対する支援・育成を中心に行っているNPO法人である。その一事業である。「ETIC. 社会事業創出プラットフォーム『Jet』」は、「NEC、損保ジャパン、株式会社ピースマインドなど複数のパートナー企業と連携し、社会的課題にビジネスの手法で取り組むソーシャルベンチャーや、事業型NPOに挑戦する若手起業家を、企業のリソースや専門家からのアドバイスを活かして支援」12している。具体的な活動として、4ヶ月間から6ヶ月間の単位で「学生NPO起業塾」を開催し 1)事業実施に向けて最大50万円を助成 2)セミナーの開催 3)事業パートナーとの連携のサポートを行っている。
 
 また、「STYLE」という「社会的な課題に事業的手法を活用して取り組むビジネス・NPO・プロジェクトの「ビジネスプラン・コンペティション」を行っている。2002年の優秀賞を受賞した藤岡亜美氏は、エクアドルからフェアトレードによってコーヒーを輸入し販売することで、エクアドルの森林を保護し、日本の生活スタイルを、人と人とのつながりを重視する「スローライフ」への変化を促すカフェの経営事業「スローウォーターカフェ」13を行っている。同じく優秀賞の木下斉氏は、各商店街を母体として共済組合を設立して各地域と連携し、通常時は商店街と地域間で交流して地方活性化を図り、災害発生時は疎開先として助け合う、震災共済事業を展開している。14
 
C2. 社会起業家フォーラム
 社会起業家フォーラム15は、2003年7月に、シンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏が呼びかけ人となって発足した。田坂氏以外の15人のパートナーいずれも営利・非営利組織で実践的に活動している。2003年9月24日付 朝日新聞 夕刊によるとこれまでに約3600人のメンバーが集まったそうである。現在の活動は、おもにメールマガジンの発行による情報提供・情報共有とセミナーなどの開催が中心ではあるが、社会起業家を目指す若者を中心に、着実に広がりつつある。
 
4-5. これからの課題
 マネジメントを組織の中に根付かせるためには、マネジメント経験者をとにかく迎え入れ、その人から学び吸収することが一番確実である。例えば、定年後の企業経験者の中で、NGOの活動に共感を示してくれる人物をCOO(最高執行責任者)的な立場で迎え入れる。そこに次世代を担う若手の有望な人材を張り付け、その人物のマネジメントスタイルをとにかく学ばせる。組織全体でマネジメントを強化しようというよりも、ごく少数の中核メンバーが徹底的にその意識を持ち、多少の軋礫を覚悟の上でマネジメントを強化するという強い意思を持って推進することが必要である。もちろん、NGOとしての理念や理想を曲げる必要はない。ただし、資金調達や広報などのマネジメント体制、そして人員体制が脆弱なために、社会的使命を果たせないということのないようにしなければならない。
 

6 コーチングについては、コーチングが人を活かす、鈴木義幸著、ディスカヴアートウエンティワン2000年やコーチング・マネジメント、伊藤守著、ディスカヴァー・トゥエンティワン2002年などが導入の参考になるだろう。
7 非営利組織の成果重視マネジメント、P.F.ドラッカー/G.J.スターン編著、田中弥生監訳ダイヤモンド社 2000年
8 田中尚輝 NPO事業サポートセンター常務理事・事務局長
9 実戦!NPOマネジメント、田中尚輝著、学陽書房 2002年 148頁
10 港区ホームページより引用 http://www.city.minato.tokyo.jp/npo/katsudou/npohouse/
14 商店街ネットワーク http://www.shoutengai.co.jp/
震災疎開パッケージ http://www.shoutengai-sinsai.com/







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