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◎教員の資質確保を目的にした補助金
 
 この「落ちこぼれ防止法」のもうひとつの目玉が、教員の資質に対するアカウンタビリティということです。
 条文では、「全ての州は、2005年度末までに、主要教科(算数・国語・理科・社会)を教える教師が、全て高い資格を有することを保証すること」ということを謳っています。その「高い資格」の定義は、「必ず教える教科の免許を有しているということ」、それから「4年制の教育学部あるいは教員養成のコースを卒業して、学士の称号をもっており、教えようとする領域の知識と技能をもっていること」です。
 それで、それをどうやって証明するかというと、これもやはり「教員採用のためのテストに合格している」という、そのテストの合格をもって、いちおうそういう能力のあるということを証明する。全て、資格があるとか、あるいは条件を満たしているということを数字で証明しなさいというのが、このNCLB法の特徴です。
 それから、外国では、先進国も発展途上国も、教職にあまり人気がない。というのは、教師の職の社会的な地位が高くないことと、アメリカではかつて「教職は女性の職業である」と見られていたからです。いまでも場所によってはそういう見方が強いかもしれません。発展途上国においても同様です。
 また、当然それと関係して給与が低いということ。だから優れた教員は、どうしても条件のいい学区に流れていくので、教育が困難なところは新規採用の先生が赴任したり、資格のない人が教えることが多くなるという、2極分化の傾向もあります。従って、例えば、黒人の多い学校で学力が達成されないのは、先生の質が悪いからだということも理由になり得るので、きちんと資格をもった先生を、全ての学校、教室に配置しなさいということになります。
 そのために、この「落ちこぼれ防止法」では、「連邦が補助金を出します」と。それがタイトルIIの補助金です。教員の資質をターゲットにした補助金です。
 それで、主要教科の有資格者を増やすために、やはり州が、毎年どういう計画で有資格者の採用を増やしていくかという、採用計画をきちんと提出しなければいけない。それを出さないと、補助金がもらえない。それから、ただ資格者を増やすだけではなくて、すでに職に就いている現職の先生についても、現職教育で質を高めていく。どういう現職教育のプログラムを提供して、それへの参加者をどういうふうにして確保して増やしていくのか、ということもきちんとステップを明らかにしなければいけないのです。
 また、学区が計画書を州に提出し、州からタイトルIIのファンドを得て、教員の雇用に入るわけですが、当然、いい先生、有資格の先生を採用しようと思うと、やはり給与を高くしなければいけないので、現職教育の改善にそのタイトルIIの補助金を使用することもできます。ここでも学区は自分たちで計画すれば、かなりの自由裁量をもって補助金を使うことができる。その意味では、さっきのタイトルIと同じように、柔軟性を学区に与えてはいるけれども、それだけ学区の責任が大きくなってくるということです。それで改善がみられない場合には、ここでもやはり、州が介入してくるということになります。
 
◎「21世紀地域学習センター」
 
 それからもうひとつ面白いのは、タイトルIVになるのですが、「21世紀地域学習センター」という項目を立てて、補助金の対象にしています。これは、学校教育の時間外に行う、学習を向上させるために効果がある種々の活動に資金援助をするものです。可能な活動としては、補習、理数科活動、美術、レクリエーション、テクノロジー教育、図書館サービスとか、それから保護者にいかにして学校に関心をもたせるか、という保護者との連携などです。
 また、保護者の中には、高校でドロップアウトして識字能力が低い人もいるので、そういう保護者の識字能力の改善。不登校児、停学、退学になった人たちのためのプログラム、カウンセリング、あるいは道徳教育といったものも可能な活動に入ります。
 では、補助金の対象となるサービス提供団体とはどういったところかといいますと、地方学区、地方の教育委員会、地域に根差した団体、その他の公的・私的な団体、あるいは、諸団体が連携したものなどです。
 これも、どのような計画でやろうとしているのか、という計画書を州に出して、認められれば、お金が出るのです。それで、お金は国から州に出ますが、州が使えるお金というのは非常に少なくて、ほとんどは地方学区、地方の教育委員会のために95%はプールしておいて、そのお金を計画書にもとづいて配分していくということになります。その場合には、恵まれない学区を優先します。先程の達成度が低いとか、それから条件も比較的悪いところを優先して配分していくように、ということになります。
 
◎アメリカ国民は公立学校を意外に高く評価している
 
 では、最後に、一般のアメリカ国民が公立学校をどのように見ているかということについてお話します。つい最近、2003年の9月に今年のギャラップ調査(公立学校に対する国民の姿勢調査)が行われました。これは、PDKというところと、ギャラップ社(オピニオンサーベイの専門会社)が毎年実施していますが、この最新版が出てきています。
 これは、統計手法にもとづいたサンプリングで全国から1,000人前後を選んで電話のインタビューを行います。毎年同じ質問を繰り返すのと、それから新しい質問を混ぜる。今年の新しい質問というのは、前述した落ちこぼれ防止法案がどれくらい国民に浸透しているか、制裁措置に対して国民がどういうふうに思っているか、ということです。といいますのも、落ちこぼれ防止法案の施行で、公教育に関しては、連邦、州、学区の関係が非常に複雑になってきているため、そこのところを一般国民はどのように理解しているのかを知りたいためであるからです。
 質問項目としては、落ちこぼれ防止法案の実施のストラテジーに関する質問で、「制裁措置を課すということに関してどう思うか」、「もし成果があがらなかったときに、子供を公立学校に置いておくのか、それともほかの学校に変わらせるのか」、「バウチャーについてどう思うか」、「公立学校の直面している問題は」、「学力差の原因は何だと思うか」、それから、優れた教育を確保することについての難しさで、「教員の待遇の問題についてどう考えるか」、「テストが非常に多くなっているが、メリットが大きいと考えているのか、あるいは必要だと考えているのか」、こういったことを調査しています。
 ちなみに、バウチャーというのは、日本でいうと、どこでも使える利用券のようなものです。ですから、バウチャーをもらえば、学区内のどの学校へ行ってもいいのです。バウチャーというのはお金の価値がありますから、公教育で認められた1人当たりのお金の価値をもって、ある学校に行くということになります。つまり、その結果、選んだ学校に生徒1人当たりの予算が配分されるというものです。
 さて、全体の回答傾向を見てみますと、国民は公立学校を意外に高く評価している。
 「たしかに公立学校も改善しなければいけないので、必要な改善がうまくいけばいい」と思っていて、「州に移管したり、あるいは第三者が入ってくるというよりも、せめて公立学校が自分でうまくやってほしい」と思っています。ただし国民は、「『落ちこぼれ法案』についてはよく知らない」ようであります。69%の回答者が、「法案がほんとうに好ましいかどうかを判断する十分な情報・材料がない」と答えています。
 次に、法案と関係のあるストラテジーについての回答をみると、「仮に国民がこの法案についてよく知ったとしても、必ずしも支持が高くなるとは楽観できない」ようです。なぜならば、回答者の83%は、「基本的には、学校の教育内容・方法というのは学区の管轄事項である」と考えています。それから、84%の回答者は、「学校が学力向上に成果をあげているかとか、本来やらなければいけない仕事をうまくやっているかというのは、テストの結果をクリアしている人の数ではなくて、前年度と比べてどれぐらい伸びたか、その伸び率で判断したほうがいい」というふうに回答しています。また、66%の人たちが「1回のテスト結果では、学校に改善の必要があるとか、そういうことを判断するような十分な材料を得ることは難しい」と回答しています。
 そして、「1回のテストで子供の英語と就学の習熟度が正確に測れる」と考えているのは、26%しかいない。それでは、何で測ったらいいのか聞くと、「学校での授業の様子、宿題を出しているかどうか、授業中の子供の応対の仕方とか、もっと授業の現場の実態を大事にして判断したほうがいい」という回答者が多かったのです。それから「学校を評価するのに英語と数学のテスト結果だけに依存するということは、美術、音楽、歴史とか、他の教科を非常に軽視するということを意味するので、これは非常に問題である」と考えているようです。
 「それでは、あなたの子供が通っている学校が、改善が必要であるというふうに判断されたときに、あなたはどうしますか。子供を他の学校に送りますか。それともその学校にとどまって、もっとうまくいくようにしますか」という場合には、74%が「いま行っている公立学校にとどまる」。25%は「他の学校に転校するであろう」と回答しています。それから、障害をもつ生徒は他の生徒と同じスタンダードを満たすことが求められていますが、回答者の67%は「障害をもつ子供は特別な基準があっていいのではないか」と。それから、「テストの強調というのは、授業で教師がテストのための教育をするようになる」が66%で、「これはよくないことだ」というふうに、過半数の回答者が感じています。
 バウチャー制を導入したら学力が改善されるかどうかについては、意見が分かれました。「バウチャーで授業料の全額補助が出た場合には、どういう学校を選びますか」といったときに、「教会関係の私学を選ぶ」と答えた人が38%、「それ以外の私学」が24%、「それでもやっぱり公立学校を選ぶ」という人が35%です。「バウチャーが、半額補助の場合はどうですか」とすると、「公立学校に」というのが47%に増えて、「教会関係の私学」が34%、「それ以外」が17%というふうになっています。
 それで、アジア系の子供たちは、やはり学力水準が高いですね。白人と同じ、あるいは白人を超える場合もたびたびあります。「アジア系の人たちの成績がいいのは、どういう理由でしょうか」と聞きますと、「学校教育の質というのではなくて、家庭環境、特に親の関心が高い」ということが理由として挙がっています。生徒の学業成績が不振な原因としては、どういうことが考えられるかというと、たしかに、「学校の規律が欠如している」とか「教育の質が問題だ」という学校関連の要因も挙がっていますけれども、「学校外の子供の生活が乱れている」とか、「そもそも学校・教育・勉強に関心がない」という学校外の要因も挙がってきています。
 
□質疑応答
 北矢 この落ちこぼれ防止法というのは、もともと何を契機にできたのですか。何か危機感にもとづいて? 例の、世界教育何々テストの点数が悪かったということなんですかね?
 小野 そうですね。それがいちばん大きいですね。そうしたテストの結果を見れば、やはり、全体として足を引っ張っている子供たちの底上げをしなくてはならないし、彼らがきちんとした学力をつけていかないと、まず労働力として雇用されないということ。将来のキャリアチャンスも少ないということで、義務教育あるいは公教育のところで最低のところは、やらせたい、ということでしょう。
 北矢 アメリカの場合、企業というのは地域に存在していますから、本社が全部ニューヨークにあるわけではないので、だから、地域社会が荒廃すると企業もおかしくなるという構図があるんですね。したがって、地域社会の教育水準というのは、もう地域にある企業にとっては大問題でしょうね。教育水準が上がれば、企業も立地してくれるわけです。
 小野 たしかにそうですね。先程申しあげましたノースカロライナがそうです。
 大島 教育に対する考え方みたいなもので、いまの日本が置かれている状況と、このアメリカの公立学校の状況と、だいぶ違いますね。
 北矢 基本的に豊かな階層の人たちは、私立学校に行くということがありますから、いただいた資料の中に、親の学歴とか収入みたいな形でデータがとれていたら、見方もだいぶ違いますよね。
 小野 おっしゃるとおりです。私学の授業料というのは高いので、そこに行かせられる層というのは、やはり、かなり中の上のクラスです。それから、住んでいる地域によっては、私立学校がないというところもあります。そうすると教員でも、自分の子供や家族のことを考えたときに、そういうところには赴任したくないと。教員も、じつはダブルスタンダードなんです、ある意味では。公教育だから全ての子供に高い学力をつけなければいけない。だから公立学校をよくしなければいけないけれども、やはり、自分の子供は、学力の高い学校に行かせたいということなのです。
 学力差を縮めるために、低学力の子供にもっとお金を使う必要があるかどうか、これが、じつは落ちこぼれ防止法案の趣旨だったわけです。しかし、国民は、お金をかければ差が縮まるかどうかということについては、あまり確信をもっていない。といいいますのも、ひとつは、学力差の原因を学校教育の質と見ている人が少ないということがあります。事実、「同額でいい」と答えた人が52%で、「お金に差をつけたほうがいい」とした人が45%です。低学力の子供にいま以上にお金をかけなくても、学力差を縮めることが可能であると思うかどうか、という質問では、58%の人が、「お金をかけなくても可能ではないか」という答え方をしています。
 「バウチャーの反対者」あるいは「自分の州にバウチャーを導入することには反対」という回答者は、じつは過半数を占めています。
 大島 理由はどこにありますか。
 小野 それは、地域の学校としての公立学校に対する思い入れがまだ強いということと、それから、私的な、あるいは、宗教色の強い私立学校に公的なお金を使うということに対する国民の違和感でしょうか。やはり、いまでも多くの地域で、公立学校は地域の中心なんですね。フットボールの試合があるといったら、地域の人がみんな寄ってきて応援するとかですね、それから何か行事のようなことがあったら、おじいさん、おばあさんまでも出かけてくるような、日本と同じ光景が見られるのです。まあ、私立に行かせるという、そういうチョイスがないということもあると思いますが。







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