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第9章 量刑の重罰化の検討
第1節 量刑と被害者感情
 刑事裁判における量刑のあり方について一言しなければならぬ。刑の量定が緩やか過ぎないか、凶悪犯罪に対しては厳罰を、被害者やその遺族のことにも気配りをした判断を、日本を外国人による犯罪者天国にしてよいのか、甘すぎる刑では犯罪に対する抑止力にもならず、いわんや威嚇にもなりえない、下される甘い刑罰によって犯罪者は日本での犯罪を躊躇しない、発生した犯罪の検挙率を100%に挙げることも大切だが、裁判所が厳しい態度で臨まないようでは、画竜点睛を欠く、などなどの声を、各種の報道や刊行物、その他庶民の声として発せられるものによって、これを知ることができる。
 
第2節 量刑と罪質
 そこでまず司法統計年表(刑事篇)平成14年版によって観察してみよう。
 外国人の通常第一審事件の終局総人員によってみるのが一番わかり易い。外国人のそれは、人員にして全国総数1万713名、死刑1人、無期懲役5人、有期懲役1万334人、有期禁固51人、罰金59人、その他となっている。刑法犯3617名中罪質で多いのは、窃盗1928人、以下多い順に、過失傷害、傷害269人、公文書偽造、同行使164人、詐欺156人、強盗致死傷153人、強盗98人、恐喝71人、住居侵入63人、わいせつ姦淫、重婚63人、支払用カード電磁記録に関する罪56人、殺人37人、盗品等に関する罪35人、等々である。
 特別法犯の総数は人員にして7096名、内訳をみると出入国管理及び難民認定法違反5695人、覚せい剤取締法違反731人、道路交通法違反232人、大麻取締法125人、売春防止法違反29人、あへん法違反24人、麻薬特例法違反19人等々である。強盗致死、殺人、強盗、窃盗、住居侵入、違法薬物事犯が多いのが一目瞭然である。
 
第3節 軽い量刑と国際的視野
 これに対する量刑(無罪が4件あるが)は圧倒的に有期懲役刑が多い。懲役何年かまでは統計上明らかでないので、これが厳しいか甘いかは速断し難い。しかし三審制をとり、丁寧に時間をかけて審理し、被告人の事情までを十分に酌んで判決が云い渡されていることは想像に難くない。量刑はあくまで個々のケースの犯情により定まるが故に、一概にその軽重を論ずることはできない。
 しかし巷の声や、新聞の投書欄、テレビ報道の論調などに依拠する限りでは、手ぬるいとの批判が数多くあるのも事実である。裁判は犯人とされるものの一番良好な状態をみることが多いため、これらに着目して更生を期待し、再犯のおそれなきことを願って量刑を考えるため、どうしても、公共の代表者である検察官の求刑よりも軽くなることは否めない。
 にぎり屋印(求刑どおりの判決をする人をいう)とか八掛け判事とか、常識に沿わない刑だとか、被害者の人権に対する配慮が足りないとかの声がときおり聞かれるように昨今はなっている。情報化社会の良いところでもあり、誤まれる情報に基づくものもあったりで、事案に即した評価の難しいところではある。
 もっとも外国人犯罪の審理にあたっては難しい問題も山積する。デュプロセスの保障に関することである。質の良いレベルの高い通訳者の量的確保、つまりは言葉の障害の超克である。そして日本の訴訟構造になじまない外国人にいかにこれをわかり易く理解させるか。適正な捜査がおこなわれたかのチャックが出来ているか。調書裁判、長い裁判になっていないかの諸点である。これを論ずるのは本稿の目的ではないので割愛する。
 しかし、概していえば、刑が軽すぎる。外国人犯罪者に甘くみられている。これでは日本の治安は保てない。厳罰で臨む外国と比較して余りといえば余りではないかという声は間違いなく存在するし、日本人のからだの安全と心の安心を維持するだけの量刑であるかは問題視されて然るべきであろう。日本人と公平を失する厳罰は謙抑的でなければならないどころか禁圧されるべしとの声に耳を傾けることは必要ではある。
 国益を守り、何よりも国民の国家や司法に対する信頼を確保するには、事案に即し、かつ広く国際的、国内的視野に立っての厳しい姿勢を保持することが肝要といわなければなるまい。われわれは景気よりも大切なものは治安であると云ってきた。日本を支える根幹の価値は教育と司法を重んずるという点にあるという立場よりすれば、現今の外国人犯罪に対する司法のあり方は、思い半ばするところである。賢明な選択を望むや切である。
 
参考文献・資料一覧表
1. 平成14年版犯罪白書
2. 平成15年版警察白書
3. 警察庁刑事局刑事企画課犯罪統計資料第384号、第392号
4. 海上保安レポート 2003
5. 出入国管理平成10年版
6. 全計出入国管理及び難民認定法逐条解説 坂中英徳、斉藤利男著
7. アジアの刑事司法 宇津呂英雄編著
8. 国際、外国人犯罪(シリーズ捜査実務全書)
9. 新版外国人犯罪捜査 捜査実務研究会
10. 来日外国人犯罪中の就労生、留学生に係わる犯罪行為の現状、不法残留者の国籍、在留資格について(警視庁組織犯罪第一課作成)(平成15年6月30日分)
11. 暴力団フロント企業、名古屋弁護士会暴対特別委編56頁以下
12. 世界週報80巻20号、70巻28号、70巻40号1999年8月3日号 江田謙介
13. 大韓民国の住民登録制度、関西大学法学論集 51巻4号
14. 指紋押なつ問題 ジュリスト981号 山崎哲夫
15. 指紋 岡田鎮著
16. 住民基本台帳法改正と国民背番号制の危険 法律時報71巻12号 平松毅
17. 「改正住民台帳法」の概要 ジュリスト1168号72頁
18. 住民基本台帳法の改正とその問題点 ジュリスト1168号84頁
19. 外国人犯罪の急増に政治家は「戦う姿勢」を WEDGE VOL.15 NO.11 雑賀孫市
 
著者略歴
礒邉 衛(弁護士、元名古屋地方裁判所所長)
 
 1932年生まれ。岡山大学法文学部卒。56年司法試験合格。松山地家裁を振り出しに、札幌地家裁室蘭支部長、最高裁調査官、札幌高裁事務局長を経て、84年東京高裁判事。のちに釧路地家裁所長、長野地家裁所長を歴任し、91年名古屋家裁所長、92年名古屋地裁所長に就任。93年11月退官。66年デザイナー殺人事件や72年横溝正寿ちゃん殺人事件、86年ロッキード事件全日空ルートなどを手がけた。







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