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東京財団研究報告書2004-3 安楽死合法化に向けて-オランダの安楽死法をベースに-

 事業名 相互交流による国際ネットワークの形成及び政策課題研究等
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


第2節 裁判例の動向
 上述したように、わが国では安楽死を取り扱った裁判例は僅かであるが、注目すべきものとして、非医師による実父安楽死ケースについての判例である名古屋高裁判決と、医師による安楽死のケースとして唯一のものである東海大事件についての裁判例である横浜地裁判決が挙げられる。
1. 実父安楽死事件
 名古屋高裁昭和37年12月22日判決(高刑集15巻9号674頁)は、具体的事案については違法としたが、一般論としては、積極的安楽死が適法になりうる場合があることを示し、国際的にも注目された。
 脳溢血のために数年来臥床していた父親が全身不随となり、上下肢は曲げたままで少しでも動かすと激痛を訴え、かつ、しばしば「しゃくり」の発作のため息も絶えんばかりに悶え苦しみ、「早く死にたい」「殺してくれ」などと叫んでいたのを耳にして堪えられない気持ちとなっていたその長男が、医師からももはやほどこすすべがない旨を告げられたので、ついに父親の願いを容れ父親を病苦からまぬがれさせることこそ最後の孝養であると考え、有機憐殺虫剤を混入した牛乳を飲ませて父親を死亡させたという事案に対して、同判決は安楽死としてその行為の違法性を否定しうるためには、
(1)病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること、
(2)病者の苦痛が甚だしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものとなること、
(3)もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと、
(4)病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託または承諾のあること、
(5)医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師により得ないとする首肯するに足る特別な事情があること、
(6)その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものになること、
 という諸要件がすべて充たされることが必要であると説き、この事案については上記の(5)(6)の要件が欠けている点において安楽死として違法性を阻却するに足らないとし、嘱託殺人罪に問擬した。
 このように、この判決は当該事案については有罪としたが、以上の六つの要件を充たすかぎり適法になるということを裁判例として初めて正面から認めたものとして、わが国ではもちろん、先進諸国においても注目された。
 しかし、この判決が、患者の同意を絶対的なものとしていない((4)の要件)のは生命軽視の道を開くことにつながるし、逆に、安楽死の方法に倫理性を要求する((6)の要件)のは事実上安楽死を否定することにつながるとの批判が寄せられていた。しかし、同判決の判例的意義は大きく、その後の裁判例は、いずれも上記の六つの要件をあてはめて事案を検討し、結論として犯罪の成立を認めてきた5
2. 東海大事件
 横浜地裁平成7年3月28日判決(判例時報1530号28頁)は安死術を施した者が医師であるケースで初めて刑事裁判の対象になったものであるという意味で重要であるのみならず、安楽死の適法要件について正面から取り組み、前記の名古屋高裁判決と違った角度から、きめ細かい一般論を展開したという点においても注目される。
 同大学医学部の助手で医師である被告人は、多発性骨髄腫(原因不明の不治のがん)で入院中の患者が意識レベル六(疼痛刺激に無反応な状態)となり、いびきのような呼吸となって危篤状態が続いた際、患者の長男から再三にわたり「早く楽にしてやってくれ」と要せされ、その要請の都度、(1)点滴とフォリーカテーテルを抜去し、(2)ホリゾン(鎮痛剤)およびセレネース(抗精神病薬)を通常の二倍量注射し、(3)心停止を引き起こす作用のあるワラソン(塩酸ペラパミル製剤)およびKCL(塩化カリウム製剤)を注射し、死亡させた。検察官は(3)の事実のみをとらえて殺人罪で起訴したが、判決は、(1)は消極的安楽死、(2)は間接的安楽死、(3)は積極的安楽死に当たるとして、それぞれの一般的適法要件を示し、本件の場合は、許容される場合のいずれにも該当しないとして有罪とした。その際、最も問題となる、積極的安楽死の許容要件は
(1)患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること
(2)患者は死が避けられず、その死期が迫っていること
(3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと
(4)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること
であるとした。
 同判決は、現代のわが国における安楽死の一般的合法要件の様態ごとに示した点に特色があるが、とりわけ積極的安楽死につき、上記名古屋高裁の欠点を是正しつつ、現代にマッチした合法要件の樹立をめざした点に今日的意義がある。
 もちろん、地裁レベルの判決である同判決をもって合法要件が確立したとはいえない。同判決自体が、「生命及び死に対する国民一般の認識が変化しつつあり、安楽死に関しても新思潮が生まれるようにもうかがわれるので、確立された不変のものとして安楽死の一般的許容要件を示すのは困難である」と判示しており、その意味では、右の四要件は一つの提言的意味をもつものにとどまる。
 しかし、こうした裁判例が現れていることは、わが国でも安楽死の中に合法視しなければならないものがあることを意味している。冷静な議論ができず、現状維持でしかない状況が続くことは、苦痛に苛まれる患者の福祉という観点からも、医療関係者の精神的苦痛からも大きな問題がある。その意味で、本判決は安楽死についての法律サイドからの議論に大きな寄与をしたものといえよう6
 
 安楽死を合法視するとしても、その理論的根拠には変遷がみられる。
 そもそも、安楽死論の原点は、死にもまさる激痛の除去という点にあった。
 生命現象はその誕生も維持も終焉も神の手に委ねられているもので、人工の介入は許されないものであるという「生命不可侵」を絶対視する宗教的・倫理的生命観を前提とするかぎり、人の手によって生命を短縮させる安楽死は神の摂理に反するものとして正当性を持ち得ない。ただ、通常の殺害行為と異なって安楽死は死にもまさる耐え難い苦痛から救ってやるという「同情」・「憐憫」の情に基づくものである点に、例外的に正当化する契機が求められる。安楽死を「慈悲殺」というとき、それが形容矛盾でありながら、同情・憐憫という宗教的、倫理的に肯定しうる動機によるもので、安楽死を正当視することが可能であることを示すものとして用いられた。
 しかし、そもそも安楽死が必要とされる理由は、不治の病におかされた人の耐え難い苦痛の除去ということから出発したのであるとすれば、その苦痛の除去の措置、具体的には、鎮痛医療の徹底と普遍化によって解決させるべきであり、「苦痛を除去するのではなく、苦痛を負っている者を排除するのは矛盾である7」ということになる。
 しかし、鎮痛医療が進歩したといっても、現実的、具体的可能性として、死にもまさる苦痛にさいなまれているすべての末期患者が鎮痛医療の恩典に浴しているとはいえない。とりわけ、癌の末期患者のように、間歇的な激痛、すなわち激痛→鎮痛剤投与→一時小康→再び激痛→鎮痛剤投与ということを繰返してやがて死んでいくという場合、現代の鎮痛医術は、その時々の激痛を除去しえても、繰返し襲ってくる「全体としての苦痛」をあらかじめ除去することはできない。医師はその時々の患者の苦痛さえ除去されるならば、その残りの生命がいなかる質のものであっても、それを能うかぎり保持することがむしろ要求され、その結果、患者は小康状態の間も不可避的に襲ってくる激痛に怖れおののかなければならない。患者はなぜこのような苦痛のフルコースを経た後でなければ死んではいけないのか、国家はなぜ最後の段階まで生き続けろと命令することが許されるのか。
 かくして、鎮痛医学の発達は安楽死を不必要とする理由になりえない。そうすると、安楽死の存在根拠は苦痛の除去以外に求めなければならなくなるが、その目的いかんによっては、安楽死は社会的弱者を排除する悪魔の理論となり、ジェノサイド(大量虐殺)へのなだれ込み現象を生みかねない。
 今や、安楽死論は、死生観の転換をはかるとともに、鎮痛医療論から脱却する必要がある。そこで、「どんな場合にも生存を続けることが幸福であるとか、それを続けさせることが人道的であるとかを決めてしまうことは一種の信仰であって、近代的な合理主義精神に合致するものではない。一定の事態のもとにおいては、生命の短縮を行うことが、かえって科学的合理主義にかなうものである8」、「激烈な死の苦痛のみが継続する場合に『苦しみのみを背負った生命』と『死のやすらぎ』とを比較較量し、後者に『優越利益』ないしはこれに準ずる利益ありと判断されることを前提とした緊急避難論に適法の根拠を求めるべき9」等の議論を経て、「自己決定権」の観点から適法化説が唱えられるに至っている。すなわち生命の意義は「長さ」にあるのではなく、「質」(Quality of Life)にあるのだとの認識に立ち、その「質」も他人が客観的に利益衡量して決定すべきものでなく、本人の「自己決定」(Self-Determination)にその本質が据えられるべきであるとの考え方への転換がはかられるべきなのであり、そこに安楽死の積極的な今日的意義が見出せるのである。自己決定権が重要であるということは、それによって良き選択が保障されるからではなく、第三者の目からは馬鹿げていても、本人自身の自分流のやり方で選択することが保障されるからである。
 それならば、刑法202条の嘱託殺人の可罰性の根拠は何かが問題となる。それは、自律的生存の可能性を本人の利益のために保護するという、国家によって加えられるパターナリスティックな干渉である。しかし、将来における自律的生存の可能性がなく、死の意思の真実性が担保される場合は、生命に関する自己決定権に加えられていたパターナリスティックな制約は、逆に本人の最後の自己決定権の行使のために排除されて、生きるか死ぬかの自己決定の自由が保障されることになり、ここに同条の違法性が阻却される根拠がある10
 今日における安楽死は、わが国においても「自己決定権」を安楽死正当化の根本思想とするこのような考え方への転換がはかられなければならないが、自我の確立と個人の尊厳の精神が乏しいわが国でも徐々に、このような死生観への変化がみられるように思われる。
 
 このように、日本人の死生観にも変化が生じてきており、時代の流れは、必然的に安楽死を許容する方向に向かわざるを得ないと思われる。今後、次のような各点を検討すべきである。
1. 安楽死を許容するかどうかについては、末期医療の実態を知ることが前提となる。そこで、厚生労働省・法務省が中心となり、国家的レベルで、末期医療の実態を調査することが必要である。その際、消極的・間接的安楽死はもちろん、積極的安楽死も含めた安楽死全般についても正確に調査する必要がある。そのためには、実態調査の対象となった安楽死は刑事責任追及の対象から除外することを保障することが求められよう。刑事責任を負担させられる可能性がある以上、真実を浮き彫りにすることは期待できないからである。そして、調査結果はプライバシーにわたる事項を除いて、すべて公表すべきである。この調査のやり方については、1990年に実施されたオランダ政府による国家レベルの末期医療実態調査を参考にすべきであろう。
2. 前述したように、インフォームド・コンセント(IC)法理によれば、医師が独断で患者の治療方法を決定することは許されないのであるが、日本では、なお、IC法理の導入それ自体に反対する医師が少なくなく、ICは判例法理にとどまっていて、医療実務において一般化していない。安楽死合法根拠を患者の自己決定権に求めるのであれば、その前提として、医師は患者に対し、病名、病状、治療方法、治療の効果、回復の可能性、死期等に関する正確な情報をすべて告知しなければならない。患者はその情報を知悉したうえでこそ、合法的な安楽死の意思決定が可能になるのである。医師は、医療は医師の独尊という考えから脱却しなければならないし、患者は自分の身体の医療につき、医師への全面的依存から医師との共働作業との認識に変革しなければならない。
3. 合法的安楽死を実践するうえで、安死術を施す医師と患者との間が強い信頼感で結ばれていることが不可欠である。現在のわが国の医療システムでは、(2)で指摘したように、患者に十分な情報提供を行ってこなかった過去の経緯からして、社会一般に医療関係者に対する不信感が根強く存在すること、現代医療が、人類が過去に経験したことのない領域に進みつつあること自体に対する懸念があること、仙台・北陸クリニックの準看護士による筋弛緩罪点滴事件や、慈恵医大青戸病院の研修医による腹腔鏡手術事件等私怨や研究業績第一主義の、医の倫理をはずれた医療行為が頻発していること等、医療関係者に対する信頼が下落している。オランダにおけるホーム・ドクターシステムのような医師と患者との信頼関係が自然に醸成されるような社会的システム作りが必要となろう。
4. 以上のような基礎的な変革を遂げたうえで、医学界、法学界、倫理・宗教界が協力して、実現可能な安楽死の合法要件を樹立し、これを立法化すべきである。いやしくも、嘱託殺人や自殺幇助にあたる行為を合法化するにつき、一部の学者の私的見解や、下級審の判例のみによって決すべきでない。明確な安楽死合法要件を立法によって明定すべきである。その際、オランダにおける立法やこれまでの経過を参考にしつつも、わが国の土壌にマッチした要件作りをすべきであろう。
 
著者略歴
土本武司(帝京大学法学部教授、筑波大学名誉教授、元最高検察庁検事)
 1935年生まれ。中央大学法学部卒。56年司法試験合格。60年検事任官、東京地検検事、東京高検検事、法務省法務総合研究所研修第三部長、最高検検事を経て、88年筑波大学教授。93年社会学類長、95年留学生センター長。98年より帝京大学教授。専門は刑法、刑事訴訟法。
 

5 鹿児島池判昭和50.10.1、判例時報808号112頁(同意殺人=病妻殺し)。神戸地判昭和50.10.29、判例時報808号113頁(殺人―病母殺し)。大阪地判昭和52.11.30、判例時報879号158頁(同意殺人―病妻殺し)、高知地判平成2.9.17、判例時報1363号160頁(嘱託殺人―病妻殺し)
 
6 医師による安楽死の疑いのあるケースとしては、「東海大事件」のほかに、1998年11月2日、川崎協同病院で、医師が気管支喘息の患者に装着していた気管内チューブを抜管したうえ、鎮静剤・筋弛緩剤を投与して死亡させた事件があり、3年半後の2002年4月にこれが発覚し、同年12月4日同医師が逮捕され、同月26日殺人罪で起訴された。公判の推移が注目される。
 
7 椿春雄「安楽死」(現代刑法講座第2巻260頁)
 
8 植松正「安死術の許容限界をめぐって」(ジュリスト269号45頁)
 
9 内田文昭・刑法1204頁
 
10 この点について、福田雅章「安楽死をめぐる二つの論点―安楽死はタブーか」(自由と正義34巻7号48頁)は、示唆に富む議論がなされている。







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