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東京財団研究報告書2004-2 日本人の安全保障に関する新構想

 事業名 相互交流による国際ネットワークの形成及び政策課題研究等
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


[5.0 脅かされる日本人の安全]
 前章までの議論をまとめてみると、PMCの発展の背景には「冷戦秩序の崩壊による国際安全保障環境の変化」という時代の流れがあった。冷戦が終結し米ソ(ロ)が世界から引いたためにアフリカ大陸を中心に紛争が続発し、ボーダーレス化と経済のグローバル化が進んだことにより、人、モノ、情報の国境を越えた行き来が活発になり、犯罪やテロのグローバル化も進んだ。世界中で小規模紛争が増加し、治安が悪化したにもかかわらず、冷戦終結による「平和の配当」によって、アメリカをはじめとする先進国は軍縮を行い、規模が縮小された正規の軍隊は、アフリカの内戦や小国への軍事援助にまで手が回らなくなった。そこでその「安全保障上の空白」を埋めるためにPMCが台頭したのである。
 安全保障上の空白にもいくつかカテゴリーがあって、企業や個人が求める安全保障のアドバイス、政治リスク、テロ・リスクに関する情報収集や分析、それに危機管理コンサルティングといった分野には、従来の警備保障会社に近い「安全保障企業」がその需要に応えた。小国が求める軍事アドバイスや軍事訓練や戦略計画アドバイス、それに危険地域で活動する企業や政府機関に対する安全保障アドバイスには、「軍事コンサルティング企業」があたり、より中核業務へと集中したい米軍のアウトソーシング先としては「軍事サポート企業」がうってつけだった。また自国の力で反対勢力を抑えることの出来ない半破綻国家は、直接的に戦闘サポートをしてくれる「軍事戦闘企業」の助けを求めたのである。
 このようにPMCが90年代に入ってから力を伸ばしたのは、時代の要請だったと見ることも出来る。しかし一方で、PMCの活動エリアはいまだに法的整備がされておらず、国際法的に問題が起きるケースも出ているため、一部ではこうした動きを禁止すべきだとの感情的な反発も出ている。しかし大勢はPMCを禁止するのではなく、法規制を整備して一定のコントロール下におきながらも、利用・活用するという流れにある。今後国連の平和維持活動におけるPMCの役割なども、本格的に議論されていくものと思われる。
 さて本章では、こうした文脈の中に我が国の事情をあてはめて、日本人が21世紀の新しい安全保障環境の中で、民間の力を活用しながら安全保障を向上させる道を考えてみたい。
 
5.1 確実に悪化する日本の治安
 冷戦秩序の崩壊による安全保障環境の激変という事態は、日本の国外だけで起きているものではない。もちろん日本も大きな影響を受けている。現在日本が北朝鮮の核やミサイルの脅威にさらされているのも、大きく見れば米ソの対立がソ連の破綻という形で終わり、旧共産主義陣営に加わっていた国々が次々と自由主義陣営へと寝返る中で、国際社会から孤立した北朝鮮が最後の生き残りをかけて核のカードを使った博打に出ていると見ることも出来る。
 冷戦後のボーダーレス化の波の中で、日本社会に顕著に表れた変化は、治安の悪化であろう。外国人の責任にだけ帰することは出来ないものの、彼らの流入と共に日本の治安が悪化したのは今や誰の目にも明らかだろう。財団法人社会安全研究財団の調査によれば、「日本が1年前と比べて治安が悪くなったと感じた人は、平成14年には61.1%。「自分が犯罪被害に遭いそうな不安を感じる人は、都市部において高く、東京都区部では55.1%が不安を感じているという。かつて「水と安全はただ」などと言われた日本の安全神話は急速に崩れつつあるかのように見える。ひったくり、路上強盗などの少年犯罪の増加、中国人を中心とする外国人犯罪グループによる空き巣ねらい、ピッキングなどの窃盗、詐欺や強盗などの犯罪も増えている。経済的に豊かで、人々の防犯意識は低く、しかも刑の軽い日本は、外国の犯罪者から見れば最高の市場であり、「泥棒で金を稼ごう」と一攫千金を夢見て日本に来る外国人は後を絶たない。平成15年度版の「警察白書」は、「犯罪を犯しても取締りや量刑が軽い、日本人の防犯意識が低い、防犯設備が整っていない」という外国人犯罪者のコメントを掲載している。
 また麻薬などの薬物にかかわる犯罪の増加も外国とのかかわりに起因している。現在は敗戦直後の荒廃した社会にヒロポンが大流行した第一次覚せい剤乱用期(昭和32年頃)、暴力団が新たな資金源として覚せい剤の密輸・密売に力を入れ、青少年の乱用と中毒者の凶悪犯罪が社会問題化した第二次乱用期(昭和59年頃)に続く、第三次の覚せい剤乱用期に突入したと言われている。その特徴としては、中高生を始めとする少年の乱用が目立ち、覚せい剤乱用のすそ野の拡大が指摘されていることと、日本の暴力団に加えて新たにイラン人の薬物密売組織が街頭で無差別に密売を行うなど、覚せい剤を容易に入手できるようになったことがあげられている。それと、国家ぐるみで覚せい剤の生産に取り組む北朝鮮を仕出地とする覚せい剤の密輸が止まらないことも重要な背景の一つである。国際的に孤立し追い込まれている北朝鮮は、ケシの栽培に力を入れ、国家ぐるみで覚せい剤、ヘロインの生産を行っていると言われ、今やそうした薬物の密輸で得る稼ぎが、北朝鮮の外貨稼ぎ高の30%以上にも相当するとの情報もある。もっとも日本側に北朝鮮と協力する暴力団組織があり、日本の暴力団が覚せい剤の精製に関する技術指導をしたとも言われているので、北だけに責任を押し付けることも出来ないのだが・・・82
 ちなみに密輸の手口は巧妙になっており、最近では洋上取引やコンテナ貨物を利用した密輸入が顕著となっている。洋上取引は「瀬取り」とも言われ、運搬船と引取船が、GPS(全地球測位システム)等を用い、洋上で接触して薬物を受け取り、あるいは運搬船が薬物を海上に投下しておいたものを引取船が回収し、警戒の薄い地方港に陸揚げを行うなど取り締りがきわめて困難になってきている83。ある日本の組織犯罪に詳しい人物によると、北朝鮮産の麻薬は最近では中国や韓国の漁船で密輸されることも多く、魚の腹の中に薬物を仕込んでくるという巧妙な手口を使ってくるという。警戒の薄い沖縄までこうした漁船で運び、そこで荷を別の漁船に積み替えて日本海側の港に運んでしまえば、後はクール宅急便で郵送しても見つかることはない、という。こうして国内で流通される麻薬は、最近では「ダイエットに効く」として主婦の間でも広がりを見せており、中高生の乱用と合わせて日本社会を内部から蝕む要因となりかねない。
 
5.2 危険と隣り合わせの在外邦人
 国内だけでなく海外で生活する日本人もさまざまな危険と隣り合わせで生活をしている。これは必ずしも冷戦崩壊後に始まったわけではないが、政情が不安定な国や治安の悪い国で働く日本企業の駐在員たちは、言語も食生活や文化も違う中で、「安全」に関しては丸裸状態で過ごしている例も数多く存在する。冷戦崩壊後には多くの日本企業が旧東欧圏に進出しビジネスを始めたが、不安定な地域に情報武装なしに入っていったために、現地で組んだ相手が実はロシア・マフィアで、駐在員の家族全員が脅迫されて苦労したなどという話は一流の商社を含めて数多くの日本企業が経験している。
 また昨年11月24日には、自動車部品大手「矢崎総業」コロンビア現地法人副社長の村松治夫さんが、極左ゲリラ組織「コロンビア革命軍(FARC)」によって誘拐、殺害された事件は記憶に新しい。村松さんは2年9ヶ月間もFARCに人質として監禁され、矢崎総業はFARCと人質解放のための交渉を続けていた。コロンビアでは87年に、発電所建設工事を請け負っていた日本の準大手ゼネコンがFARCから襲撃を受け、「解決金」として数千万円を支払った例もあり日本人の被害が続いている84
 経済的に裕福な日本人ビジネスマンはいまだに「誘拐ビジネス」に従事する業者から見れば格好のターゲットであり、こうした事例は単なる例外ではない。外務省の調べによれば、海外で日本人が強盗や殺人などの犯罪に巻き込まれる事件は90年以降、年間5,000〜6,000件発生している。約15〜30人の死者を含め、被害者は年10,000人を超えており、そのうち誘拐はこれまでに約20件発生している85。また「戦闘や暴動」が原因で国外退避という事態に日本人が遭遇した例も2002年だけで3件に上っている。詳しく見ると同年6月にはインド・パキスタン両国間の軍事的緊張が高まったことから、在インドの在留邦人の退避が勧告されたが、商用便の座席確保が困難な状況であったため、政府チャーター機により邦人50名が日本へ退避した。9月にはコートジボワールにて発生したクーデターにより、反乱軍が占拠した地区に居住する在留邦人が退避する必要が発生し、日本政府はフランスの支援を得て在留邦人を首都アビジャンまで移送している。さらに10月には中央アフリカ・首都バンギにて反政府勢力と政府軍との間で交戦状態となり、邦人に対して陸路・空路における退避勧告が出ている。
 このように世界各国で活動する日本人たちは、強盗、殺人、誘拐、暴動やクーデターなどの危険と隣り合わせで暮らしていると言っても過言ではない。
 
5.3 国際テロの脅威にさらされる日本
 さらに最近では国際テロの脅威も日本人の安全を脅かしている。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロは、3,000人を超える犠牲者を出したが、その中には多数の日本人も含まれていた。この後アメリカはテロの首謀者と目されるオサマ・ビン・ラディンが潜伏していたアフガニスタンを武力で攻撃したが、ビン・ラディン率いるテロ組織アル・カイダは世界中に分散し、その後も2002年4月にはチュニジアにおけるユダヤ教礼拝所(シナゴーグ)を爆破し、6月にはパキスタンにおいて米国総領事館を爆破し、10月にはイエメン沖でフランスのタンカーを爆破したと言われている。また同年6月にはインドネシアで逮捕されたアル・カイダの東南アジア地区の責任者とされるオマール・アルファルクが、同時多発テロ事件から1年後に当たる9月11日前後に、東南アジア各地の米国在外公館をトラック爆弾で狙うという同時多発テロ計画を実行段階であったことを供述していた。さらに同年2月にはパキスタン・イスラマバード首都圏にあるキリスト教会で爆発事件が発生し、日本人1名を含む相当数の外国人に負傷者が出、同年10月にはインドネシアのバリ島でイスラム過激派ジェマア・イスラミアの犯行と見られる爆弾テロ事件が発生し、日本人2人を含む200人以上が死亡、300人以上が負傷した。2003年5月にはサウジアラビアのリヤドで外国人居住区3ヵ所に大量の爆発物を積んだ車両が突入する自爆テロが発生し、邦人を含む194人が負傷した86
 このように今や世界中の日本の権益や在外邦人がテロの被害に遭っており、アル・カイダやジェマア・イスラミアなど組織化されたテロリスト集団による大規模な無差別テロの脅威が、我が国と地理的に近い東南アジアにまで及んでいることが明白となった。しかも日本はアメリカとの強力な同盟に基づいて対テロ戦争に臨んでいることから、反米テロリストから見れば「敵」陣営に加わっていることを我々はもっと意識すべきだろう。アメリカが世界中でアル・カイダやそれと同調する国際テロリストのターゲットにされているということは、具体的には世界中で事業を展開しているアメリカの企業や海外に出ている旅行者が狙われているということ。そしてその強固な同盟国である日本の企業や観光客も同様にターゲットにされているということを意味している。
 英コントロール・リスクス社が世界各国のリスクを格付けして毎年発行している「リスクマップ」の2004年度版は、「アメリカの外交政策が世界のリスクを押し上げる単独ではもっとも重要な要因となる」として、世界が抱える最大のリスクはアメリカの存在だと述べている。冷戦後の二人の米大統領であるジョージ・ブッシュ父とビル・クリントンは、アメリカのビジネス界が世界中で活動する際に有益な条件を作ることに一生懸命取り組んでいたが、ブッシュ現政権は経済問題より国家安全保障問題を中心に据えており、しかもその安全保障に関するアプローチの仕方が伝統的なバランス・オブ・パワーではなく、アメリカ流自由民主主義や自由市場経済を押しつける強烈なイデオロギーにもとづいた介入主義をとっているため、多くの国や民族から反発を招くのだという。また多くのアメリカのビジネスマンたちは、ブッシュ政権の単独行動主義が安全保障上の矛盾を生み出していると見ている。つまりアメリカがその絶大なる力を「世界の安定のため」に「テロリストを倒して世界のリスクを取り除こう」と単独行動主義に使えば使うほど、現実にはその目的とはまったく反対の効果を生んでしまっているというのだ。コントロール・リスクス社はこのように、「ブッシュ政権の外交政策が世界中のアメリカ企業にとっての新しいリスクを生み出し、現存するリスクも悪化させるという結果を招いている」と指摘している87
 この文脈からすれば、小泉政権が日米同盟の重要性を強調し、自衛隊のイラク派遣を含めてアメリカの対テロ戦争に協力すればするほど、国際テロリストから世界中の日本企業や日本人に対する脅威も高まるのだということを我々はもっと認識するべきである。これは小泉政権の対米姿勢がいけないといっているわけではなく(現に筆者は自衛隊のイラク派遣にも賛成)、自国が採っている外交政策の結果、我々自身のリスクも高まっているのだということをもっと理解すべきだということである。現に昨年11月にはロンドンで発行されているアラビア語週刊誌「アルマジャッラ」に、アル・カイダの指導者アブムハマド・アルアブラージと名乗る人物から、「日本が経済力を破壊され、アラーの軍に踏み潰されたいならば、イラクに自衛隊を送るがよい。我々の攻撃は東京の中心に及ぶだろう」という不気味な警告文が送られていた。このように日本は今や国際テロ組織の直接的な脅威のもとに置かれているのである。政府レベルだけでなく、一企業レベルでもテロへの対策を講じなければならない時代に入っている。
 
5.4 まとめ
 冷戦秩序崩壊による新しい安全保障環境の出現は、日本人の生活、とりわけ「安全」に大きな影響を与えている。外国人犯罪の増加や麻薬の横行により、日本人の安全は確実に損なわれつつあり、国際犯罪や政情不安の続く世界の国々で活動する日本企業の駐在員たちは、強盗、誘拐や暴動などに巻き込まれる危険と隣りあわせで過ごしている。また日本政府が日米同盟を強化して対テロ戦争を遂行していることから、日本人に対する国際テロの脅威も増大しており、政府レベルにとどまらず、民間企業においても、テロに対する対策を講じなければならない時代に突入しているのである。
 

82 安明進、「北朝鮮の『国家事業』ケシ栽培の証拠写真」(正論、2004年2月号)
83 警察庁編、平成15年度版「警察白書」(ぎようせい、2003年)
84「毎日新聞」2003年12月30日付
85 「読売新聞」2003年11月25日付
86 防衛庁編、平成15年度版「日本の防衛」(ぎょうせい、2003年)
87 Control Risks Group, RiskMap 2004, pp. 1-5







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