[4.0 PMCの問題点と将来の可能性]
4.1 PMCが抱える問題とは?
このように冷戦終結後の90年代半ば頃から、こうしたPMCの姿が世界各地の紛争地で見られるようになり、メディアなどの関心を引くようになっていった。そして彼らの活動実態が明らかになるにつれて、さまざまな問題点も指摘されるようになった。もっとも多く指摘されているのは、本来国家が独占しているところの「暴力の行使」という行為を、民間企業が行うことの正統性についてである。そもそも「暴力の独占」は国家の存立には不可欠の要素であり、「国家による軍事力の独占」が崩れることによってやがて権力が分散し、国家の崩壊を招く恐れがあるのではないかとの懸念の声だ。これと関連して私的な利益を追求するビジネス集団にそうした暴力機構の一部を委ねていいのか、との感情的な反発も見られ、PMCの取締りを強化、もしくは活動を禁止すべきといった意見も出るようになった57。
現在国際法でもほとんどの国の国内法でも、PMCの活動を取締まる法規制が未整備である。これはPMCの活動に不透明なところがあり、政府や国際機関などが監督することが困難であるという事情とも合わせて、「何か問題が起きたときに責任の追及ができない」という点で懸念材料となっている。例えばアメリカのPMCが国内ではアメリカの法に従っていても、実際に仕事を行う外国、しかもたいていは政府の法支配や体制が行き届いていない国や紛争地で活動をするため、その企業は誰からも監視を受けることがなく活動を行うことになる。極端な話、PMCが違法行為を行っても誰もチェックできないのである。
また国家がPMCに依存することで、政策がきちんと履行されるかどうかを国家が管理できなくなるという点も指摘されている。民間企業が契約を履行できない、もしくは完全には出来ないというリスクは必ず存在するからである58。PMCが戦争の最中に立場を逆転させるようなことが起きたり、単純に仕事を放棄してしまうことだって可能性としてはあり得るからである。
それから民営化が本来のコスト・ダウンという目的に反し、逆に経費がかかりすぎているという批判もある。経済合理性はアウトソーシング理論のメリットの一つだが、PMCに委託することで、実際にどの程度経費が削減されているのか、説得力のある数字は少なく、逆に経費が余計にかかっているのではないかとの意見も多くある。とりわけPMCが政府や軍との関係が緊密なため、政官財癒着による利益誘導をしているだけだとする見方も根強くある。
4.2 法規制の欠如
こうした問題点をもう少し具体的に見てみると、まず法規制に関しては、前述したように「傭兵」の定義が現在のPMCには当てはまらないことから、国際法でPMCの活動を規制するものは何もなく、国内法に関しては国によってさまざまである。比較的厳しい規制を敷いている国が南アフリカである。南アは有名なエグゼクティブ・アウトカムズ社(EO)を生み出した「反省」から、いち早く法制度の整備に乗り出した。同国は1998年7月に、「外国軍事援助規制法」を制定し、これまでの伝統的な「傭兵」の定義を使わず、「傭兵活動」をより広く「私的な利益のために戦闘員として戦闘に直接参加すること」と定めている。そして戦闘員のリクルート活動や訓練そして資金援助もすべて「傭兵活動」に含まれるとして禁止されることになり、それは南アフリカ国内にとどまらず国外で活動する南アフリカ人にも適用されることになった。
これは今までの規制から比べるとずいぶんと強化された感があるが、その実効性となると首を傾げたくなってしまう。というのも現在イラクで多くの元EOのメンバーたちがこの法律で定められた「傭兵活動」を元気に行っているからである。本稿の冒頭で紹介したエリニーズ社に加え、現在イラクにはメテオリック・タクティカル・ソリューションズ社という南ア籍の企業が、警備サービスやイラク人警察官の訓練業務を請け負っているが、両社ともに南ア政府の通常兵器規制委員会から正式な認可を受けることなしに、イラクでは特に問題なく業務を遂行しているからである59。
アメリカには他国と比べても厳しい規制が存在する。兵器や軍事サービスの輸出は武器輸出規制法や輸出管理法でコントロールされており、アメリカのPMCは外国政府と契約を結ぶ際に必ず国務省や国防総省の認可を得る仕組みになっている。この許認可システムが不透明だという意見もあるが、ほとんどのアメリカのPMCは米政府の認めない仕事は受けない方針をとっており、アメリカの公の外交・軍事政策と民間の活動が矛盾しないように政府がコントロールしているのが現状である。しかしPMCの活動の細部まで政府がコントロールしているわけではないから、問題が起きる可能性は排除できない。
例えばボスニア紛争の時の平和維持活動に米ダイン・コープ社が参加していたのだが、そこで同社は国連兵士向けの売春ビジネスにかかわっていたことが発覚し、スキャンダルとしてメディアで取り上げられたことがある。この事件発覚後この社員は帰国させられ辞めさせられたが、ボスニアにおいてもアメリカ国内でもこの人物は特に法的な御咎めを受けることはなかった。ただ欧米においては、PMCの多くはメディアによって厳しくコントロールされていると言えるかも知れない。このダイン・コープのスキャンダルなども一度メディアに報じられると、次からダイン・コープ社の名前が出るときには必ずといってよいほど「ボスニアで違法売春にかかわった」という枕言葉がつけられるようになったからである。
法規制には複数のステップが必要で、企業の質を定めるための登録制度や具体的なプロジェクト毎の認可制度を設置して活動の透明性を図り、さらには活動現場における第三者機関による監督制度なども必要であろう。それから国軍の場合は所属する軍人が国外でトラブルを犯した場合、当然その国家が責任をとることになっているが、民営化された企業の従業員が暴力行為や犯罪などに手を染めた場合、国家はその責任を問われることはなく、責任は通常その個人に行き着いてしまう。そのあたりの責任の所在も明確にさせる法的枠組は必要であろう60。
4.3 戦争の民営化は効率的か?
民間企業が果たして政府の期待通りに契約を履行できるのか。もし戦争の途中で契約不履行で契約者が仕事から手を引いてしまったら軍の戦争遂行に大きな支障が出るのではないか。戦争の民営化に関してかねてから指摘されていた懸念であり、今回のイラク戦争ではそうした懸念の一端が現実のものとなった。
フセイン政権を崩壊させた後にイラクに落ち着いた米軍は、最初の数ヶ月、窓もエアコンもない原始的なキャンプでの生活を余儀なくされた。郵便物の配送も数週間は送れたという。原因は基地の運営を任されていたKBR社社員の保険レートが、戦争によって300〜400%も通常より上がってしまい、その処理が完了しなかったために同社が仕事を開始できなかったことにある61。PMCは軍の「命令」で動くのではなく、契約に基づいて動くのだから、当然このようにビジネス上の条件が整わなければ動けないというリスクは存在する。民営化のマイナス面である。
それでは経済的な効率はどうか。これはPMCにとって「売り」の一つでもある。ところが最近のイラク戦争では同じくKBR社が米陸軍に納入したガソリン輸入代金で、米政府に対して水増し請求を行っていたことが発覚して問題になった。そんなこともあって外部への委託は、経費削減どころか支出の増大につながっているのではないか、と一部で批判されている。
一方で、EOのアンゴラやシエラレオネでの働きは、通常の多国籍軍の平和維持活動と比較して格段に経済的だったという意見も多い。アメリカにおけるPMCの業界団体「国際平和活動協会(IPOA)」のダグ・ブルークス会長は、95年にEOがシエラレオネ政府を助けて反政府ゲリラRUFを敗退させた軍事作戦の経費を試算し、EOは150人から300人のスタッフを使い、全費用は3,600万ドル。月あたり120万ドルの計算だという。これでEOは最初首都フリータウンを安定させ、RUFの資金源であるダイアモンド鉱山を奪い取った。EOは当初ここまでにいたるのに3ヶ月はかかるだろうとの計画を立てていたが、実際には3日間でその目標を達成してしまった。この後EOはRUFをリベリアまで追い返し、選挙ができる環境を整えた。ところがEOが去って90日もしないうちにゲリラが軍事クーデターを引き起こす。この時は国連の平和維持部隊がEOと同じ任務についたが、それは8,000名の軍人で費用は5億ドル。月当たり9,000万ドルの計算になるのだという62。
この数字を比べただけでも活動に要する費用の差は歴然だが、契約してから行動開始までに要する時間も、PMCは多国籍軍よりはるかに早い。EOは当時常任のスタッフは30名程度と言われていたが、ひとたび声がかかれば15日以内に650名の完全な一大隊を派遣できると言われていた。軍事能力を持つプロの軍人を必要なときだけ雇うことができるのだから、月給や住宅補助、年金などの莫大な負担はいらず、しかも個人的な装備、特に航空機やヘリコプターなどはリースすればよいので、倉庫代や保険、さまざまな維持費も浮くのが原則だ63。
しかしそれでもシエラレオネの場合、EOは支払いの一部を将来の鉱山利権で受け取るという複雑なディールをしていたため、長期的に見てみるとそれが安上がりなのか高くつくのかを正確に比較するのは困難であり、こうした契約のあり方も含めて、PMCを使った方が本当にコストが低くて済むのかは定かではない。
4.4 PMCはコントロール下で活用
こうした諸問題に対して当のPMC側はどう考えているのか。まず法規制に関してであるが、実はたいていのPMCはしっかりした法制度が整えられることを待ち望んでいる。アメリカにおけるPMCの業界団体「国際平和活動協会(IPOA)」のダグ・ブルークス会長は、PMCを従来の傭兵と区別するためにも早くしっかりした法規制をして欲しいと訴える。「ならず者傭兵はいかなる雇用主の下でも働く意志のある軍事的技能を有した個人であり、必要とされる仕事は何でもこなし、個人の正体も責任もできる限り最小限にしようとする人たちだ。ロシア人、ウクライナ人、セルビア人や南アフリカ人のそのような傭兵がアフリカあたりでは多く見られる。が、我々PMCはこうした傭兵とは違う。正式に登記されている企業であり、企業は当然一般の評判を気にかけ、依頼者や籍を置く政府から正統な企業であると認められたいという動機を有しており、正統な企業であるという評判だけがさらなる契約を生むものなのだ」という。
ブルークス氏はこうした民間企業と傭兵の区別をつけずに、軍事サービスを提供する企業の活動を禁止にしようという傾向のある国連などを批判し、PMCを攻撃するかわりに、「国際社会はこうした企業の活動を規制する道を探り、しっかりとした規制の枠組の中でこうした企業のサービスを有用に用いる道を取るべきである」と主張する。「PMCが国連との契約を得るためには一定の規制やガイドラインの枠組の中で活動をしなければならないと要求されるのであれば、彼らは喜んでそれに従うのだ。規制ができれば企業はより国際的な法や価値観に反するような行動をとらなくなり、国際社会の意思に反することなく活動を営むことができるのである64」と主張している。
またイギリスの大手PMCサンドライン社は、自社のウェブサイトで国際的な法規制に関する議論を展開し、いくつかの提案もしている。それによると必要な法制度として、PMCは国連のような機関に登録することが義務付けられ、その際審査機関が個々のPMCを審査して必要ならば活動許可を与えるようなシステムを導入すべきだと提案している。そしてPMCが契約を受ける際には、国連のような管轄当局に許可を申請し、その際にプロジェクトの詳細や計画案を提出する。ただしこの際プロジェクトの存在や計画案が絶対に外部に漏れないような秘密厳守システムを確立する必要があり、審査の手続きも迅速に行われなければならないという条件付きだが。さらにPMCの活動が行われる現場での監督体制を作るため、管轄当局からいわば「レフェリー」として必ず監督官がPMCに同行し、契約や法律の違反がないか、不必要に紛争が長期化されていないかチェックすればいい、というものである65。実際このようなしっかりとした国際的な監視システムを作ってもらい、その枠組内で国際的に認知されて堂々とビジネスをやりたいというのが大方のPMCの考え方である。
ダイン・コープのボスニアでの例をあげて、PMCは倫理的に正規軍より劣っているとする見方もあるがこれは正確ではないだろう。PMCに詳しい軍事アナリストのディヴィッド・アイゼンバーグ氏によれば、ボスニアでの売春行為は国連軍自体が行っていたものであり、一企業の責任ではない。国連軍の兵士自体がそうした違法行為にかかわっている例は数々報告されており、民間のPMCが正規の軍隊よりモラルが低いという根拠はまったくないのだという66。筆者自身もマケドニアの内戦取材時に、国連平和維持軍の兵士の中にタバコや麻薬の密貿易に加わっているものがいるという話を聞いたことがあるのでこのアイゼンバーグ氏の話は説得力がある。責任の所在が不明確になるという点でも、現実問題としては正規軍の場合も同様であろう。ボスニアで売春にかかわっていた正規軍の兵士は誰一人として何の責任も問われていないのだから。
さらにPMCの問題点として指摘されているコストや効率の問題であるが、これも一概にPMCを使ったから経費が余計にかかるという結論を出すことは困難であろう。確かにKBRが提供するサポートサービスは、軍隊が自力で行うこともでき、その方がコスト的に見れば安上がりである。しかし、KBRのサービスは質自体のレベルが全く違うため、コスト的には高くてもそれだけサービスの質も高いので、軍内部で独自に行うときのコストと比較してみてもあまり意味がない。一般的に米陸軍はKBRのサービスに満足しており、それを求めているという点からも、こうしたアウトソーシングは正統性があると言わざるを得ない。契約不履行に関する懸念もあるが、不履行によって損害をもっとも受けるのはPMC自身であり、利益をあげ企業の存続をはかろうとするビジネスの論理からも、「民間の契約者は契約を不履行にする可能性があるから危険だ」と結論づけることはできないであろう。確かに今回のイラク戦争では前述した理由で輸送や建設などの後方業務が遅れたという事実はあり、この点は改善されなくてはならないが、KBRの社員の中にも死者を伴う大きな被害が出ている中でさえ、彼らが契約をそっちのけにして撤退したという事実はないのである。
最後に「国家による軍事力の独占が崩れる」という点だが、先進国の場合は、アメリカで顕著なように米軍にとっての中核でない分野だけを民間に委託しているだけで、暴力の独占が崩れているわけではない。しかもPMCの活動は政府のコントロール下に置かれている。アフリカの場合はすでに独占が崩れたところにPMCが入っているだけで、PMCのせいで暴力の独占が崩れるわけではない、というのが現状であろう。
このような点を総合して考慮してみると、特定の事件やスキャンダルを例にとり、PMC自体の存在を否定するよりは、規制を作り一定の枠内に活動範囲を留めるような努力は必要ではあるものの、そうした枠内でPMCを有効に活用する道をとる方が賢明であると思われる。実際世界の流れはそのような方向へ行っており、PMCには新たな役割も期待されている。次にこうしたPMCの能力がきわめて有効に活用されている、もしくは将来活用が期待されている分野を見てみよう。
57 Xavier Renou, PMCs against Development, A refutation of the arguments in favour of PMCs as facilitators of development through the restoration of peace. Paper presented at the Conference on Multinational Corporations, Development & Conflicts, 6 December 2003
59 Raenette Taljaard. Controls needed to rein in private military firms. The Straits Times, 5 January 2004.
60 Anna Leander. The Commodification of Violence, Private Military Companies, and African States. (Copenhagen Peace Research Institute paper, June 2003)
61 David Wood. Army's Civilian Contractors go AWOL in Iraq; Failure of Privatization seen as blow to streamlining effort, The San Diego Union-Tribune, 4 August 2003
62 Peter Fabricius. Private Security Firms Can End Africa's Wars Cheaply, Saturday Star, 23 September 2000
63 Herbert Howe. Global Order and Security Privatization, Strategic Forum, Number 140, May 1998
64 Doug Brooks とのインタビュー、2003年9月10日
65 Sandline International. Private Military Companies - Independent or Regulated?, 28 March 1998. (http://www.sandline.com)
66 David Isenberg とのインタビュー、2003年9月10日
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