第3章 台湾の選択肢と日本への期待
1. 陳水扁政権と両岸関係
《総統の「一辺一国」発言》
中華民国政府は1949年の台湾移転後も一貫して中国全土を支配する正統政権としての立場を主張していたが、1991年に李登輝政権下の憲法修正によって、台湾本島と付属の澎湖島そして福建省沿岸に浮かぶ金門・馬祖島などわずかな島嶼からなる自由地区だけを統治していることを認めた。大陸中国については中華人民共和国が統治していることをはっきりさせたものである。その後、99年7月に李登輝総統は、台湾海峡両岸は「特殊な国と国との関係」であるとし、さらに2002年8月に、陳水扁総統は、「一辺一国(それぞれ別の国)」であると発言した。陳水扁総統は「台湾は一つの主権独立国家である。中国が台湾への武力行使の意図を捨てなければ、台湾独立の道を歩むことも真剣に考えなければならない」と述べ、台湾の将来を決める住民投票の必要性についても初めて言及した。
これに対して、「一つの中国」を堅持する立場の中国は当然ながら激しく非難した。台湾でも、野党陣営(国民党と親民党)と産業界では両岸関係の悪化を懸念する声が高まった。
《中台経済一体化と台湾アイデンティティ強化の矛盾》
1990年代に入ってから、台湾産業界で「西進現象」(大陸華南地域へのシフト)が起き、最近では「北上現象」(上海周辺や北京など北方地域への進出)がさらに話題を呼んでいる。中国政府と台湾行政院大陸委員会の公式発表を総合すれば、2001年末までで、台湾企業の大陸進出数はすでに7万社に達し、直接投資の累積金額は500億ドルを超え、対中国直接投資で香港、米国、日本に次ぐ第4位になっている。さらに、台湾から大陸を訪れる訪問客の数が年間55万人、大陸に常住する台湾人の数も50万人を超えている。
また、2001年末、中台双方はともにWTO(世界貿易機関)加盟を果たした。現在、中台貿易は台湾側で年間278億ドルの黒字を計上している。明らかに、台湾経済にとって、大陸との貿易関係は国際貿易収支のバランスを保つためには欠かせない存在となっている。今後、潜在的成長力に富む大陸経済の持続的発展により、台湾産業界にとって大陸市場の重要性はますます大きくなり、それとともに台湾経済の大陸依存度もさらに上昇すると見られる。
これに応じて、陳水扁政権は大陸に進出する産業分野の拡大と、ハイテク技術の大陸シフトに対する制限縮小を相次いで決め、さらに中台間の本格的三通(通信、通商、通航)開放の意思も示し始めた。明らかに、陳水扁政府は従来の対大陸経済貿易施策に一定の修正を行おうとしている。これは、台湾社会を巻き込んだ大陸ビジネスブームの現状を追認することを意味している。
《台湾人のアイデンティティ深化》
以上のごとく、両岸経済は「一つの市場」となり、いまや台湾にとって中国は最大の輸出先、投資先となった。その一方で台湾では、文化や教育面での「台湾化」が一層進んでおり、台湾人は台湾意識を強め、アイデンティティにおいて大陸との一体感は希薄化しつつある。この結果、中台間で文化的ギャップが拡大することになれば、両岸の政治的統一にはマイナスの力が働くものと見られる。
「一辺一国」発言について、中国寄りの主張に傾きがちな台湾紙の世論調査でも、発言に「同意する」が「同意しない」を上回り、住民投票で台湾の将来を決めることに賛成が59%にのぼった。経済面での中国との緊密化と、台湾人アイデンティティの強化という、相反する要素が今後の中台関係の行き方を左右するだろう。
2. 台湾の未来への選択肢
《「三通」は回避できない》
両岸の経済関係はますます深まるばかりであり、「三通」解禁を望む台湾経済界の要求は強い。これまで台湾政府は「戒急用忍(急がず忍耐強く構える)」の姿勢をとってきたが、彼らの要望に押され「積極交流、有効管理」へと方向転換してきた。実際、「三通」解禁は中台双方にとってメリットが大きいので、回避できない方向にあると見られる。しかしながら、台湾に対する武力解放を放棄していない中国に対して、台湾では安全保障面での懸念が強く、未だ全面開放には至っていない。
近年では、台湾の経済発展が鈍化するなか、中国は「三通」を軸に台湾経済界の抱き込みを図り、ソフトな姿勢を示し続けている。中国は、中台が経済関係を強めることは「ウィン・ウィン」(win win: 双方に利益)だと強調し、歓迎している。しかも台湾経済の対中依存度の増大は、将来の統一に有利だと判断している。さらには、中国に投資している台湾企業、中国と貿易している台湾企業が、統一促進剤になることを中国は期待している。また、中国側は台湾世論への切り崩し作戦を展開しており、台湾社会や産業界に対して独立勢力の孤立と、統一支持勢力の拡大を狙っている。
《台湾新憲法制定を求める動き》
以上のような中国の意図に対して、台湾では台湾の現状に見合った憲法制定を求める動きが顕著になってきた。すなわち、台湾の憲法(中華民国憲法、1947年制定)は中国全土の統治と一党支配を念頭に置いたもので、台湾だけを統治する今日の政府と民主議会政治には符合しない部分も多い。このため、以前から台湾独立派は新しい憲法の制定を求めてきた経緯がある。この問題について、陳水扁総統は2003年10月に、「台湾人民は台湾を正常かつ完全で偉大な国家にしたいと考えており、それに合った新憲法が必要だ」と述べたうえ、さらに、「台湾は主権の独立した国家であり、他国の地方政府や一省、または特別行政区ではない。台湾は一つの中国に反対し、一国二制度を拒絶する。台湾と中国は一辺一国だ」と改めて強調した。
3. 今後の日台関係の見込み
《日本は沈黙すべきではない》
中国に蔓延しつつある大国意識と、台湾人が再確認するに至った「本土意識」とは、政治の場では容易に溶け合えそうにない。「一つの中国」ということに中国側は非常にこだわっているので、中国にとって、漢族が圧倒的多数を占める台湾は「中華世界の不可分の一部」でしかない。このように、中国が「一つの中国」という原則に固執しており、さらにこれを他国に対して押し付けていることは、東アジアにおける一つの不安定要素となってきた。
このため、中国が台湾に関してあくまで国家意思を貫こうとすれば、中台間だけでなく、台湾と利害関係を持つ国と中国との間にも摩擦が生じることになる。いうまでもなく、日本はこのような「関係諸国」に含まれる。何よりも、中東から日本に向かう原油の輸送路は台湾海域を通過しているため、台湾海域は日本の生命線である。
かつて台湾を植民地統治した日本が、“神聖な中国領土の一部であるべき台湾”に重大な関心を持つことは、中国にとって愉快なことではないだろう。日本は1972年9月の日中共同声明で、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認し、台湾が中国領土の不可分の一部だとする中国の立場を「十分理解し、尊重する」ことをうたった。台湾領有を放棄する旨を記したポツダム宣言を受諾もしている(台湾の新しい帰属先については何も表明していない)。したがって、中台関係の帰着点に日本が直接関与する余地は全くない。
その一方で、日本は台湾問題の影響を必ず受ける立場にある。たとえば、台湾海峡で武力紛争が発生した場合、日本のシーレーンの安全が保障されなくなり、沖縄県西端一帯の領土と領海が紛争の火の粉を浴びることになるかもしれないという懸念がある。隣国の紛争が自国の安全を脅かす可能性がある場合、紛争当事国でなくとも国益の範囲内で発言できるというのは国際常識であるから、台湾問題について、日本は一切口をつぐんでいなければならない立場ではない。
日本は、台湾をめぐる問題が海峡両岸の直接当事者間の話合いを通じて平和的に解決されることを強く希望しており、そのために両岸対話の早期再開を期待している旨を繰り返し表明している。しかしながら、中国による武力行使の可能性が東アジアにおける重大な不安定要素となっている以上、それを抑止する意味でも、日本政府としてはっきりと、このことは「容認し得ない」と言明していくことが必要だと思う。
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