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「革命には血が必要だったのか」
 そこで、李登輝さんは新たに結成された台湾団結連盟という政治団体の精神的指導者に迎えられました。かねて「私の好きなのはゴルフです。だからゴルフ三昧をしたい。早く引退をしないと、もうゴルフもできなくなる」と七十数歳で言っていた。ようやくその日が来たのに、政界にまたカムバックせざるを得なかったのです。次の立法院選挙ではおそらく三〇人ぐらい国会議員が当選するでしょう。今、そんな運びになっている。
 そして、こうおっしゃったのです。
 「私は一切血を流さないように無血の平和革命をしようと心がけてずっとやってきた。しかし、今ここでこうして思い返せば、やはり革命には血を流すことが必要だったのかもしれない。ある程度はやっておいたほうがよかったのかな」と、表情はにこにこしながらですけれども、そう言いました。もう十五年間もお付き合いしていますが、こんな発言を聞くのは初めてです。
 そう思うのは無理もないのです。そのくらい今の台湾の現状は情けない。今いる人たちは国家を持つ資格がない人たちだと、私は腹が立ちます。
 毛沢東はたくさん人民を殺せば偉大な国ができると言って、三〇〇〇万人くらい殺しました。スターリンはもちろんですし、ナポレオンもリンカーンも蒋介石もそうでした。ただし日本は違います。李登輝さんは両方がわかる人のようでした。
 李登輝さんは日本風に革命をやったが、相手は日本人ではなく台湾人だった・・・と後悔しているのでしょう。台湾で国民党が未だに強いのは、やはり二・二八事件で二万人を殺した効果だ、という意味かもしれません。
 国家を持つというのはものすごくありがたいことで、それを台湾は今持っている。しかし棚ぼたで持っているから、これを守り通そうという気概がない。これを失ったらどんなことになるかという、予想能力すらない。
 それは特に民進党の人に言いたいのです。民進党は、棚ぼたで政権が転がり込んできた。で、自分は副総統、あなたは何とか大臣と、ポストを配ってはしゃいでいる。「国家ごっこ」の上に乗っかって、そこにある重い責任をまったく感じ取らない。もちろん、感じている人もいるのです。しかし、そうでない人が多い。
 私に話しかけてきたある人は、自分は国民党時代、反対して牢屋にぶち込まれたと言う。台湾には牢屋の島があるのです。太平洋の真ん中の孤島ですが、そこに十年ぐらい入れられて、幸いカムバックして、今は大臣になりましたということでした。こういう人は迫力のある顔をしていますね。
 しかし、そういう骨のある人がだんだん年をとって引退していきます。若い人にはそういう立派な顔をした人がいない。どうもそれが民進党政権の台湾である。
 そんな思いの中で、陳水扁の国策顧問であるという人が私に議論を吹っかけてきたことが記憶に甦るのです。アメリカは台湾にいろいろしてくれる、しかし日本は、という先ほどの話です。
 繰り返しになりますが、私が言ったのは、日本というのは礼儀正しい国で、内政干渉はしない国である。しかし、要請があれば何かする。しかるに、このところ台湾はみずからの決意を言わない。台湾はまず自分はどうしたいかを言いなさい、そうしたら日本は手伝ってあげますよ、ということです。
 先ほどの「民主太平洋大会」でのスピーチには相当な当てこすりが含まれていると言いましたが、あのとき、それをわかってくれた人は一人はいた・・・。大河原良雄元駐米大使が李登輝さんに会いにいったら、日下さんのあのスピーチを読んで、台湾独立をいかになすべきか今考えているのだと言っていたそうです。外交的スピーチも含まれているでしょうが、大河原さんからそう教えていただきました。
 つまり、日本が手本というわけです。・・・この話は、その日本が今はどうも頼りないという日本へのあてこすりでもあります。
 来年(二〇〇四)三月の総統選挙は、先ほど申し上げたように陳水扁氏が危ないという話になっています。
 その中で、李登輝さんが率いる台湾団結連盟がどういう働きをするはわかりません。国会では躍進してほしいが、総統選挙としては台湾派の内部分裂になってしまうと痛しかゆしのようで、彼らの話に李登輝さんが出てこないのです。
 「ここまできたのは李登輝さんのおかげです」と誰も言わないことに、私は腹が立っています。李登輝さんが潔く身を引いたおかげで政権をとったのに、なぜそれを言わないのか。国民党の人も李登輝さんのおかげですと言わないですね。本当なら国民党員は二万くらい殺されても不思議はないのです。台湾人は歴史に学びません。台湾人は現実主義で、今日のことで精いっぱいの漢民族だと言うなら、「日本人とは違いますね、勝手にしなさい」と思います。それなら私は台湾のために考えません、日本のために考えるだけ・・・、とそんなことをいろいろ考えた台湾滞在でした。
 しかし、この東京財団では台湾との交流は深めたいと思い、軍人同士の交流という新たな場を始めています。昨日もここでやったところです。
 台湾の軍人と日本の軍人に議論をしてもらうと、重みと深みと鋭さがある。軍人は命がかかっているので、必死ですからね。外交評論家がやっている議論とはまるで違う。会議費を負担したかいがあったなと思っています。その内容は、いずれまた発表する機会があるでしょう。
 最後に余談を言えば、聖徳太子の十七条憲法は漢文ですが、台湾の人はそれを一生懸命読んでいました。古い漢字が読めますからね。ところが英語に訳したものを日本人に見せたら「英語のほうがよくわかる」と言ったので苦笑しました。漢文は読めない、英訳のほうが読みやすいとは、日本人もずいぶん外国人になってしまったなというわけです(笑)。だとすれば、台湾の人のほうが十七条憲法の精神をきちんと理解してくれるかもしれない。そのようなエールを送って、台湾報告を締めくくりましょう。
 さて、次は明日からアメリカに行って、マンガ・アニメの話をUCLA大学の学生並びにハリウッド周辺にいるエンターテインメント産業の業者、東洋学・日本学の研究者、そして未来学の教授たちと議論をし、それから日本人会と日米協会でスピーチをしてくる予定です。
 そのとき言いたいことは英文のパンフレットにして、そこに置いてあります。よろしかったら、お持ち帰りください(写真参照)。
 
 
 表向きはマンガ・アニメの話ですが、日本精神までさかのぼって説明をしてこようと思っています。自分が働く、人に迷惑をかけない、譲り合う、水に流す、許す、謙虚に・・・というと、これはみんな自分が損をする話ばかりです。しかし、お互いにやればそれでいいわけです。相手もやってくれれば損得はなしという、そういう暮らし方が日本には根づいています。一番これを実行しているのが、家族の中です。いわゆる家族主義ですね。それから村の共同体。それがだんだん広がって、国家レベルまでそういう精神がずっと普及しておりまして、最近はそれが消えかけていると言われている。
 しかし、消えかけて、ほんとうに消えてしまうかと思うと、ちゃんとどこからともなく復活してくると感じます。
 例えば朝日新聞の紙面がこのごろまるで変わってしまった。なぜ変わったかというと、売れないからです。
 つまり進歩主義とか、個人主義、人権主義、ヨーロッパの左翼思想とか、社会主義思想とか、日本は悪い国だとか、住民の権利を主張しようとか、男女平等をもっと徹底的にやるべきだとか言っていると売れなくなってきたんです。「売れない」ということは穏やかな抵抗で、朝日新聞はこれはたまらないと、方針を変えたのではないですか。日本人はあからさまに抵抗はしないが、不愉快だなと思うと遠ざかる。そういう中で朝日新聞も日経新聞も変わってきた。
 赤字というのが、改革のために一番いい力だとかねてより思っています。理屈の言い合いなんかしてもしようがない。赤字に追い込めば必ず変わります。
 そういう意味では、日本に赤字の会社が増えたというのは良いことです。公団、公社、特殊法人も理屈では動かないが、赤字になれば動く。だから改革は近い。その原動力は赤字です。
 上に立つ人も赤字になると言いやすいですよ(笑)。「きみ、やめてくれ」などとはめったに言えませんが、赤字なら言えますから。
 赤字の間にどう改革するかが勝負です。もうまもなく景気が回復したら、クビ切りはできなくなりますから、今が最後のチャンスです。日本は、最終バスが出るところだと思っています。
 では、明日からアメリカに行ってきますので、その報告は次回やります。
(編集部注・二〇〇四年三月二十一日)
 三月二十一日に行われた選挙では、陳水扁氏が総統に再選された。しかし、連戦氏との票差は三万票弱と僅差であった。また、投票日前日に陳水扁氏は腹部に銃撃を受け、一四針を縫う怪我をしたが、その事件が劣勢であった陳氏に「同情票」を集め、選挙結果を左右したという見方も根強い。さらには無効票が約三三万票あったと言われ、連戦氏は「選挙は無効だ」として訴訟を起こす方針を表明。今後の行方を不透明にする、混沌とした要素が残された。







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