ワールドカップから見た遠交近攻
さて、日本に帰ってきて聞いたら、「日露戦争以来ロシアに勝ったのは二回目だ」と書いた新聞は日本にないそうですね。私が新聞記者の現役だったら、書けと言います。普通はそう考えるんですよ。
「それは普通じゃない」と言われるかもしれませんが(笑)。普通か普通じゃないかという話をしましょう。トビリシからアゼルバイジャンに戻り、アゼルバイジャンのバクーで「過渡期におけるコーカサスと中央アジア、その地政学的条件と経済発展への模索」という真面目なシンポジウムがあって、そこに出席しました。すると、ちょうどその日がトルコ対日本戦なのです。「ワールドカップは四年に一回しかない、シンポジウムは一年に一回開こうと思えば開ける」と議長が休会を宣言し(笑)、その日は昼の十一時半ごろから二時間サッカーを見ました。
そのとき、私はこんな表を配ったのです(次ページ参照)。横の列がロシア、トルコ、アメリカ、ドイツ、中国、日本。これは、いずれも今回のワールドカップサッカー出場国です。縦の列がアゼルバイジャン、グルジア、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギス、トルコ。これはコーカサスおよび中央アジアの国です、トルコは違いますが。
そして、縦の国のうち、ほかの国と仲の悪いアルメニアと、まだ混乱の真っ只中にいるタジキスタンを除いた七カ国の人が、その会議に参加したわけです。それで私はこのマトリックスを見せて「どの国が一番好きか、どの国に勝ってほしいのか、どの国に負けてほしいのか、どの国の勝敗に関心は薄いのか」ということをランクづけてもらいました。ちょっと手前みそですけれど、かなり生きた学問、生きた調査なんです。
◎コーカサス・中央アジアの地政学
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ロシア |
トルコ |
アメリカ |
ドイツ |
中国 |
日本 |
コーカサス |
アゼルバイジャン |
5 |
1 |
4 |
2 |
6 |
3 |
グルジア |
5 |
4 |
2 |
1 |
6 |
3 |
アルメニア |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
中央アジア |
カザフスタン |
2 |
4 |
3 |
1 |
6 |
5 |
ウズベキスタン |
4 |
5 |
1 |
2 |
6 |
3 |
トルクメニスタン |
1 |
2 |
3 |
5 |
6 |
4 |
タジキスタン |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
キルギス |
1 |
6 |
2 |
4 |
5 |
3 |
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トルコ |
6 |
1 |
2 |
3 |
5 |
4 |
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(WORLD CUPで、どの国に勝ってほしいか?)
(人気順位表=1は好感度トップ、以下ランクが下がり6は最も嫌いな国、もしくは関心の薄い国)
例えば、アゼルバイジャンは「一番好きなのはトルコで、トルコに勝ってほしい。どうでもいい、関心が薄いのが中国」。キルギスは、一番勝ってほしいのはロシア、二番目がアメリカ、三番目日本、四番目ドイツ、五番目中国、六番目トルコというふうになっています。
ここで面白いのは、隣の国々でもかなり違うということです。つまり、地政学的に複雑な場所にいる国々は、必ずしも隣と意見が一致しないのです。遠交近攻だとか孫子の兵法を地でいっています。
強いて傾向を言えば、トルクメニスタンを除くと、トルコが好きな国はロシアが大嫌いです。これは歴史でわかりますね、ロシアとトルコは天敵ですから。そして、しょっちゅう領土の取りっこをやっていましたから。だから、傾向としては、トルコが好きな国はロシアが嫌い、ロシアの好きな国はトルコが嫌いというのは一応あります。
それから驚いたことに、アメリカとドイツはこの地域で大きく点数を稼いでいるということです。一年前に調査をやったら、こういうデータは出ないと思います。アメリカの急接近というのはすごいものです。ドイツもすごいです。
そして、中国のランクが最低というのは、中国が大嫌いというより、むしろ関心の薄い国の部類に入るからだと思います。つまり、最近の中国の威張りようは大変なものですが、しかしあの覇権志向の中国も、まだここには力が及んでいないということの証明です。ということが、このデータを見るとわかるのです。
サッカーの国際試合は政治そのもの
それから、遠くて遠い国なのに、日本の好感度が比較的高いでしょう。これはもちろん、日本から海外援助をもらいたいわけですが、国益概念の薄い日本からお金をもらったほうがよっぽど得だからです。日本は政治的野心が稀薄ですから、援助をもらうには最も安全な国なのです。その辺よく考えている。日本が比較的ランクが高いという理由を、私はそのように読みます。
つまり、地政学というのは超現実主義者の世界でもあります。グルジアのトビリシと同じように、アゼルバイジャンのバクーでも、好感度第三位の日本が好感度第五位のロシアを破ったんですから、ホテルのフロントやレストランでもそのことを随分言われました。ところが、トルコ対日本戦が終わったら、アゼルバイジャンでどういうことが起こったか。バクー市内で、トルコ国旗とアゼルバイジャン国旗を持ってワーッと喜んでいる人たちが数百人はいました。その中を日本人の私が歩いていると、その周りでワーッと大騒ぎです。
翌日の新聞を見ると、写真入りで一面のトップか二番手ぐらいに大きく報道されていました。そして「トルコとアゼルバイジャンは同一民族、二つの国家だ」と書いてありました。
つまり、これらの国々にとっては、サッカーの国際試合は政治そのものなのです。
そもそもサッカーの起源とは、部族と部族の戦いの首狩りゲームです。首を切って、蹴飛ばして、相手までたたき込むのですから。そのうち、だんだんそれがボールになったのです。スポーツというのは大体そういうもので、要するに男の戦闘の代償行為です。だから日本選手を見ていると、優雅過ぎてその辺のサッカーの起源というのは、さっぱりわからないでしょう。
実はアゼルバイジャンの、バクーのホテルはNHKテレビが見られます。ロンドンの民間会社がNHKの番組を買って、日本人向けにヨーロッパで流しているチャンネルがあるのですが、それをバクーのホテルで見ることができるのです。
するとトルコ戦敗北の日の、日本国の「町の表情」が放映されているわけです。一生懸命見ました。「日本はよくここまでやったと思います。本当にご苦労さま。涙が出てきます」とか、みんなサバサバしているんですね。ちょっとこれはないんじゃないかと、私は本当に思いました。
大体、バクーで見たサッカーは、電波がトルコからアゼルバイジャンに入ってきています。だからトルコ語で、何を言っているかよくわからない。しかし、私は中学、高校とサッカーをやっていたものですから、割とよく知っているんです。日本人は全然パワーがありませんね。
雨が降っていたでしょう、雨が降ると実はボールが重くなって、ものすごくスピードが速くなります。だからパワーがないと、トルコみたいなごっつい体格の相手には負けてしまいます。もともとガッツがない、しぶとさがない、粘りがない。だから、パワーのトルコにやられたのだと思います。エレガントに個人プレーをやっているので、見ていて「国家代表という意識はどこへ行ったんだ」と、現地で本当に正直なところ私はそう思いました。たかがサッカーじゃないかと思うかもしれませんが、しかし、されどサッカーです。
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