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アメリカの道義力は大丈夫か
 さて、視点をアメリカに戻せば、今のアメリカも若干頑張り過ぎです。そこにはまた別の、「人間は意地があってやめられない」という法則があるわけで、だから悲惨なことにならないかが心配です。
 とうとうアメリカはアフガニスタンまで手を入れました。もうこれで戦争は終わりでいいのではないかと思うのですが、アメリカにはそんな素振りは見えません。「もっとやりたい」という態度です。したがって、戦争予測をすれば次は当然イラクへ入るでしょう。原子爆弾を使うという噂もあります。使うための地ならしとして、フセイン大統領は核兵器をつくっているとか、サリンをつくっているとか、今はそういう宣伝を大量にしています。これは自分が使うための地ならしかもしれません(笑)。(編集部注・その後二〇〇三年三月十九日、米英軍のイラク攻撃が開始された)。
 バグダッドで終わりでしょうか。いや、アメリカはまだまだやる気満々です。その次はもしかしたらイランとかエジプトかもしれません。ワシントンの中に深く入って、彼らが雑談でしゃべっていることに耳をすませば、当然そのような議論をしているはずです。アメリカ人は何でも考えるのが大好きですから、やるかどうかは別としても、いろいろなことを議論する人たちがいます。
 「地点」で言うとそういう話になりますが、「経済」で言うと次のようになります。
 まずは、国力の限界は、二、三年早くわかるのではありませんか、ということです。それからもう一つは、道義的限界というものがあります。その「地点」まで攻め込む理由は何でしょうか。理由が立派なら国民は支持しますが、理由が怪しいと国民は支持しません。すると国内に厭戦気分が広がって、戦争が続行できなくなります。
 その兆しはいろいろありますが、「アメリカはそういう道徳的限界に達しているか、いませんか」という議論をする人がまったくいません。私はあの九月十一日のテロ後、すぐそのことを書きました。「アメリカは、モラルの一線をこれから越えて進む。道義力が地に落ちる。これは日本が忠告すべき問題だ」という内容です。
 試しにアメリカを、そういう目で見てみたらどうでしょうか。
 攻勢終末点にアメリカが来ているか、否かというふうに見ながら、新聞をつくってもらいたい。雑誌をつくってもらいたい。テレビで話す人は話していただきたい。そうすると先へ行けます。
 ただ事実を追っかけているだけでは、物事の本質はつかめません。
 
第72回 ワールドカップの地政学
講師 歌川令三(日本財団常務理事)
歌川令三(うたがわ れいぞう)
横浜国大卒。毎日新聞経済部長、取締役編集局長を経て、現職。
 
(二〇〇二年七月十八日)
「陣取りゲームの激戦地」から見たワールドカップ
【日下】サッカーのワールドカップがたいへんに盛り上がりました。日本はロシアに勝って決勝リーグに進出し、そこでトルコに負けてしまったわけですが、そのころちょうど歌川さんは中央アジアヘ旅行に行っていて「同じサッカーでも、向こうの国の人はまるで違う」とおっしゃるので、それをお聞きしたいと思います。日本でのサッカーは皆さんそれぞれに感想をお持ちになったことでしょうから、国や立場を変えて見るとどのようになるのか。歌川さん、お願いします。
【歌川】今日は「ワールドカップの地政学」という題でやります。
 私は二〇〇二年の六月、ちょうど日本と韓国でサッカーたけなわのころ、コーカサスに出かけていました。
 コーカサスというのはロシアの南、ちょうどイランとトルコの北に位置しています。東にカスピ海、西に黒海に挟まれた地方です。アゼルバイジャン、グルジア、アルメニアの三カ国で構成されていて、ちょうど北海道と東北と関東を合わせたぐらいの大きさです。そんなに広いところではありません。
 しかし、ここは有史以前から人がかなり住んでいた、非常に肥沃な土地だったのです。最近の考古学によれば、旧約聖書の創世記にあるエデンの園とかノアの方舟は、どうもこのあたり、ないしはちょっとトルコに寄ったところにあったらしいということです。ちなみに考古学の進歩によって、創世記に出てくる名所はどうも実在するのでないかと言われ始めています。
 つまり、バイブルの中に出てくるぐらい肥沃なところです。すると陣取りゲームの激戦地になりますね。そういう土地でサッカーを見るとどうなるかという話をこれからします。だから正確には「コーカサスから見たワールドカップの地政学」です。
 コーカサスは、紀元前、マケドニア王のアレクサンダー大王とかローマ帝国に支配されました。四世紀ごろキリスト教が入ってきて、そうかと思うと七世紀にはアラブが侵略してきてイスラム教が入りました。その後ペルシャとトルコが侵攻して、十八世紀の初めには帝政ロシアが南下し、武力で勢力圏に編入しました。大国にもみくちゃにされた歴史的な負の体験を持った人たちですから、すぐれた地政学のセンスを持っています。
 地政学という学問は「地理プラス政治学」、それでジオポリティックスと言うのですが、コーカサス、あるいはその右のほうにトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタンとあります。
 コーカサスとかこの中央アジアというところは、地政学を学ぶには絶好の場所なのです。というのは、この辺の人々は異民族や異教徒、あるいは大国の武力によって生存を脅かされた長い歴史上の経験を持っていますから、それが恐らく人々のDNAに組み込まれているのでしょう。その点、日本は野蛮な異民族の支配下に入ったことがない。日本人はこういう国はちっとも不思議でないと思っていますが、世界史の常識からいうと日本とはじつは相当不思議な国なのです。常に身を守ることに腐心するコーカサスの国々にあって、この平和ぼけの日本国にないもの、それが地政学なのです。
 たまたまワールドカップの時期にそこに行ってテレビを見ていました。そして、いろいろな人々の反響をこの目で見、この体で体験したということです。地政学を持つ国民と持たざる国民とでは、同じサッカーを見ていても、国と国との勝敗の受けとめ方がいかに異なっているかを体験いたしました。
 以上、まずはこの理屈を頭に入れた上で、私の旅行体験をお聞きいただきたいと思うのです。







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