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吟詠・発声の要点■第二十八回《完》
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
 
 
舩川利夫先生プロフィール●昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒業。箏曲古川太郎ならびに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞などを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造脂の深い異色の作曲家として知られる。おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレビ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてご協力いただいている。
 
(4)発音=8
子音の補足と総まとめ
 二年余りにわたって連載された本稿は今回で最終となります。前回に続き、子音について若干の補足と、基本を習得した後の課題、そして総まとめ、です。
 
子音の補足(1)
「濁音が重なるとき」
 五十音の内、カ、サ、タ、ハ行には「゛」をつけた濁音がある。詩文にそれほど頻繁には出てこないが、一つの言葉の中で濁音が続くとき、例えば「葡萄(ぶどう)」「画戟(がげき)」「巍我(ぎが)」などの場合、初めに出でくる濁音がはっきりせず、聞き取りにくいことが多い。「ぶどう」の「ぶ」が口の中に篭ってしまい、「?どう」となって語意が伝わらない。こうしたときは子音の「ブ(b)」を少し強めに発音し、次の「どう」に繋げるとはっきりする。
子音の補足(2)
「ツ」の発音
 「ツ」には二つの顔がある。一つは「一片(いっぺん)」「叱咤(しった)」「節句(せっく)」のように小さい「ッ」で表される詰まる音(促音)。一音節(一拍)の時間をとるが、実際には呼気を口のどこかで止めているので、音は伴わない。特に問題はなさそうだが、息を止める前後の音を必要以上に力んでしまうことがあるので、それだけ注意していただきたい。
 「ツ」が持つもう一つの音は「月(つき)落ちて(おちて)」「過ぎ尽くす(すぎつくす)」「築山(つきやま)」のようなときの「ツ」。ふだんの会話で「築地(つきじ)の魚河岸」などというとき、主に関東の人は父音の部分(t)だけで、生み字の母音(u)をほとんど発音しない。つまり、声にならない音(声帯が振動しない音)となる。一方、関西へ行くと(誇張すれば)「ツーキジ」に近い発音となる。
 吟詠でこの場合の「ツ」は、生み字の母音(「ウ」)を入れて一音節で発音する。ただし「月(つき)落ちて」のように「つ」が語の初めに来るときは「つ(ウ)」を強く発音したり、一音節分たっぷり伸ばすと、間(ま)延びした感じになることがある。その時々の詩文にもっとも合った「つ」はどんなものか、よく考える必要がある。
一語の美しさと詩全体の躍動感
 この連載を通して発声、発音など吟詠の基本を勉強してきた。その目的を一口で言えば、聴く人に感銘を与えるような美しい日本語で詩を吟じるためである。例えば前出の子音の問題に関しても、きれいな音で響かせようとするあまり、子音の中の父音が死んで、生み字の母音だけが響く、その結果なにを言っているのか分からなくなる。やはり子音は大切にしなくては・・・といったことを感じ取るためである。
 つまり一つ一つの詩語の言霊(ことだま)を生かし、文節の情感、詩全体の情緒を余すところなく表現しなければならない。ここまでくると、吟詠・発声の要点の域を逸脱して別の課題となるが、監修者が最近の吟詠を聞いて感じていることだけを記して置く。
 それはどの吟詠も同じように平坦な詠い方で、それぞれの詩が持つ“味わい”が生かされていないこと。伝統的な節調に添っており、言葉のアクセント、詩文の節回しなどは特に問題がない場合でも、もう一つ迫力に欠けることが多い。その最大の原因は、詩文の始めから終わりまで強弱の変化に乏しいこと。実際にある吟題に取り組むときは、一連の詩文の情趣を汲み取り、言霊を大切にし、強弱の山と谷を演出し、どのような余韻で終わらせるか、といったいわば創作活動が必要となる。
 詩文のリズムをつかむ手始めとしては、これから手がける詩文を、声を出して繰り返し読んでみる。そのとき、声を出すことを職業としている人の読み方が参考になる。中でも舞台俳優・声優の語り口が吟詠に合っているのではないか。比較的ゆっくり、言葉の持つ雰囲気を大切に、朗々とした調子で読み上げる。何回か読んでいるうちに詩文が持つ情感、強弱をつける場所などが感じ取れる。その感情を吟詠という詠法の中に生かして詠うことができれば、味わい深く、躍動感に富んだ吟詠が生まれるに違いない。さらに、詩の内容がかなりの感情の昂ぶりを示すものであっても、吟者自身は力まずに、聞く人の立場に立ってその効果を冷静に計算できればなお良いと思われる。
総まとめ
発声の基本は姿勢・呼吸法・共鳴
 本稿の終わりに、正しい発声のための「三本柱」ともいうべき(1)姿勢(2)呼吸法(3)よい共鳴についての要点を復習しておこう。
 
(1)姿勢
(1)意識の重心は臍下丹田に置く。
(2)「気をつけ」の姿勢のように硬直しないで自然に立つ。
(3)両足は突っ張らず、ヒザにゆとり。ただし背中、腹、腰などの筋肉は、声の支えと共鳴の土台となる大事なところなので、適度の緊張を保つこと。
 
(2)呼吸法
(1)肩、胸の上部を使わず、横隔膜を下げて(結果として腹を前へ出して)息を吸い、腹筋を絞って息を吐く腹式呼吸に徹する。
(2)肩を上下させる呼吸は、声帯や声の通り道の筋肉を緊張させるので、よい共鳴につながらない。
 
(3)よく共鳴する声
(1)吟詠にとり、腹声・胸声は必要だが、力むと“硬くて響かない声”になる。特に声帯と舌の周りは、いつもリラックスさせておく。
(2)腹声・胸声に重点を置くときでも、頭声の響きは決して無くしてはいけない。
=終わり=
 
正しい姿と呼吸法
 
発声の三本柱







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