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剣詩舞の研究
石川健次郎
特集・振り付け再考(二)
〜群舞〜
舞踊の形態
 最近の剣詩舞は、武道館をはじめ大きな会場で上演されるケースが大変多くなった。これらのことに関連して、従来は剣詩舞の特質と考えられていた独舞(ひとりまい)の様式から、二人以上で演ずる剣詩舞も色々と考案されるようになってきた。
 こうした形態は、古くからある民俗舞踊や民謡舞踊の盆踊りなどに見られる「集団舞踊」とは本質的に異なり、あくまでも舞踊作品としての価値を高めるのが目的である。
 現代では演技者の技術も、振り付けの技法も非常に高度になってきたので、こうした要求にも応じられるようになり、複数、つまり二人以上の人達から、時には舞台いっぱいになる程の人数の出演も可能になった。このように剣詩舞の舞踊形態も時代とともに成長してきたのである。
 そもそも舞踊表現の演技形態は、一人で演じる「独舞」と二人以上の演技者によって演じられる「群舞」に分けることができる。ただし群舞という言葉の量感から、二、三人で演じる場合には「連舞」(つれまい)と呼ぶこともあるが、この群舞を振り付け上の区分として、全員が同じ振りで舞う場合を「揃い(そろい)振り」と呼び(または音楽の斉唱と同じでユニゾンという)、演舞者がそれぞれ異った表現に振り分けられて舞う場合を「振り分け」とか「個別振り」と称している。
 
 
揃い振りの特長
 吟詠形式の一つである合吟は、同じ詩文を幾人もが、同じ節で、同じ音程で、しかも同じテンポで、全く一人が吟じているかのように、よく揃うことが重要な課題である。そしてもう一つの課題は、合吟することによって、独吟とは違った音楽的な厚みが表現されることが望ましい。もちろん合吟することによって、その仲間が一緒になって芸に親しむといった連帯感もないがしろにはできないが、剣詩舞の揃い振りの場合も、合吟と全く同じことが考えられる。
 すなわち剣詩舞の場合は、同じ振りを、同じタッチ(振りの演技の強弱)で、しかも同じテンポで演じる必要があるが、更にもう一つ重要なことは、舞い手の配置の隊形や、隊形変化を美しく見せることである。この配置によって群舞の「揃い振り」は、最大の魅力を発揮するといっても過言ではない。
 揃い振りの群舞隊形で最も単純なものは「一列横隊」だが、例えば舞台上で剣舞「日本刀」を一人で演ずる場合と、数名が横一列に並んで演ずる場合では、後者の方がはるかに力強い作品の雰囲気を観客に伝えることが出来るであろう。そして舞台の人数を多くするために、隊形を二列にも三列にもすることが可能であり、舞台は一段と活気を増すことになる。
 しかし人数が増加すればそれだけ迫力が増すと決ったものではない。舞台空間の広さと舞い手の人数、それに作品の内容などが調和しなければ、舞台上はごみごみするばかりで、しかも刀を扱う剣舞の場合には舞台上の安全も維持できなくなるから、振り付け者や指導者は十分注意すべきである。
 
揃い振り
 
個別振りの特長
 オーケストラの演奏は、弦楽器(バイオリンなど)や管楽器(フルートなど)それに打楽器(ドラムなど)ピアノなど多くの楽器が、それぞれ異ったメロディーを演奏しながらも調和された旋律を奏でることで、一つの音楽を作り上げる。
 剣詩舞の個別振りも考え方はオーケストラと同じで、演者はそれぞれの異なった振りを舞いながら、それでいて全体は調和のとれた動きを見せるのが基本である。従って演者達はその振り付けの目的に対しては一心同体でなければならない。もし一人でも反動的な、またはきわめて未熟な演者(不純分子)が混じれば全体が目茶目茶になってしまう。
 個別振りの具体例として、例えば「花開き花散る」といった詩文を表現する場合、大勢の舞い手がそれぞれ花びらの心で円陣をつくれば、舞台に大きな花を咲かせることが出来、また各自がそれぞれの形で四散すれば、花の散る風情を見せる。さてこの場合演者の数により、5名の花びらと1名の花芯で五弁の花を、またもっと多くの演舞者が二重、三重の円陣をつくれば多弁の花をイメージするように、構成員数も重要な要素になる。但し前項同様、演舞者の数は舞台上の安全を優先して決めるべきである。
 
個別振り
 
 ところで一つの作品を振り付ける場合「揃い振り」を選ぶか「個別振り」を選ぶかという問題がある。例えば“原爆”を扱った詩文の群舞で、大型の爆撃機を表現するのに三人が胴体、左翼、右翼を個別振りで分担し、原爆投下の次の瞬間から三人が揃い振りで被爆者の苦しみを表現するといった「個別振り」と「揃い振り」を合体して効果を上げるケースもある。勿論、後半の被爆者がそれぞれ個別の表現を見せれば、全体が個別振りの作品になることはいう迄もない。
 
群舞振り付けの具体と抽象
 剣詩舞を含めて舞踊一般の表現には「独舞」「群舞」を問わず、振り付け方法として「具体的」に見せるか「抽象的」に見せるかといった区分けがあるが、剣詩舞群舞の場合は更に「揃い振り」か「個別振り」かといった問題を、この振り付けの要素として考えに入れなければならない。
 一般論として“群舞表現の主流は抽象表現にある”といわれるほど舞踊の振り付けには抽象化されているものが多く、これは伝統的な「能」や「歌舞伎舞踊」にも見られることで、例えばそれらの芸能の群舞に「その動作は何を表わしているのか」と疑問を投げかけても、その答えは様式的、または抽象的な表現であることが多い。
 さて話しを戻して、群舞「揃い振り」の振付を考えると、“群”の量感が適当なら、具体的でも抽象的でも、また両者が共存合体しても問題はないが、是非提言したいことは、従来からある独舞用の作品を、そのまま大勢で演舞するのではなく、その量感を計算に入れた「揃い振り」を新たに考えてもらいたい。そうした場合、俗にいう独舞の「当て振り」のような具体表現より、すっきりした抽象表現の振りを多くしたい。
 また群舞「個別振り」の場合を考えてみると、前項の“花”や“爆撃機”の例で述べたように、個人個人は具体的な振りを取り入れることで、より詳細な内容を持たせることができる。従って独舞の場合とは異った具体的表現と、深い表現力を持った抽象的な振りの合体も念頭に置いて創作して欲しい。







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