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吟詠・発声の要点 ■第二十四回
 
2. 各論
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
 
(4)発音=7
子音(その二)
 子音の種類はかなり多い。声帯から唇まで声の通り道の途中で、声がどんな障害物を通過するのか、また次に来る母音とどのようにつながるのか、などの違いによって「摩擦音」とか色々な名前がつけられています。その名称を全部覚える必要はありませんが、特に吟詠にとって重要な子音については、口のどの部分で、どのようにして作られるかを調べた上で、正確な発音の仕方を覚えておきましょう。
子音の種類=付・音節の話
 現代の日本語としてふだん使われる母音、子音は合わせて百十二種類(表参照)で、これは同時に、日本語の発音の最小単位である「音節」(「拍」)も、同じく百十二あることになる(文末※参照)。
 
日本語の音節(拍)一覧
(母音・子音の全種類)
 
 このうち最上段ア〜オまでの母音とヤ〜ヲまでの半母音(ただし「ヲ=uo」の発音は現在では「オ=o」つまり母音と同じに扱われる)については既に勉強した。二段目以下の子音を、その性質別に分けてざっと観ておこう。声が外へ出る途中、口の中でさえぎられ、又は狭められる場所や方法によって、次のように分類されている。吟詠の場合に気をつける点を挙げながら説明する。
 
(1)気音
 ハ行の内、「ハ」「ヘ」「ホ」の発音は気音と言い、声門(声帯がある場所)の摩擦によって作られる。話し言葉では、相手の言葉に相槌(あいづち)を打つ「ハア」のように、最初の「H」(無声音)はさほど意識せず、呼気をやや強めるだけで、声門を摩擦しているという感覚は少ない。吟詠で「白扇(はくせん)。碧天(へきてん)。芳草(ほうそう)」など言葉の頭で特に「ハ、ヘ、ホ」をはっきりと詠いたいときには、舌の奥と上あごの奥(軟口蓋)の間を狭め、腹筋を使って(肩の上下は、やめたい)強めの呼気を出す。Hの父音がしっかり出たことを意識したらすぐにノドの力を抜いて母音に返す。この通り道の間隔を全部閉めてしまうと「カ」になってしまうので注意。
 ハ行の内、「ヒ、フ」は前の三つと少し違い、摩擦音(別項で説明)と呼ばれる。
 
(2)破裂音
 口の中のある場所が唇や舌によって一度は完全に閉じられ、息がそこを突破したときに作られる子音。(1)唇の破裂によるもの、(2)舌の破裂によるもの、の二種に大別される。
(1)唇の破裂によるもの=上下の唇が閉ざされ、それを突破するときに作られる子音。パ行のパピプペポ(父音Pは無声音=声帯が振動しない)と、バ行のバビブベボ(父音bは有声音=声帯が振動する)がある。発音上の注意点は、それぞれの父音を発音する前に、呼気の圧力を高めておくこと、その後すぐに自然な母音の口形の返すこと。特に「ピ、プ」「ビ、ブ」を母音に返したとき、口の中が狭くなったまま発音しないように気をつけたい。
(2)舌の破裂によるもの=息を閉ざす場所が舌と歯茎、舌と上あご、など接点の違いで、微妙に違った音が作られる。五十音表のタ行の「タ、テ、ト」、ダ行の「ダ、デ、ド」と、カ行・ガ行にある全部の音がこれに入る。ただし同じ「ガ行」には二種類あり、「ぎんえい(吟詠)」の「ぎ」は破裂音だが、「れんぎん(連吟)」の「ぎ」は鼻にかかる鼻濁音(別項目で説明)に属する。
 この項での注意事項としては、子音発音上の一般的な事項、つまりどれも父音をしっかり発したあとで舌やノドの緊張を解き、自然な(生み字の)母音に返す、が主で、その他として「テ」の発音で生み字の母音「エ〜」に返したとき、一部地域の人だが「テイ」に近い発音になることがあるので注意。また同じタ行でも「チ、ツ」とダ行「ヂヅ」は舌先を当てる位置が違い、別の種類(破擦音)となる。
※「音節」(または「拍」)について
 詩文を吟じるとき、例えば「鴬」という単語は「ウ、グ、イ、ス」と、かな文字一つを一拍として数え、四拍で詠う。この拍が日本語の発音の最小単位で、「音節」ともいう。一文字一拍の例外として「キャ、キュ、キョ、シャ、シュ、ショ」など拗音(ようおん)と呼ばれる子音があり、これらは二文字を一拍で詠う。例=「去年(きょねん)の今夜(こんや)」は「キョ・ネ・ン・ノ・コ・ン・ヤ」のように「キョ」を一音節で詠う。
 拗音、例えば「キョ」を発音記号では「kyo」と三文字で表されるが、洋楽の歌とか話し言葉ではサラリと流すことが多いのに比べ、吟詠では父音の「k」を強調して詠うようにする。
 
日本漢詩史 第7回
文学博士 榊原静山
平安朝時代の詩壇【その一】
 
嵯峨天皇(七八四〜八四二)まずこの時代の先駆者は嵯峨天皇である。漢学を奨励し唐文化の輸入に努力し、仏教文化の興隆に力を入れ、あるいはまた、書道の達人でもあって、僧空海、橘逸勢とともに、平安時代の三筆と称せられた。詩も巧みで“経国集”“文華秀麗集”に作品が多く残っている。島国日本の小さな風景をいかにも大きな風景に歌い上げた次の詩など、雄大な中国の黄河をも連想させる。
 
江上船
嵯峨天皇
一道長江通手里
一道(いちどう)の長江(ちょうこう)千里(せんり)に通ず(つうず)
漫漫流水漾行船
漫々(まんまん)たる流水行船(りゅうすいこうせん)を漾わす(ただよわす)
風帆遠没虚無裡
風帆(ふうはん)遠く(とおく)没す(ぼっす)虚無(きょむ)の裡(うち)
疑是仙査欲上天
疑う(うたごう)らくは是れ(これ)仙査(せんさ)の天(てん)に上らん(のぼらん)と欲する(ほっする)かと
 
(語釈)仙査・・・仙人の乗っているいかだ。
(通釈)一本の長い河が千里も続いている満々とたたえた水が船を浮かべている。帆かけ船が遠くまで進んでいって遠い彼方に消える、その様子はまるで、仙人の乗ったいかだが天へ上って行くかと思われるようである。
 
有智子内親王(八〇四〜八四七)嵯峨天皇の皇女である。天皇に劣らぬ詩才の持ち主で、十七歳の時、春日山荘で天皇が文人達を集めて詩会を催した際、内親王の詩が天皇の歓喜にあずかり、三品という位を授けられている。
 
有智子内親王
 
春日山荘
有智子内親王
寂寂幽荘山樹裏
寂々(せきせき)たる幽荘山樹(ゆうそうさんじゅ)の裏(うち)
仙輿一降一池塘
仙輿(せんよ)一たび(ひとたび)降る(くだる)一池塘(いちちとう)
棲林孤鳥識春澤
林(はやし)に棲む(すむ)孤鳥(こちょう)春沢(しゅんたく)を識り(しり)
隠澗寒花見日光
澗(たに)に隠るる(かくるる)を寒花日光(かんかにっこう)を見る(みる)
泉聲近報初雷響
泉声(せんせい)近く(ちかく)報じて(ほうじて)初雷(しょらい)響き(ひびき)
山色高晴暮雨行
山色(さんしょく)高く(たかく)晴れて(はれて)暮雨(ぼう)行る(つらなる)
従此更知恩顧渥
此れ(これ)より更(さら)に知る(しる)恩顧(おんこ)の渥き(あつき)を
生涯何以答穹蒼
生涯(しょうがい)何を(なにを)以って(もって)か穹蒼(きゅうそう)に答えん(こたえん)
 
(語釈)仙輿・・・天子の御車。池塘・・・池のほとりの堤、ここでは池のほとりにある春日荘。澗・・・谷間。孤鳥・・・内親王自身のこと。寒花・・・内親王のこと。穹蒼・・・蒼穹と同じで大空、ここでは天子を指す。
(通釈)寂々とした山の木々に囲まれた静かな山荘の池塘に、天子が御車に乗っておでまし下さったことは誠に光栄の至りである。林に棲んでいる孤鳥が春の沢を知り、谷間に隠れて咲いた淋しい花が、日光に照らされたように、孤鳥寒花の私は天恩の深いのに感激している。さてこの山荘は泉の音が近くに聞えて、雷のひびくかと思われるようであり、山上は高く晴れ、麓の方はもやがたなびいている。私はこの後もさらにさらに、君の恩顧、有難さを知り生涯何をもってこの天子の恩情にお答えしたらよいのであろうか――。
 続いて、小野岑守(おののみねもり)、菅原清公(すがわらきよきみ)、滋野貞主(しげのさだぬし)の三人も有名な詩人である。
 
小野岑守(七七八〜八三〇)小野妹子の玄孫で“凌雲集”の選者の一人である。“文華秀麗集”“経国集”にも彼の詩がのせられている。
 
小野岑守
 
菅原清公(七七〇〜八四二)遣唐使について唐にも遊学し、左京亮大学頭式部少輔阿波守、左京右京太夫などの要職につき、“凌雲集”“文華秀麗集”の選者にもなり、自分の“家集”六巻を残している。中国の、州の上源駅で雷にあって詠んだ詩に、
 
州(べんしゅう)上源駅逢雷
菅原清公
雲霞未辞旧 雲霞(うんか)未だ旧を辞せず
梅柳忽逢春 梅柳(ばいりゅう)たちまち春に逢う
不分瓊瑤屑 不分(ふぶん)なり瓊瑤(けいよう)の屑(くず)
来霑旅客巾 来って(きたって)旅客の巾(きん)を霑す(うるおす)を
 
(語釈)州・・・今の河南省で、昔、堯、舜、禹の代、および宋代にも都があったところ。不分・・・不服の意味。
瓊瑤・・・宝石の玉。巾・・・頭の冠および布。
(通釈)雲も霞もまだ冬のままであるのに、雪が積もって木々に白い花を咲かせたようで春が来たようだ。こうして美しい宝石の屑のように花を咲かすのはよいが、そればかりでなく、旅人の巾をぬらし、積もることは不服だ。
 
滋野貞主(七八五〜八五二)勅命を奉じて“経国集”の選者になり、宮内卿、正二位、相模守でもあった。
 これらの人々に続いて有名な小野篁(おののたかむら)が出ている。
 
滋野貞主
 
小野篁(八〇二〜八五二)小野岑守の子で八百三十六年に遣唐使に選ばれたが、乗船のことで大使藤原常嗣と争い、病気をよそおって渡航を拒んだために隠岐の島に流されたが二年ほどで召し還され、刑部大輔蔵人頭を経て参議になった。詩は“経国集”“和漢朗詠集”等にも選ばれているが、むしろ和歌で有名になっている。彼の漢詩には、良いというよりも面白いものが沢山ある。
 
小野篁







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