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2. 各論
吟詠・発声の要点 ■第二十二回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
(4)発音=6
母音から子音へ移る中間的な発音
 母音の勉強の次は子音へ進むが、その前に母音に関連する残された問題として、母音は詩の情感を表す上で、時には明るい響きと暗い響きの母音を使う必要があること。もう一つは母音と子音の合いの子のような発音「半母音」について観察します。
 
疑問符がついた時の発音
 標準的な五母音の発音は一通り卒業したが、これを実際に吟詠で活用する場合には、吟じる詩語の意味と、詩に込められた情感を表現する上で、いつも明瞭な母音ばかりでは、かえって詩情を損ねてしまうことがある。前にも記したとおり、声は人の感情を素直に表現するものだから、よい気分を表すときは明るく透き通り、暗い気持ちのときは沈んだ音色となる。これまでに勉強した明瞭な五母音は、ほとんどの場合が明るい響きを持っているので、吟詠では特に次のようなときには発音に一工夫が必要となる。
(1)疑問を示す「か?」「や?」の前に来る母音=「誰が(たが)家の玉笛か」というような場合、末尾の「か」(「か」は子音だが、カ〜と伸ばした音はアの母音となる=生み字の母音という=)は疑問符の「か」なので、吟者が半ば考えているような、あるいは誰かに問うているような感じを出すため、明るいアでは不自然。普段の会話では語尾を少し上げたりするが、吟ではややぼかした発音にすると同時に、声の響きを上へもっていく。“ややぼかした”というのは、前に掲載した母音の三角図で五母音が、イ、エ、ア、オ、ウの順に並んでいたが、それぞれの隣り合った音との中間的な発音にすること。アで言えばエ、またはオとの中間の音に変えてみる。また“声の響きを上へ”というのは、これも8月号に掲載した母音を発声するときの口内の支点で、アは口の真ん中に響かせるとしていたが、疑問符のときはそれを鼻腔の方へもっていき、頭声に近く、しかも途中で抜くような声の出し方がぴったりするように思われる。これは「か」のほかに「寒梅花を著けし未だし」のときも同じように考えればよい。
(2)詩文の最初が母音で始まるとき
 これはどの場合にも当てはまるわけではないが、吟詠で例えば「あきは、うごく(秋は動く)」と詠うときの「ア」は、明るい「ア」では初秋の夜という、しっとりとした情感を伝えにくい。そうしたとき、幾分「エ」または「オ」に近づけた「ア」の発音で、しかも少し弱く詠いだすと、秋らしい感覚が表現される。この例で分かるとおり、母音は、明るい音・暗い音、または、自分を主張するはっきりとした音と、こもった(内省的な)音などと密接に関連しているから、それぞれの詩情にピッタリした発音を考えなくてはならない。例えば、漢詩にはほとんど出てこないが、「ア!」とか「オ!」という、いわゆる間投詞を音で表すとき、その前後の文脈により、歓喜や感嘆を表す明るい母音であったり、逆に沈んだ感じのぼかした母音の方が適切であったりする。
 
「ワ」の発音は初めに唇を前へ突き出しまるくすぼめる
 
半母音について
 母音の音声はノドで作られた声が唇から外へ出るまで、何にも邪魔されずストレートに発音される、いわば混じり気がない声である。この後で調べる「子音」は舌、歯、唇などの障害物により、声の通りを一旦遮られてから出てくる音なので、障害音とも呼ばれる。
 障害音ほど激しい関門を通過するわけではないが、母音のように全くストレートには出てこない音「ヤ」「ユ」「ヨ」「ワ」は半母音(または半子音)と呼ばれている。
 ヤ、ユ、ヨの三つはア、ウ、オのそれぞれの母音の前に「イ」を発音する舌の形(英語の発音記号では「j」)を作って発声し、素早くア、ウ、オの母音につなげる。吟詠の中で発音するときの注意点は
(1)初めの「イ」の部分を簡略化しすぎると、母音か半母音かの区別がつかず、言葉としての意味が判りにくくなる。
(2)かといって「イ」を強調してヤ、ユ、ヨ、それぞれがイヤ、イエ、イヨのように二音節になってはいけない。(1)と(2)は矛盾するようだが、簡単に言えば、会話で使う半母音よりも、「イ(j)」の部分をいくらか強く発音するように心掛ければよいのではないか。
(3)ヤ、ユ、ヨとも「イ」の口形をしたあと一瞬の内にア、ウ、オの母音の口形に戻すのだが、戻したときの口内、舌、唇などが、前に調べたような、よく共鳴する状態に帰さなくてはならない。
(4)特に「ユ」は初めの「イ」(j)の口形のまま「ウ」の母音へ移行すると口腔内が狭くなったままで口内共鳴を響かすことができず、強く詠おうとすると喉に力が入り、喉声になりやすい。
 また「ワ」を発音するときは、「ア」を発音する前に唇を少し前へつき出してすぼめ、(英語の発音記号では「w」)呼気をやや強めに吐きながら「ア」の発音に移行する。日本語に「ウワーッ、すごい」というようなときのワがあるが、このときの「ワ」はどちらかというと「ア」に近い。吟の中でこれと同じ「ワ」を発音すると意味がとりにくい場合が多いので、必ず唇をいったん前へ出し、すぼめることを意識して発音するようにする。
 
平成十六年度用
今月の詩(1)
 平成十六年度全国吟詠コンクールに採用される指定吟題が、七月末に開催された常任理事会で決まりました。
 【幼年・少年・青年の部】並びに【一般一部・二部・三部】の各一〇題は別表のとおりです。
 本誌では前年同様、今月号から毎月、幼年・少年・青年の部と、一般一・二・三部からそれぞれ一題を選び、財団発行の「アクセント付き漢詩集」に掲載されている詩文、及び簡単な解説を「大意」として掲載します。
 吟詠コンクールを目指す方ばかりでなく、広く吟詠を志している方々の参考になると思われます。
 さらに詳しく勉強される向きには、財団発行「アクセント付き漢詩集」及び「吟剣詩舞道漢詩集」(解説書)絶句編・続絶句編を参照してください。
 
平成十六年度全国吟詠コンクール指定吟題
【幼年・少年・青年の部】
(絶句編)
(1)芳野懐古  梁川 星巌
(2)将に東遊せんとして壁に題す  釈 月性
(3)新涼書を読む  菊池 三渓
(4)元二の安西に使するを送る  王 維
(5)汪倫に贈る  季 白
(6)偶成  朱 熹
 
(続絶句編)
(7)山中の月  薮 孤山
(8)両英雄  徳富 蘇峰
(9)城東の荘に宴す  崔 敏童
(10)天門山を望む  李 白
 
【一般一部・二部・三部】
(絶句編)
(1)山の夜  嵯峨天皇
(2)半夜  良 寛
(3)偶感  西郷 南洲
(4)静夜思  李 白
(5)白楽天の江州司馬に左降せらるるを聞く  元 
(6)春夜  蘇 軾
(続絶句編)
(7)無題  阿倍仲麻呂
(8)母を奉じて嵐山に遊ぶ  頼 山陽
(9)雑詩  王 維
(10)江楼にて感を書す  趙 軾
 
【幼年・少年・青年の部】(絶句編)(1)
芳野懐古
梁川星巌
 
【大意】ここ芳野山の塔尾の陵にきてみれば、昔から今に至るまでのことは、ただ茫茫としてまるで夢のようである。陵の前の石の馬は嘶き(いななき)もせず、ひっそりとして荒れはてたこのありさまは、まことにおいたわしき限りである。ところで、今は春、桜花の季節になったので花の名所のこの山はことごとく真っ白で、ほんとに美しい。さぞかしここに眠りたまう天子(後醍醐天皇)も昨日今日はこの美しい景色に心を慰めたまい、御魂も香ばしくにおっておられることであろう。
 
【一般一部・二部・三部】(絶句編)(1)
山の夜
嵯峨天皇
 
【大意】今夜は久しぶりに宮中から出て山中に宿る。あたりは、まさきのかずらやさるおがせが垂れ下がった木深いところ。心も落ち着き、旅の疲れもあって、ぐっすり眠ったことである。夢がまだ覚めやらず、うとうとしているときに、山鳥のしきりに鳴く声が聞こえて、はや夜明けとなったが、まもなく、なるほどこの家は深い谷川にあるのだ、ということがわかったのである。







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