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吟詠・発声の要点 ◎第二十一回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(4)発音=5
母音の様々な性質
 五つの母音の標準的な発音の仕方を一通り終えましたが、各母音をうまく共鳴させるための工夫と、声の明るい響き、暗い響きについて考えてみましょう。
 
母音の違いによる口腔共鳴を考える
 発音を初めから勉強しようとする人は、五母音それぞれの口、舌の形などの違いを観察し、これをもとに実際に発声練習を繰り返して、ぎこちなさを克服しなければならないが、そのときに各母音について口内のどの辺を意識して発声すれば最もよい共鳴が得られるか、つまり共鳴の支点とでもいう場所を見つけること、これを併せて習得できると効果的である。
 声帯で作られた素の音が「ア」とか「オ」という特別な発音に変わるのは、喉や口内(舌、唇、下顎の落とし方など)の形を変化させることによって、そこを通る声に含まれる倍音(*文末参照)の中の特定な倍音だけが強調されるためだと考えられている。これまでに見てきた口内の形づくりで出来た発声に磨きをかけるための一つの方法として、喉から上がってきた声(音)を、母音の種類によって、口内の主にどこへ響かせるとよい共鳴が得られるか、を意識して身につける。
 五母音のそれぞれを口内で響かせる場所は次のように覚えておくとよい。これを意識することで、それぞれの音が頭声(主として鼻腔共鳴)と胸声(声帯のすぐ上にある喉頭の共鳴を主にした声で、意識としては胸の共鳴)のバランスがとれて、ツヤのある声に近づくものと思われる。もちろん五母音それぞれの口、舌などの基本形をマスターした上でのことだが。
☆「イ」=口腔の上半分、前寄り
(但し、意識としては(イ)の鼻腔にも置くとよい)
☆「エ」=口腔の上半分、やや奥寄り
☆「ア」=口腔の中心
☆「オ」=口腔のうしろ半分、やや下寄り
☆「ウ」=口腔の前半分、やや下寄り
 
5母音を発声するときの口内の(意識の)支点
 
 なお、高い音域で母音を発声するときは、五母音とも軟口蓋(上あごの奥のほう)から鼻腔の方へ支点を移すような気持ちで発声すると、喉に余分な力が入りにくくなる。
 
明るい母音、暗い母音
 言葉は、話す人の意思や感情を伝えるためのものとして発達した。言葉を形づくる音声そのものにも意思や表情が現れる。人間の感情が微妙で多岐にわたっているのと同じように、それを表現する音声・言葉の表情は無限にあると言ってよい。吟じる詩の内容と吟者の感覚が、よく訓練された発声・発音技術に裏打ちされた表現と一致したときに、初めて「聴く人の心を打つ詩情表現ができた」といわれる。
 音声が持つ表情の中の、目立った違いの一つに、明るい声か、暗い声か、ということがある。この講座、音階の項で記したが、吟詠の音階は「短調」の部類で、長調に比べてやや物哀しく、詠嘆的な旋律といえる。吟題に出てくる詩文も短調に似つかわしい内容が多い。したがって吟詠で使われる声は、明るさを強調しないほうがしっくりする。幼年・少年の吟詠を思い出していただこう。ここで善悪を言うわけではない。傾向として、童謡や小学唱歌と同じような明るい発音で詠われることが多い。これは発声器官の形、発音技術と、人生経験の多寡などが、そうさせるのであろうが、詩文の内容からすれば、どうかな? と思わせる。
 青年、一般の部くらいの年齢になると、その傾向は減るが、よく聴いてみると、五母音のうちの一つだけが、他に比べてやけに明るく発音されていたりする。ことに「ア」と「エ」が目立つようだ。原因を詳しく知るとなると、倍音に関する勉強などが出てきて、ややこしい。直し方を簡単に言えば、開けすぎている口を少し閉じ気味に変えたり、上下の歯を見せすぎるような形を、唇で少し覆うことで調整することができる。いずれにしても五つの母音は同じような音色で発音されると、安定した吟詠となる。
 

(*)倍音について=人が話す声や歌声、またいろんな楽器の音などは、「一つの音」として聞こえるが、どれも実際には違った振動数を持つ複数の音が混ざり合っている。そのうちの最少振動数を持った音を基音、そのほかを上音という。振動数が基音に対して整数倍の関係にある音を整数倍音といい、殆どの音階などは整数倍音の上にできている。一つの音に含まれる倍音の種類と、それらの強弱関係が音や声の性質に大きく関わっているといわれる。







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