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吟詠・発声の要点 ◎第十九回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
 
2. 各論
(4)発音=3
(五つの母音続き)
 「イ」から始めた母音の発音、今回は「エ」と「ア」を観察します。発音の初歩は口や舌などの形から入りますが、一旦かたちを覚えたら、無理の無い共鳴を伴った声を出すため、喉や舌根に力を入れずに発音するにはどうするか、という大事なポイントを考えなければなりません。
 
【写真1】「エ」の口形
 
【図1】母音の三角図
口の形と五母音の関連(再掲)
 
 
2、「エ」
 
 【写真1】は「エ」を発音しているときの口形である。母音の三角図(【図1】=再掲)で、先に観察した「イ」と比べると、口は縦にやや長くなり、横の広がりは狭くなることが判る。また口の中(【写真2】)で、舌山の形は「イ」の場合ほど先端が上がらず、コンモリと盛り上がっているが、下あごを少し下げた分だけ声の通り道が広い。舌の先端に力は入れない。言い換えると、口と舌の形が「イ」よりも自然に近く、力まずに声を出せる発音だということができる。
 
【写真2】「エ」の口腔内
 
 注意しなくてはならないのは、一般に「エ」といわれる音は、思ったより幅広い領域を持っていること。脱力してポカンと開けた口から出る「ア」に近い音から、口を横に広げすぎて、殊更「エ」を強調する音。また、方言の関係で舌の先を少し上げすぎた「イ」に近い音、洋楽の影響を受け、口を「ア」に近く楕円形に開いて舌の形で「エ」をつくる発音など様々である。
 これらの内、まず改めたいのは「イ」に近い音で、例えば「節物は怱々として〜」「能州の月を賦して〜」など「テ」を伸ばしたときに続く「エ」が「イ」に近くなる音である。東北地方で時折聞かれるほか、関西の一部でもこの傾向がみられる。これを直すためには、上げすぎている舌の先から力を抜き、下あごをほんの少し落とせばよい。しかし地域ぐるみでこの病にかかっていると、指導的立場の人自身も気づかず、他の人を矯正することができないということが問題で、もしそのままコンクールなどに出れば、正しくない発音として減点の対象となり得る。
 口、舌が脱力した状態で、しかもしっかりとした腹式呼吸から発声すれば理想的な口腔共鳴が得られるはずだ。洋楽のように、口を「ア」に近く開けたときはどうか。口を大きく開けた分を、舌の中央にミゾを作るような角度で「エ」の音を造る。この発音の長所は口腔共鳴を目いっぱい活かせること。ただし、吟詠の「エ」は洋楽にくらべ、口をかなり横へ開いたときの音が一般的なので、普段はあまり使われない。
 
3、「ア」
 
 「ア」は五母音のなかでも標準となる発音。というのは発声練習で、ごく自然に声を出すと、ほぼ間違いなく「ア〜」と歌い出すくらい、意識せずにできる発音である。
 先の「イ」「エ」の口の形をさらに縦長に開け(【図2】)、舌山は前も奥もほぼ平ら(【写真3】)のX線写真では、舌の奥が少し上がっているが、この形をつくることにより呼気を鼻腔へ送り、なめらかな声を作る助けをしている。
 一見、何の苦もなく作れる音のようだが、かなりの人が陥っている落とし穴がある。それは、口の開けすぎだ。特にアゴを引きすぎて大きく開けると、喉の空気の通り道は狭くなり、舌根に力が入るため、硬く、響きのない声となってしまう。「はっきりと発音しなさい」と言われ、口のまわりの筋肉を駆使して、顔が変形するくらい一生懸命練習する人を見かけるが、顔の表情は程ほどに力を抜き、穏やかな笑顔となる位が適切である。
 口を少しずつ大きく開いていき、舌を自由に動かすことができ、あくびが出る一歩手前の形で、気道が狭くならない時点を「ア」の適切な口形と決めていただきたい。アゴは引くというより、下に落とす感じが良い。
 
【図2】「ア」の口形図
(音楽の友社刊「発声の技巧とその活用法」から引用)
 
【写真3】「ア」の口腔内







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