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 それでは、なぜ、“良い魚・美味な魚”を「悪い魚」にして、男だけにしか食べられないようにするのであろうか。
 
(3)ヤミの小型船
 
(4)イトバヤット島の船と坂の下の波止場
(ロープで上へと引き上げる)
 
(5)バタン島の小型ボート
 
(6)バブヤン島の中型船
 
 蘭嶼のヤミ族も属するフィリピンと台湾の国境地帯にあるバタニック・グループの島々では、多かれ少なかれ魚分類が行われていて、特に、フィリピン側ではそれをもとにそれぞれの町が最高小売り価格を設定している。これは、魚を「良い魚」と「悪い魚」に分け、「良い魚」を上(A)と下(B)に分けるものである。この分類に、どの魚が入るかは、漁獲高と漁法、臭さで分けられ、それぞれその港、漁場の立地条件で違っているようである。しかし、どの町でも共通することは、「悪い魚」というものは特に臭い魚で、船を陸に揚げる仕事を手伝ったお礼にやってしまう、それほど価値のない種類の魚である。そのため、ある島では最高級のクラスに属する飛び魚は、別の島では「良い魚」のBクラスに分類されたり、「悪い魚」に属するとても臭い魚もその味の良さで「良い魚」のBクラスに入れられたりする場合もある。
 フィリピン側のバタニック・グループに属する他の島々では、魚は、「良い魚A」、「良い魚B」と「悪い魚」で分類されるが、蘭嶼では「悪い魚」、「真の魚」、「老人の魚」という分類名称がついてだいぶ違うのはなぜなのであろうか。ここで、考えられることは、この魚の分類が、バタニック・グループ全体に共通のことであるが、海に出た時に使う「海ことば/沖ことば」と陸に上がり普段の生活をする時に使う「陸ことば」の使い分けに影響されているのではないかということである。特に、この魚分類と関係があり、特徴として考えられることは、「海ことば/沖ことば」では、逆表現を多用していたということである。たとえば、“とても大きい”を“大きくない”と言ったり、“とてもおいしい”は“おいしくない”、“わかっていない、知らない”を“知っている”と言ったりする手法である。これは、彼らが畏怖している霊−アニトがすぐそばで聞いていて、それを聞いてヤミの人々に対して悪さをしないようにと考え出した方法なのである。すなわち、“良い”と思っているものは、口では“悪い”といって、アニトがそれに天邪鬼的に反応して“悪く”しないようにしようとする考え方である。これを前述の魚分類に当てはめてみると、うまく解釈ができるようである。生活の中で、一番重要で、おいしいシイラとかサワラのような魚を「悪い魚」、「臭い魚」として取り扱い、それも普段は、男だけが食べる臭い種類としてアニトに勘違いをさせるが、実際は、危険な海に出る男と一世一代の大仕事である出産の時に女性が食べられる種類の魚なのである。
 以上のように、元々は、バタニック・グループ共通の「良い魚A」、「良い魚B」と「悪い魚」の魚の種類分けを、ヤミでは、ことば忌みから「良い魚A」を「悪い魚・臭い魚」に、「良い魚B」を「真の魚」に、そして、本当の臭い「悪い魚」を「老人の魚」に分類した。特に、「悪い」という魚分類の重要な判断材料である「臭い」という基準を普段は、男だけが食べる「悪い魚」の特徴として、また、危険を多く伴う漁に出かける大黒柱の男をこの臭い魚を食べる臭い存在として、アニトも寄りつかないようにしようと考え、ヤミの人たちは、演技をして、日々の生活を送っているのである。この一つの現れが、この魚分類であり、このような分類基準は、その他に奇妙なほど厳格に守っている食事の竈、皿、道具の使い分けなどにも見られるのである。
・・・〈静岡大学人文学部教授〉







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