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自然と文化 75号

 事業名 観光資源の保護思想の普及高揚
 団体名 日本ナショナルトラスト  


地下式住居の成立・・・乾 尚彦
穴を掘って住む
 一八一七年七月、米代川は連日の降雨のため洪水となる。このとき、小勝田(おがた)(現在の秋田県北秋田郡鷹巣町小ヶ田)では、川ばたの畑地がくずれおち、そこから古い家がそっくりそのまま出現するという事件が起きた。家の形、出土した民具とも珍しく、当時の人々の関心を集め、いくつかの記録が残されている。(図(1))
 この家は、平安時代中後期の大洪水で埋もれたものとされている。古代の家の全貌がわかる稀有な例であるばかりでなく、そこに示された住宅のかたちは、現在見られる中世から近世にかけての住宅遺構、絵画等に描かれた古代の住まいとも大きく異なるものであった。まず、なによりも注目すべきは、四尺におよぶ深い竪穴である。洪水ですっぽり土砂に埋もれたというのも、この低く構える家のつくり方に由来している。竪穴住居は縄文・弥生時代には普遍的であり、それが辺境の秋田に平安時代まで残っていたことはそれほど驚愕すべきことではないかもしれない。しかし、周壁で囲われた掘りくぼめた庭を設け、それに面して家を建てるなど、通常の竪穴とは異なるもので、竪穴住居の一つの発展型とみなすべきであろう。
 一般的に、穴を掘って、それによって作られた垂直面を壁面またはその一部とする竪穴住居は、寒冷地に適応するための住まいである。土は熱容量が高く、気密性の高い家ができるので、厳しい冬を乗り切るのに適している。日本では、湿度の高い暑い夏があるため、建築技術が高くなるとこうした竪穴住居は姿を消していくことになるが、水はけがよく寒冷地であれば、かなり南方でもこうした住居は根強く使われてきた。典型的なのは、深い竪穴を掘る台湾山地のアタヤル族の住まいであろう。(図(2))
 
図(1)秋田県小勝田(現小ヶ田)の埋没家屋(一八一七年)
平田篤胤が岡見知康の記録を一八二一年に写し取ったもの
(平田篤胤『皇国度制考』)
 
 
図(2)台湾アタヤル族の住居
断面図
(千々岩助太郎一九六〇『台湾高砂族の住家』丸善10P)
 
 ヤミ族の住まいも、敷地を掘りくぼめて家を建てる。掘りくぼめた前庭トラントウッドを設けるところなど、秋田の埋没家屋と同様である。しかし、竪穴住居をつくる目的は防寒のためではなかった。冬、北からの季節風が吹くころは、蘭嶼も夜は冷え込み、とくに衣服の乏しい時代には、風を避ける暖かい家が望ましかった。しかし、同様の気象条件であっても、高床で竹壁の家をつくる民族も珍しくはない。この程度の寒さでは、炉があれば竪穴にする必要はないのである。蘭嶼で竪穴住居がつくられたのは、毎年数回訪れる台風の強襲に耐えるためで、そのために竪穴を掘り、棟高の低い家をつくったのである。ヤミ族の住まいは、防寒を目的とした竪穴住居とは根本的に異なるものである点には注意が必要だ。
 しかし、同様に台風の常襲する地域であっても、こうした深い竪穴住居はつくられてこなかった。蘭嶼のように湿潤で気温の高い地域につくられた竪穴住居というのは、世界でも珍しい存在なのである。なぜヤミ族だけが、このような特異な住まいのかたちを創出したのだろうか。その疑問について考える前に、もう少しヤミ族の住まいの構成についてみておくことにしよう。
 
季節ですみわける住まい
 ヤミ族の家は、実際にはいくつかの建物で構成されている。敷地を掘りくぼめて建てられる地下式の住居はバアイと呼ばれ、住まいの中心となる主屋であるが、その他に副屋マカラン、涼み台タガカルと呼ばれる建物などが附随するのが通例である。
 
(1)扇状地に造られた集落
(イヴァリヌ村)
 
(2)住まいの構成
(イヴァリヌ村)
 
(3)建設中のニジンジン
入口が三つ、トモクが一つある住宅 (イヴァリヌ村)
 
 蘭嶼の山は急峻で、海岸線には多くの岩が屹立している。山から流れる河川は扇状地をつくるが、その先は、他の海岸線とは異なり、砂浜になっている。ヤミ族は、この砂浜を船が発着する港とし、それに近い扇状地の上に集落をつくってきた。((1))このような立地条件から、台風は集落を直撃することになる。主屋は、この強風の被害を避けるために地下式の住居とし、屋根は山と海を結ぶ線に対して棟が直交するように配置された。切妻の屋根で風を受け流すには、この向きが適しているのである。((2)(3))
 それに対して、副屋や涼み台の屋根は、主屋と異なり、棟が海と山を結ぶ軸線に沿うように配置されている。副屋は、台風に備えて低く作られ、周囲は石積みの壁で囲われているが、妻側(海側)に開けられた開口部からの風が室内にはいるようにデザインされている。外観からはわかりにくいが、内部は高床建築となっていて、就寝や食事を含めて、主屋を補う機能を持っている。涼み台は、固定された壁を設けない小さな高床の建物で、風通しがよく、猛暑の時も快適な日陰の空間となり、食事、就寝、団欒、接客等に使われる。台風の被害を受けても容易に修理のできる建築である。
 高温で湿潤な夏、地下式の主屋の内部は堪え難い暑さになる。そこで、ヤミ族は、このように一つの敷地に複数の建物をつくり、季節によって住み分けをすることで気候の変化に対処してきたのである。就寝、食事は、冬は主屋、夏は副屋や涼み台でおこなわれる。夏の家と冬の家をつくる例は極寒の地ではしばしばみられるが、南方ではやはり珍しい形式である。







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