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建鼓 鳴り響く宇宙軸・・・杉浦康平
 一本の心柱が朋太鼓を貫き、鼓面を中空に持ちあげる。
 白鳥、華蓋、羽葆(流蘇)、そして龍や虎の姿が周囲を飾る。
 古代中国で生みだされた特異な太鼓、建鼓の響きが物語るものは何か・・・?
 
杉浦康平[レイアウト]―佐藤篤司+島田薫
 
はじめに・・・
■激しく打ち鳴らされる太鼓の響き。その響きは波動となって眼に見えぬ大気をうねらせ、世界を打ち震わせて、私たちの全身をも包みこみます。太鼓の響きは、人びとの心の奥深くに眠る、原初のざわめきを呼び醒ます。そのざわめきに力をあたえ、渦巻かせて、激しいエクスタシーへとむかわせます。
■古代から、太鼓の響き・太鼓の形は、呪術信仰と結びつく。太鼓は儀礼の場で打ち鳴らされ、神聖視されていました。その響きはただならぬ霊力を秘めたものとして、カミを迎え、タマシイを招き、人びとの祈りを捧げるために、叩き継がれています。強烈な打撃音は、ときに天空の雷鳴を呼び醒まし、稲妻を光らせ雨を招いて、この地上に豊穣の気をもたらします。
■太鼓の打撃音、その律動は、なによりもまず人体に潜む「心臓の鼓動」と響きあう。人間の心臓の鼓動は、誕生以来絶えることのない律動を打ちつづけ、「人体の中の太鼓」として、いのちの根源を形づくっています。
■考えてみると、人体にはもう一つの太鼓が潜んでいます。それは耳の中にある「鼓膜」です。英語でも「イヤー・ドラム」と呼ばれてその名に鼓をもっている。直径九ミリ、厚さわずか〇・一ミリ。円盤の形をしたごく小さな器官です。
 この直径九ミリの左・右二つの小さな鼓膜が、原子の一個分ほどの振幅、つまり一ミリの一千万分の一という幽かな振動をすることで、人間がとらえうるあらゆる聴覚現象を感じとるといわれています。
 生命の脈動を打ちつづける心臓の太鼓。世界の響きを聴きつづける耳の中のもう一つの太鼓。人間と太鼓は、このように、生命誕生の瞬間から、深く結びついていたのです。
■ここではアジアに古くから存在する大太鼓、中国や韓国に現存する「建鼓」という風変わりな太鼓を取りあげて、古代の太鼓がその形、その打撃音で示した特異な象徴性、壮大な宇宙性を見てゆきたいと思います。
■中国には、周の時代から、「建鼓」と呼ばれる大きな太鼓がありました。今から三千年以上遡る、古代のことです。空中に持ちあげられた太鼓。華麗な飾りものが上部に乗っています。一本の心柱が太鼓を支え、太鼓を貫いて天に向かって伸びあがっているからです。古代のものは、二メートル近い高さをもつ。想像を超えた、奇妙な形の太鼓です。
 よく似た太鼓が、韓国にも現存しています。
■垂直に伸びた心柱。一本の心柱に貫ぬかれたこの太鼓は、天と地を結んで聳えたつ巨大な樹木、「宇宙樹」を象徴しています。さらにこの心柱には「生命の樹」のイメージが重ねられ、あるいは、この太鼓の全体が「宇宙山」を模すものだと考えられています。
 
[1]さまざまな「建鼓」、奇異な姿・・・
■まず最初に、現存する「建鼓」を紹介しましょう。現代の建鼓は、中国においては儒教の祖、孔子を祀る「孔子廟の祭礼」で打ち鳴らされる。これは北京の紫禁宮に残されていた、現代に伝わる建鼓の姿です→(4)。台湾に現存する建鼓もこれとよく似た姿を見せています。
■建鼓の最大の特徴は、「空中に浮く太鼓」ということです。一本の柱が太鼓の中心を貫いている。そして、太鼓の胴を空中に持ちあげている。世界でも珍しい太鼓です。
■「鼓」という文字の、甲骨文と金文を見てみましょう→(2)。約三千五百年前の文字の形です。偏は建鼓のような中空に浮く太鼓であり、上部に飾りが乗せられています。旁の方は、撥と、鼓面を叩く人の手であることが判ります。撥を持って中空に浮かぶ太鼓を叩く形。この文字の形は、建鼓のような太鼓が三千五百年前の殷の時代や周の時代から用いられていた・・・ということを示しています。
■さて、建鼓の細部を見てみましょう。頂上には、「一羽の鳥」が羽ばたいている。太鼓の上部は、ふっくらとした「天蓋(てんがい)」で覆われている。「華蓋(かがい)」と呼ばれる飾りものです。四方に伸びた棟木。その先端に現われた妖しげな動物は、「龍の首」だといわれています。龍の口からは長い薬玉が垂れ下がる。五彩の色を織りこんだ、「流蘇(りゅうそ)」と呼ばれる玉飾りです。「蘇」という文字は、蘇生の蘇。「蘇える、生気を保つ・・・」という意味があります。太鼓の鼓面には上昇し下降して「渦巻き動く」、双龍の姿が描かれています。さらに柱の基壇には四匹の獣がうずくまる。ライオン、あるいは犬とも見えますが、後で説明するように、「四方位を向いて座る虎」の姿です。
 
(1)
―北京・紫禁宮の太和殿の軒下に勢揃いした中国雅楽の楽器群。
建鼓は向って右から三番目、編鐘のとなりに立ちあがる。清代の『光緒帝・大婚図』より。
 
(2)
―「鼓」字の金文(上)、
甲骨文(下)とその読み解き。
(白川静『字統』による)
 
(3)―韓国、国楽院で保存されている「建鼓」。
60ページの(6)参照
 
■韓国で奏せられる「国楽」、つまり「雅楽」を演奏する楽器群にも、建鼓が残されています。韓国に現存する建鼓の姿。二メートルを超える高さをもつ→(3)。
■これは祖先霊を祀る「宗廟楽」を奉納する情景を描いた、屏風絵に見られる建鼓の姿です→(5)(6)。中国から伝来した雅楽に、韓国独自の国楽を加えて演奏される。今日なおしっかりと伝承されています。宗廟楽を演奏する数多くの楽器が、前庭の外側に一列に並ぶ。建鼓はほぼ中央に据えられて、ひときわ高く聳えたっています。
■韓国の建鼓も、一本の柱に貫かれて、「中空に浮いている」。柱の上には「鳥」が羽ばたき「龍の首」が四方に伸び、「流蘇」が下がり鼓面には「渦」が印されて、四匹の「虎」が柱と太鼓を取り囲んでいる。獣たち、聖獣の存在は、中国のものと一致しています。
■近世の音楽書に載せられた、版木に刻まれた建鼓の図も見ておきましょう。左側が中国、右側が韓国のもの→(7)。ともに近世の建鼓です。二つの建鼓の大きなデザインは一致していますが、少し異なる点もある。左側の中国や台湾の建鼓は、太鼓の上を覆うものは天蓋ですが、右側の韓国のものは大小の箱が乗っています。ともに、「華蓋」と呼ばれる飾りです。
■さてここで、これまでにみた建鼓のデザインを要約してみましょう。大きな太鼓を、「一本の柱」が垂直に貫いている。「鳥」と「龍」、さらに「虎」などの聖獣が、この柱をとり囲む。太鼓の上には「華蓋」が乗っている。龍の首が四方に伸び、その口から、五つの色を織りこんだ流蘇が垂れ下がる。太鼓の鼓面には「渦巻くもの」が描かれている。
 過剰な装飾。そして鳥・龍・虎などの聖獣の登場・・・。これらの意匠は、じつは、太鼓の強い打撃音を響かせるためには不必要なものだと思われます。なぜこのような過剰なデザインで建鼓を飾らねばならないのか。その理由をいくつかの研究を参考にしながら、私なりに解き明かしてみたいと思います。







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