サービス業としての劇場経営
V-i 安心して行ける劇場
客席の五段階分類は今日の公演でもあまり変わらないが、価格設定については、最安と最高の席の差がおよそ八〜一〇倍で、四等・三等・二等と上等になるに従って倍々に価格が上がる仕組みである。これほど大きな差を付けてランク分けしている公演は現在ではちょっと聞いたことがない。この差は椅子席とベンチ席との差でもあり、その割合は三対二である。席数でいえば、三対二だが、収入面では八五パーセント近くを、一、二階が占めている。それは、全国民的に広く開放された劇場を目指していた証といえる。
(23)帝劇一階大広門
(24)帝劇の座席番号表
(25)大理石で装飾された切符売場
それと共に大切と考えられていたことは、誰でも安心して行ける劇場、分かりやすい観劇であった。都市の中心から追い出されたような古い習慣に則った旦那衆感覚の文化でなく、健全な娯楽の場として親しまれるために、新時代の生活感覚に合ったサービスの転換が必要だった。劇場立地が江戸の面影を留める場所でない、いわば再開発地区にあり、しかもこれまでにないオフィス街とそこに通う職業人がいたことがそれを後押しした。
帝国劇場は、切符制の採用(茶屋出方制の廃止)による料金の明示、幕間時間の短縮、開演・終演時間の確定等を行うことで誰もが気兼ねなく安心していける観劇を提供した。また、マチネでは夜公演の半額で独自の演目を提供し、気軽に劇場に足を運べる機会を作り出したのである。後に影響を与えたこうした運営面での改革は、経営陣に演劇界の人が誰もいなかったという理由以上に、鉄道(西野恵之助専務)、や百貨店(高橋義雄顧問)といった二〇世紀に躍進する新しいサービス業を経験したリーダーたちの力によるところが大きい。彼らは、消費経済の主役が都市に住む新しい中産階級であること、そこに従来の芝居見物や購買行動に代わる新しい娯楽性の芽生えがあることを予感していた。欲しいものを買い物に行くのでなく、買い物に出掛けてから欲しいものを探すといった消費行動、イメージが消費を喚起するという視点から様々な工夫を考案したのだった。そのために劇場は清潔で安心して行ける場所、夢を与えてくれる場所である必要があった。
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