はじめに
学びをめぐる時代背景
学校完全週5日制の実施から2年。これまで学校に通っていた土曜日を子どもたちはどのように過ごしているのだろうか。友達と一緒に遊ぶ子ども、習い事や塾に通う子ども、家族と共に過ごす子ども。いままでと違う時間の過ごし方に、子どもも大人もようやく慣れ始めたようだ。子どもが地域で過ごす時間が確実に長くなっている一方、その受け皿とも言うべき地域社会は、長年教育の機能や責任を学校だけに求めすぎた結果、社会全体で子どもを育てるという風潮が薄れ、学びの場としての機能を失いかけている。
学びは豊かさの象徴
一方そうした時代の要請に応じ、自ら学びをつくり出そうという市民やNPOの取り組みが全国で始まっている。これらの動きに共通するのは、「学び」の概念を従来の狭義の枠組みから解き放ち、学校・地域・家庭の3つの担い手によってバランスよく機能させようとする点である。いつでも誰でも、学びたいときに学ぶことができる、物質的に満たされた今の日本にとって、そんな環境こそ、新しい豊さの象徴といえる。
もうひとつの学び舎
もうひとつの学び舎は、「子どもがデザインする子どもの学び」を合言葉に子ども一人ひとりを「小さな大人」と捉え、自ら楽しみ、つくり出す能動的な学びに取り組んでいる。
また奈良の地域特性を生かしたプログラムに重点を置き、自分たちの暮らす社会に関心を持ち、積極的に関わることができる市民を育てることをめざしている。
学びによる地域再生
また学び舎では、地域で活動するNPOが、専門家や大学・研究機関等とパートナーシップを組むことで、多様な学びをつくり出している。今まで埋もれていた「学びの資源」を掘り起こし、つないでいくことで、再び地域に「教育力」を蘇らせ、市民参画型の社会を実現したいと願っている。
■奈良の鹿プロジェクト
奈良の鹿プロジェクトは、奈良公園の鹿やそのまわりの自然や生き物を観察し、人間も含めた生態系について考えるプロジェクトである。今年は季節ごとの鹿の様子の違いをポイントに、子どもたちが考えたそれぞれの研究テーマに沿ってフィールドワークを行った。
行き先は子ども次第
活動は毎回、鹿マップを見ながら自分たちでその日のフィールドワークを計画することから始まる。みんな口々に見たいもの、行きたいポイントを出し合う。調査したいものがあるときは、どこに行けばそれが見られるかを自分たちで相談し、行き先を決める。
例えば雨の日に鹿の行動をじっくり観察するときは、「雨の日は木の下で雨宿りをしているはずだから、木の多いところに行ってみよう」というように。
スタッフは、子どもが決めたルートに従ってひたすら追いかけ、サポートするのが役割である。
もっと野生の鹿を求めて
何回目かの活動で、「奈良公園の鹿は野生かどうか?」という疑問が出てきた。すごく人に慣れているけど、柵があるわけでもないし、いったいどっちだ?ということで「もっと野生の」鹿を求めて大台ケ原まで行くことになった。
大台ケ原は奈良・三重・和歌山にまたがる吉野熊野国立公園の中にあり、その中でも特別保護地域に指定されている文字通り「大自然」。ここまでくれば間違いなく野生の鹿がいるに違いないと期待する一方、野生の鹿ならめったに人前に姿を現さないのでは、とかすかな不安を抱えたまま山道に入っていった。しかしそんな子どもたちの心配とは裏腹に、実際には山のあちこちで鹿の群れと遭遇することができた。ビジターセンターで専門家の方に話を聞くと、ここ何十年かで鹿の数が増えすぎ、樹皮を鹿に食べられたトウヒの森が倒木だらけの殺風景な山に変わってしまった、とのこと。いままで鹿を保護する立場を取ってきた子どもたちも、鹿による生態系への深刻な被害を目の当たりにして、少し複雑な表情だった。
寄り道は発見の王様
鹿の鳴き声を調べに行くつもりで出かけたのに、途中で見つけたセミの抜け殻やフンコロガシに興味が移り、急遽フンコロガシ調査に変更、ということも学び舎ではよくある。面白いものがあったらどんどん寄り道をする、すると今まで見落としていたいろんなものが見えてくる。そして新しい発見をすると、みんなに自慢したくなるもの。他のチームがどんな発見をしたかを毎回報告し合うのもフィールドワークの楽しみの1つである。
関心から関わりへ
2003年度も終盤を迎えた頃、誰からともなく「いままで調べたことを一度全部まとめてみたい」という提案が出された。どんな方法がいいかしばらく考え、鹿新聞作りをすることになった。さっそく年齢構成バラバラの2チームに分かれ、記事にする内容や役割分担を話し合った。その結果、鹿に対する注意事項や鹿にまつわるヒミツなど、1年間のプロジェクトで経験し、考えてきたことを自分たちの言葉で伝えることにした。メインターゲットは鹿のことをあまり知らない観光客。果たして読んでもらえるだろうか。
まず1つめのチームは鹿寄せや鹿の体について調べた新聞を発行することになった。
鹿寄せはホルンの音色に合わせて何百頭の鹿を呼び寄せる行事。直前の活動で見学に行ったため、印象が強かったようだ。鹿の体についてはこれまでに調査をしたデータを元にイラストを使って説明した。
もうひとチームは鹿の鳴き声や奈良公園内のヒミツの場所について取材したパンフレットをつくった。
3回の活動でようやく完成し、最後の日にみんなで観光客に配りに行った。あいにく当日は激しい雨が降る寒い一日。観光案内所や駅に行き、新聞を置いてもらえるように交渉したり、通りがかりの観光客に一人ひとり説明しながら手渡す姿に、1年間の成長の様子が現れていた。
子どもがデザインする学び
■食べたいものをつくるプロジェクト
「フライドポテトが食べたい」
「じゃあ、じゃが芋を畑で育てよう」
食べたいものをただ調理するだけではなく、その食材を種から畑で育てる。
食農体験である「食べたいものをつくるプロジェクト」は、こうして畑からはじまった。
「食べたいもの」、そして「育てたいもの」を考えよう
おたがいを知り合う時間を取ったあと、みんなで自由な発想で食べたいものや育てたいものを出しあう。いろいろ出てきたメニューの中から、相談して、オリジナル白菜ドレッシングサラダ、天ぷら、フライドポテト、大福もち、手打ちソバに決定。
次に材料。天ぷらにはじゃが芋・人参・大根・春菊・ホウレン草・小麦粉・片栗粉・油・塩、手打ちソバにはソバ・カツオ節・昆布・ネギ。この中から、これから畑で育てることができるものを選び、栽培計画を立てた。
農場にて、農作業開始
子どもたちは、目標を持って農作業に臨んだ。最初の種まきは、「大きくて元気な野菜を育てたい」と丁寧に作業をしていった。育てるものによって種のまき方からちがう。「ソバはパラパラまくが、じゃが芋はあなをほって植える」。そばの種まきやカボチャの苗植えなどは、昨年度から来ている子どもが教えてくれたので、みんなで作業した。暑い中「しんどい」と言いながらも、交代しながら最後までやりとげることができた。
楽しみもあった。たくさんのいきものに出会う。ハチを見つけては悲鳴を上げたり、カエルが出てきたら歓声をあげ、手のひらに乗せて見つめたり、土に触れていのちに出会う。そんなふれあいから、できるだけいのちのつながりを断ち切らない自然農を目指して育てていくことを確かめあった。
畑の手入れに集まると、一目散に畑のようすを見に行く子どもたち。「芽が出ている」「花が咲いた!」と作物の成長に大喜び。大根やにんじんの間引きに、慎重に苗を決め、そっと間引く。そのけなげな成長に「これも持って帰って食べられるかな」。長い期間、手をかけて育てなければ食べられない作物を丁寧に、そして意欲を持って育てている姿が見られた。
作物の苗が草に負けないように草刈り作業を続けていると、子どもたちは草にもいろんな種類があることに気づく。「これは野菜みたいやけどちがう」「この草は抜きにくい!」いろんな発見をしながらの作業。子どもたちがカヤツリグサを見つけたので、カヤをつくる遊びを教えると、あっという間にたくさんの草の中からカヤを見分け、抜いてはカヤを作って遊んでいた。
いよいよ収穫
緊張と期待の面持ちで、さっそく収穫。人参を一本抜いては「大きい!」「みじかい」「根が足みたいに分かれている」と歓声をあげる。「ネギは中がぬるぬるしている」「春菊の茎はまん中にワタみたいな白いものが入っていた」と観察も細やかで、一つひとつの野菜に発見がある。
調理、そして「いただきます!」
調理をするのも子どもたちが主役。たくさんの野菜の中から「サラダにホウレン草を入れようか?」「人参はどれぐらい使う?」「どうやって切る?」と、楽しそうに真剣に、自分たちで決めながら調理し、完成した料理は格別おいしいようで、あっという間に食べ終えてしまった。人参を食べられなかった子が人参を包丁で切り、天ぷらにして「あまい」と食べていた。ホウレン草が苦手だった子が、新鮮だから、と生のままサラダに入れて食べた。
食べものを種から育てて味わう活動の中で、子どもたちにもいろんな発見や変化があった。
その子どもたちの声
「野菜を作るには長い道のりがある」「しんどかったけど、とってもおいしかった」これまでつくって楽しかった。またつくりたい」
ボランティアより
私自身、種から食べたい野菜を育てることは初めてで、どの作業も新鮮で発見があり、子ども達と同じ視点で活動することができた。特にそば作りでは、子どもたちが自然と分担して自分の仕事をしっかりとやり遂げる姿からこのプロジェクトで得た力強さ、粘り強さを感じた。
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