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■集落の地名
・三島川沿いの地区には、下川・新田・大沼・下道といった地形に応じた名がついている。地区の人たち(中高年)は、地図上で消えてしまった地名・屋号(おのおの家に屋号がある)を日常使っているが、世代変わるにしたがって薄れてきている。
集落内の住戸単位(5〜6戸位)の境界。集落の境界に祀ってある魔よけ。綱つりと言われている。(さんだわら・竜(蛇)大きなぞうりを半分作り、大きな強い人がいることをアピールし、よそ者が近づかない様にしている。)姿を消す日も近い。
生活文化の衰退
■機能的な景親
・昭和30年〜40年頃までは、田んぼの近くに掘り井戸があり7.8月になると海からの季節風を利用し風車にて水を汲んでいました。(写真の様に白くはなく木材そのままの素朴なものでした。)当時は、水田の基盤整備がされてなく緩やかに曲がった農道沿いには、自然に沿った水路が設けられメダカ、小鮒、ナマズ、ウナギの稚魚(いそっぴと呼んでいた)など多くの生き物がいました。現在は基盤整備がされ、用水はパイプラインになり蛇口をひねれば水が出るようになっています。緩やかに曲がった農道から見えた風車は、営みとして機能的な風景でありました。しかし、現在においては当時をしのぶレプリカです。
※景相・・・人・自然・文化が一体となったまとまりのある景色
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