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 一服のお茶を点ててもてなす時、相手へのねぎらいや感謝、そして自然や万物への畏敬の念が、作法にそって交じわされる言葉に込められている茶道の心こそ失いかけた心であり、取り戻さなければならない心でもあると痛感した結果の実施でありました。これを俗に言うところの逆転の発想とでも言うのでしょうか。平成5年度を境に、入所児童が大きく減少したことから保育室にゆとりが生じたのです。このままでは、単に物置となっていく懸念がしたので、思いきって和室に、それもお茶が出来る様な設備をもつ部屋にしようと考え、最小限度の費用で仕上げるよう工夫したのです。
 手洗い場は簀の子を置いて水屋に変身、畳を敷き詰め、間仕切りの為に障子を建て付け、かつての黒板はベニヤ板で覆い、壁紙をはるとすっかり和室の雰囲気が漂う部屋になりました。つくばいをしつらえたり照明を取り替えたりと年毎に茶室らしくなっていきました。現在1か月に2回のお稽古を行っています。子どもたちにとってみれば、ままごと遊びの延長程度にとらえているようです。だから楽しいのでしょうか。それともお菓子の魅力なのでしょうか。
 放課後児童の茶道教室の発想も、学童たちが与えてくれたヒントでありました。事業の位置づけは地域子育て支援センターの事業の一環として実施することにしました。年齢の枠を超えて、たくましく成長できる良好で安全な放課後の居場所として、保育所の機能の拡大とともに、こうして茶道の心にふれながら、人間としてのわきまえの基本を次第に身につけながら成長して欲しいと願います。これこそ、次世代育成支援を具体化した一つの姿と認識しながら実施しているところです。
 本来ならば子どもは家庭や地域の中で育ち、大人へと向かっていくものです。しかし、今は親が子育てを学ぶ時代へと変わってきています。親の自分育ても含めて、受容され、共感され、いやされる機会と場が求められていることが、園内で開催するお茶会、講座、コンサート等の積極的な参加の姿に見てとれます。在園児の保護者だけではなく、放課後児童の保護者までもが顔を見せていただけるようになりました。
 また、そうした機会には近くに住む高齢者の方へも誘いをかけています。本園は、通りから階段を上った場所にあるので、自分の力で歩いて来れる方に限られてしまいましたが、子育て講演会やコンサートにしても、とても喜んで参加してもらっています。終了後の茶話会には子育ての体験や人生の苦労話など、若い母親にとってみれば、生きた体験をサラリと話す高齢者の方々のエネルギーに力と勇気を貰っている様子。このような状況からしても、母親と高齢者の世代間交流が大いに求められていることを強く感じています。育児世代の育てる芽を引き出すきっかけとして大切な一時です。
 こうした流れと共に、小学生の様子を聞きつけた中学生までもが、足繁く立ち寄るようになってきました。何人かグループで訪れ、職員室や支援センター室で学校のいろいろな出来事を報告したり、保育園児のころの思い出を語ったりと、しばらくの時間を過ごして帰宅するといったパターンの中に、ある時、大変な事を教えてくれました。
 それはAという女子中学生のことでした。Aが急に登校しなくなったいう内容でした。Aもやはり本園の卒園児です。原因は何か分からないが、いじめがあることをチラリと話してくれたのです。はたしてそれが事実であるかどうか定かには解らないが、Aを誘ってくるようにすすめたのです。それから幾日か経過した、とある日、なんと一緒に立ち寄ってくれたのです。ひとこと、ふたことしか話さないAに「いつでもいいから一緒においで」と誘ってみました。その時、どのような返事が返ってきたかは殆ど記憶にありませんが、夕方、それこそいつもの仲間が帰宅した後、ポツンと一人玄関に立っていたのです。
 そうした日が何日か続いた後、冬休みに入りすっかり姿を見せなくなったのです。暮れも押し迫った30日の夕方、事務所の掃除を済ませホッとしていた時、母親と二人で訪れたのでした。あわてて招き入れたあと、母親からの第一声は「冬休みがおわったら学校へ行くそうです」とうれしそうな声、Aが両手でしっかり抱えていたのは母親の実家から届けられたという、つきたてのお餅でした。返事以外、何も話そうとしなかったAの表情にはかすかな笑みをうかべていました。
 驚くほどの早さで立ち直ったAの原因は一体何だったのでしょうか。何の手立てもなく音楽を聴いたり、園児の名札を書いてもらったりしただけなのに。中学の卒業式には、堂々と将来の希望を述べていたAには以前のおもかげは微塵もなく、輝くばかりでした。「女性自衛官になります」と力強く宣言したAの希望が叶える事を願っています。Aの母親も不安定な一時期を過ごしていたといいます。あの時、他の中学生が立ち寄っていなければ、今の結果は期待することは出来なかったことでしょう。中学生の雑談のなかから一つの大きなきっかけが生まれた一例です。
 紹介した幾つかの具体例のほかに、まだまだ多くの事例が発生しています。特に、学校が完全週休2日になった昨年度から、より多くの小中学生が訪れる様になりました。休日保育の手伝いにきたり、園児たちと一緒に遊んでくれる光景は嬉しいことでもある反面、園の行事など忙しくしている時は、通常の時間より早く帰宅してもらうことがあります。こうした子どもたちは何を求めて保育園くるのかと思いをめぐらすと、幼少の頃、通った保育園、職員もみななじんだ人たちがいる。だまっていても通じる世界がある。つまり、受け入れてくれる居場所を求めているのだと痛感します。園の沿革にも述べていたとおり、子どもたちを取り巻く社会環境、家庭環境は、その殆どが観光事業従事と言っても過言ではありません。そうした中にあって、学校の休日は、家庭の中で一人ぼっちになる日でもあります。「お手伝いに来ました」と口実を言って、園内にあがる為の了解を乞う子どもたちを大変いとおしく思います。
 1保育園、1学校の地域であればこそ芽生える心情なのでしょうか。子どもたちは、保育園を甘えが通じる場として認識しているかのように思われます。そして、甘えながら何かを学びとっているかもしれません。
 保育園にあって、乳幼児の生活の場を見たり関わったりする中で、自分より弱い立場にある乳幼児の危うい動きにおもわず手を差し伸べる心の動き、こうした体験の積み重ねこそ未来の「親」を育てることにもなると確信しています。
 平成15年7月、「次世代育成支援対策推進法」が成立し、地方公共団体や企業における計画的な取り組みの施策として大きく打ち出されました。また、これを受ける形で、理念や具体的施策についての報告書も引き続いて出されました。
 「保育所の子育ての専門性を活かす観点から、保育所が地域の子育てを支え、助ける存在として地域に開かれたものとなると共に、家庭の子育て力の低下を踏まえ、ソーシャルワークの機能を発揮していく事が必要」とあります。
 これは、保育所の持つ機能が評価され、社会的にも中心的役割として位置づけられたものと受け止めたいと思います。
 少子化対策を柱とした国の施策は、その解決策として、保育の分野に様々な取り組みが求められてきました。この放課後児童の取り組みも紛れもなくそのひとつであると理解しています。
 時代の流れは子育て支援の総合的観点において、次世代育成支援対策へと広がりを見せています。社会連帯による子どもと子育て家庭の育成、自立支援、として新たな構築をめざしています。この施策を保育所において具体化しようとする時、どのような内容を取り組んでいけるのか、またどのような取り組みを期待されているのか、総合的に理解するにはこれからの研鑽が必要と感じています。
 40年も前、地域の声によって立ち上げられ、地域と共に歩んできた保育園として揺るぎない信頼関係でつながっているだけに、何かの形で地域を支えていく機能を蓄積し、地域に還元していくという事を基本におき、保育園運営に携わって来ました。
 保育園の施設や人を通じて、地域の方々に何か出来ることがあればどんな些細なことでもお返ししていこうと心掛け、また、地域の一員として仲間に入り、会合や地域の親睦会など積極的に参加しています。
 地域の中の保育園の位置づけは高く、今やなくてはならない存在になっていると自負しています。これも、40年という歴史の重みでしょうか。とにかく、地域内のいろいろな方の訪問が多くなりました。婦人会、老人会、はたまた人間関係に悩む母親の相談など、持ち込まれる問題も多様です。これもまた、保育園を頼りにしてもらっているという喜びもありますが、保育園独自で処理し解決できる限界にも直面しています。これまでにも、その都度に問題提起を折り込んできましたが、ここで、本園の活動を通して見い出された問題を提起してみたいと思います。
 
〈待機児童と過疎地の問題の両極〉
 同じ日本にあって、待機児童対策に奮闘する地方と深刻な定員割れを余儀なくされる地方とでは、同じ「保育」を語るにも相容れないものを感じます。
 ことに、全国大会などで多数の参加者から聞くそれぞれの園の実態や活動の姿からしで、入所定員をしっかり充足していることが前提にあり、それが基盤となってのいろいろの実践活動であります。入所児童を確保しようにもどうすることも出来ない現実の中で、いかなる活動を展開していくか、そして、いかに運営上補っていくかいつも気をもんでいます。過疎地の保育問題をもっとクローズアップして欲しいものです。
 今年で6回目を迎えるという全国過疎地サミットが、当地雲仙で開催されました。全国へ呼びかけたにもかかわらず、出席はわずか120名程度でありました。日本の殆どでまだ深刻に受け止められていない事が伺えます。過疎による保育問題も同時進行で対応していくべきではないかと思っています。さまざまな活動の活性化も、住民がいて子どもたちがいればこそ成り立つことを実感しているところです。
 
〈子育てにかかわる経済的負担〉
 子育てにかかわる経済的負担については絶えず提起されている問題ですが、保育の根底に拘わることとして訴え続ける必要があります。
 
〈今後、保育の将来はどのような方向へ進んでいくのでしょうか〉
 次世代育成支援対策推進法と同時に、児童福祉法、少子化社会対策基本法が成立しました。併せて、平成12年度を初年度とする新エンゼルプランも16年度をもって終了することとなると言われています。
 また、総合規制改革会議や、経済財政諮問会議等が推進する保育所の見直しにおいては、21世紀に向けた保育所の役割と責任が示されました。幼稚園と保育園の一体化の問題、給食室の問題などすべて経済効率の観点を最優先に論議されています。
 保育の将来とともに子どもたちの未来を保障するものになるのでしょうか。
 
〈おわりに〉
 保育にかかわる者の一人として大きな不安がよぎります。人創りは国家百年の大計と言われています。私たちは「保育」を通して未来の国家の礎を築いていっていることを忘れてはならないと思っています。国が目指す施策が百年の大計につながることを強く求めるものです。







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