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保育所における
地域活動・放課後児童の保育
―特別保育実践講座―
執筆者一覧
巷野悟郎 日本保育園保健協議会 会長
こどもの城小児保健クリニック 小児科医
 
荻須隆雄 埼玉県立大学教授
 
海和宏子 山形県・キンダー保育園 園長
 
森谷幸司 福島県・梨花の里保育園 園長
 
横山峰子 群馬県・笠懸北保育園児童館こじかクラブ 館長
 
森田倫代 横浜市・きらら保育園 園長
 
上野佐知子 富山県・速川保育園速川児童館 指導員
 
原 範子 石川県・小丸山保育園チャイルドケアハウス小丸山 主任
 
伊藤義明 京都府・登り保育園 園長
 
金子寿重子 長崎県・雲仙保育園 園長
 
林田照子 宮崎県・ゆりかご保育園 園長
 
中野兵衛 鹿児島県・御所保育園 園長
 
序文
 近年、保育需要はますます多様化し、保育所は地域住民のニーズに対応すべく努力しています。その一環として、「保育所地域活動事業」「放課後児童の保育」という保育サービスに取り組む保育所が増えてきました。
 保育所における地域活動は、保育所が保育需要に積極的に対応するとともに、地域の社会資源として保育に関する専門的機能を地域住民のために活用するものです。老人福祉施設等への訪問・地域のお年寄りとの交流などの世代間交流、卒園児や地域の児童との共同活動をする異年齢児交流、地域の乳幼児をもつ保護者への育児講座などが行われています。これらは、まさに「地域に開かれた保育所の活動」として評価されるべきものでしょう。
 放課後児童の保育は、いわゆる「学童保育」として従来から児童館等で実施されてきましたが、保育所においても小学校低学年児童の受入れを行うところが増えてきました。保育所を卒園しても「保育に欠ける」状況にある子どもには放課後の保育が必要です。
 本書では、これらの地域活動や放課後児童の保育を実施しているモデル的な保育所を選び、その実践例を収録しています。すでにこれらの事業をしている園も、これから取組もうとしている園も参考になることと思います。多くの保育関係者に読まれ、保育所保育の向上に資することができれば幸いです。
 本書は、日本財団の助成事業として出版されたものです。財団が、保育所保育の重要性をご理解くださり、本書発刊のために多大の補助をしてくださったことに対して、心から感謝いたします。
 
I. 保育所における地域活動・放課後児童の保育
こどもの城小児保健クリニック小児科医
巷野 悟郎
1 保育所を地域に開放
(1)在宅児への開放
 全国の0歳児から6歳児までの乳幼児の人口は約820万人です。そのうち保育園児は192万人で、3歳から6歳までを対象とした幼稚園児は176万人です。従って在宅児はおよそ450万人で、その殆どは0歳から3歳以下、しかも近年は一人っ子が多く、また核家族ですから、親が積極的に外に出ない限り、家庭内の子育てで時が過ぎていくというような環境です。このような親子が近くにある保育園での子ども集団に加わることは、子どもの心やからだの発達にとって大変大きな力となります。そこで保育園が一週間に何日か、或いは何時間か、そのような親子に開放することは、専業主婦にとって大変大きな力になるでしょう。近年子育て支援の一環として、このような運動を実行している保育園もあります。
 この場合問題となるのは本来の保育園の保育に支障をきたさないか、たとえ受け入れるとしても子どもの病気を持ち込まないだろうか、集団の中で見慣れない子どもが加わったとき、園児にどのような影響があるかなどです。しかし毎日朝から夕方まで同じ集団の中にいるのですから、見慣れない子どもが加わることが、子ども達の気持ちに何か新鮮な刺激があるのではないかと思います。
 在宅児の参入が集団に与える影響は、むしろそれが普通の生活とも言えましょう。普通に子どもが街の中で生活しているときには、いろいろな人がいます。行きかう人の多くは初めての人であり、遊園地に行けば全く知らない子どもが身近にいます。在宅児の側からすれば園児は知らない子どもばかりです。だから集団にも驚きがあるかもしれないけれど、それが体験であり、集団に慣れる第一歩でしょうし、園児の側にしても毎日同じ子どもとの遊びの中に見知らぬ子どもが入ることは世界を広くしていく一つのきっかけになるでしょう。園と家庭との話し合いによって、日や時間を決めて、近くの親子を受け入れてみることも、平板な園生活によい影響を及ぼすのではないかと考えます。
 
(2)親子の集まりの場(サロン・サークルなど)
 在宅の親子がお互いに楽しい時を過ごすことは、お互いの子どもの刺激になるばかりでなく、親にとっては共通の話題でうちとけることでしょう。これがサロンで、何々をするという目的ではなく、ちょうど昔、日向ぼっこをしながら隣近所の人と世間話をするような雰囲気です。このようなとき普段心配していた子育てのちょっとした問題も話題となり、話し合っているうちにいつの間にかそれが安心へと変わって、育児への自信を積み重ねていく機会でもあります。それはサロンで何をしなければならないということがないからこそ出来ることです。
 一方サークルでは何々を勉強しましょうということで、同じ気もちを持ったお母さん方が子どもを連れて集まるところです。それは気心の知れた人たちが集まって、一つ一つ知識を重ねていこうという場合が多いので、ときにはそれに参入できないお母さんもいます。しかしそれもそれなりにお母さんの勉強になるのですから、このようなサークル活動も、身近な保育園が取り入れてくれれば、お母さん方にとってずいぶんと助かります。これらはいずれも保育園の空き部屋などを利用して行なわれているようです。
 このようなことで保育園が身近なものとして感じられるようになり、お母さんが勤めに出るようになったとき、その保育園がわが子の子育ての場となることがあるようです。
 
(3)親教育の場として
 在園児の親ばかりでなく、在宅児の親を対象として、育児講習会が行なわれています。働く母親のためには夜間か休日ということになりますが、在宅のお母さんも含めると、土曜日の午後などが多いようです。保育士と園児の親と、普段顔見知りでない在宅の親と一緒になって勉強することは、それを機会に親たちが交流して輪が広がり、保育園を中心とした地域の中で、道であったときに挨拶をするようになります。これが在宅の親の子育てに自信をつけていくことになるようです。自宅での孤独な育児が、こうやって明るい見通しをもち、いざというときには何とかなるという気持ちを湧き立たせていきます。
 
(4)親業の実習の場として
 保育園では、園児の親を対象とした子育てに関係するいろいろな実習が催されています。離乳食のつくり方、入浴のさせ方、衣服の着せ方、救急処置など、園児が家庭に帰ってからの親の子育てに関係するポイントです。殊に近頃は家庭で離乳食や幼児食を手作りすることが少なくなったようで、これがファストフード、レトルト食品という形となり、食が単調になってきました。そこで保育園では食のつくり方をはじめとして、食への関心を持たせてあげようということです。このことは在宅の親にとっても全く同じことなので、園が実習講座をするときは、いろいろな違いがあります。子育て中の親にも参加をつのったらどうでしょうか。また実際にそのようなことをしているところがあり、親たちから大変喜ばれていると言います。園児の親にしても、普段街中で見る近くの親と面識を持つ大変よい機会です。これらのことを通じて近くの人たちとの交流が始まり、それが保育園を中心として広がっていくことは、子育てばかりではなく日常生活にとっても違う輪が広がっていくことになるでしょう。
 講演会を聞く雰囲気と違う実習の場では、お互いに会話が進んでいくものです。そこでお互いの結びつきができれば、何かの時に心強い友人となりましょう。
 
(5)園庭・空室利用
 近頃は待機児童をどうするかという問題があります。それと反対に園児の減少で空き室がある園もあります。それに対していろいろな利用もありますが、園庭は地域の子ども達に遊びの場として利用させて欲しいと思います。また子どものためばかりでなく大人、お年寄りにとっても格好な場でしょう。近頃大人が趣味で集まったり、お茶のみ友だちが集まって語らうなど、お年寄り福祉としてそのような場が求められています。子ども達の集団のそばで、子ども達の声、雰囲気を感じながら大人たちのくつろぎの場があればと思います。園での経営の問題や責任の所在など問題があると思いますが、それらが解決できれば、ぜひとも空き室を積極的に地域のために開放していただければと思います。
 
(6)卒園児の集まり(同窓会)
 6歳になると小学校に入学して、夫々が散っていきます。小学校・中学校ではその後同窓会で集まる機会がありますが、保育園では必ずしも同窓会が行なわれていないようです。しかし自分が育った保育園は一生忘れることはできないでしょう。そして当時一緒だった友達が同じ街の中で生活しているのであれば、大人になっても親しい友人として付き合いがありますが、次第に各地に散ってしまうので、卒園後は一同が集まる機会はなかなかありません。実際に卒園後毎年同窓会を行なっている人たちに聞いてみると、小学校の頃は同じ保育園の友達が多いので特に集まることはないけれど、それからは友だちがなつかしくなり、地元の卒園児が中心となって同窓会を開いているようです。
 0歳、1歳、2歳の頃は、大きくなってから何も覚えていないけれど、それでも乳児保育を卒園した園児が毎年同窓会を開いているというグループがあります。当時のことは覚えていないけれど、ある時一緒に一日中生活していたということが、心の結びつきとなるようです。そしてやがて自分の子どもをその保育園に入れるということがあります。このようにして保育園が卒園児の故郷と感じるようになれば、保育園は大変大きな役割を果たしているということになります。
 
(7)近隣のお年寄りと園児の交流の場
 お年寄りといってもいつでも誰でも訪問されても困るので、住所・氏名・年齢などを登録しておいて、日や時間を決めて訪れてもらいます。おじいちゃんやおばあちゃんによって、幼若児や年長児、男児、女児などの組み合わせがありましょう。年長児であれば昔からの手遊びがあります。竹や木片などを使って工作などがあるでしょう。年寄りが日向ぼっこをしながら孫とお話をした風景が思い出されるでしょう。おばあちゃんが女の子にお人形を作ってみせる、折り紙をするなど。お年寄りにしてみれば昔を思い出す楽しいひと時でしょう。
 園児側にすれば、いつも元気な保育士さんと違った雰囲気の人との交流は生活を広げ、手や顔にしわのある人、声や喋り方が違う、動作がゆっくりしている人など、いつもの保育士とは違う人から、いろいろな人がいるということを知るでしょう。そして保育士がこのようなお年寄りをいたわる姿を見て、そこにもいろいろなことを感じるに違いありません。普段の保育所の生活でも孤独な家庭の生活でも、お年寄りの存在にふれる機会は少ないと思います。お年寄りをいたわるという気持ちも、お年寄りにふれることで初めて経験されることです。家で祖父母と同居している子どもはこのようなことは経験していることですが、核家族では保育園が意識してその機会を作ってあげたいものです。
 
(8)近隣の小学校の児童と園児の交流の場
 園児とお年寄りと触れ合いのときを持つのと同じように、小学校児童が保育園を訪れて子ども達と遊ぶ機会を持ちたいと思います。小学校ではこれを計画して、特定の日時に何人かずつ訪問するのはどうでしょうか。ゆとりの授業ということで用意されている土曜日など、これには好都合です。一人っ子の多い時代では、赤ちゃんに触れることの機会はありません。触れないまでも身近に赤ちゃんの便を見たり、乳を飲んでいる様子を観察することは、殊に低学年の児童にとっては驚きに近いかもしれません。乳を吐いた赤ちゃんを見て驚きの声をあげた子がいました。「あなたも昔はこんなに小さかったのよ」という言葉で、子ども達はきっと何かを学ぶと思います。弱いものをいたわる気持ちはこのようなことから芽生えていくでしょう。







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