日本財団 図書館


保育時評
やさしさや思いやりを育てる保育
秋吉ひとみ
 稲穂が金色に輝き、秋風にキラキラゆれる十月、園庭では運動会の練習を楽しそうにしている子どもたちの声が青空に響き渡り、なんとなく幸せを感じています。
 私の保育園は、大分県のほぼ中心部に位置し、人口約一六〇〇〇人、山々に囲まれ清流が流れ、蛍やカニ、いろいろな生き物にふれあえる自然環境も整ったのどかな町です。そんなのどかな町でも、子どもたちを取りまく環境の変化は著しく、少子化や核家族化は進む一方なのです。
 十年程前の冬のことです、一日の保育をほぼ終え、午後五時三十分から、迎えの遅くなる子どもたちを集めての一斉保育の時でした。部屋の中を歩き回っていた未満児の子が転んで泣いていると、「先生、泣き声がうるさい」とヒステリックな声で保育士に訴える四歳児。「小さい子は、お話ができないから泣くのよ。そんなこわい顔しないで」と言っても、よくわからない様子。自分より年下の子を見たことのない子、大人の中だけで育ち、自己中心的な考えを持つ子、そのために自分の思いが受け入れられないと“キレて”乱暴になり、物を投げたり友だちを突き飛ばし、かんしゃくを起すことさえあります。
 人に対して、やさしさや思いやりをもてる子に育てるには、どうすればよいのか。何度となく繰り返される職員会議。そんな中で横わりの保育から、二・三・四・五歳児の縦わりの保育を始めたのです。最初は戸惑いを見せていた子どもも次第に慣れ、兄弟、姉妹で日々の園生活を送れることにより、泣く子も少くなりました。保育園に来ているというよりは、家にいるような生活環境の中で、年上の子どもは、年下の子どもをいたわる姿が見れるようになったのです。
 ある時、オモチャの取り合いになった二歳児を、四歳のお兄ちゃんが「人のを取ったらダメなんだよ。貸してって言うの」とけんかの仲裁に入る子。手の届かない所にあるオモチャを取ってあげる子。そんなほほえましい姿をたくさん目にするようになりました。
 そんな子どもたちの姿が、私たち保育士の一番の楽しみになっている、今日この頃です。
(大分県狭間町・宮田保育園 主任保育士)
 
 
 
この十年、日本保育協会への熱い思い
上村 一
 
 
 「子どもを守る総決起大会」の記事を読んで、その日大きな役割を演じられた方々の顔を思い浮かべながら、深い感慨を覚えたのである。日本武道館に八〇〇〇人もの保育関係者が集まるという集会は、私の理事長の時代には考えられなかったことである。子供の立場などを無視した規制緩和や補助金の整理などの提言が続いて、日本の保育を高めるために働き続けてきた保育者が危機感を深めてきたことが、このように大きな熱のこもった大会を開かざるを得ないことになったのである。しかし保育の世界の逆風を粉砕するだけのエネルギーがなければ、このような見事な行事を展開することは出来ない筈である。
 日本保育協会は社団法人として誕生し、後に社会福祉法人に組織変更した沿革がある。社団法人の場合その会員は社団の活動の当事者そのものである。このすばらしい大会もそういう沿革と長い法人の歴史の中で培われた活力が背景にある。保育所は児童福祉施設の中で最も社会的な性格の強いものであるから、時代の動きや社会の変化にまともに影響を受ける。私が理事長を勤めた二十二年の間にもいつも何か課題があった。そしてその課題に対応しながら日本保育協会とその会員は視野を広げ、問題を的確に受け止め力を付けてきた。
 特にこの十年、日本の経済にとって失われた歳月は、日本保育協会にとっては試練に鍛えられた歳月であった。わが国のバブルの発生とその崩壊には無縁の保育所が、長期の不況に講じようとする施策の挑戦をまともに受けて、その対応に大きなエネルギーを使わざるを得なかった十年であった。わが国の経済は平成二年をピークに坂を転がるように長期不況に入り、平成五年の総選挙で自由民主党が過半数を割り、下野するというショックの中で、これまで続いてきた仕組みを根本的に見直そうという動きが活発になった。この新しい潮流を代表する言葉が「規制緩和」と「地方分権」である。「経済改革研究会」の「規制緩和に関する中間報告」では、経済的規制は「原則自由、例外規制」を、社会的規制は「自己責任を原則に」最小限とし、「福祉」の分野も聖域でないと述べた。
 福祉の世界でもこれまでの仕組みを変える動きが始まった。「これからの保育所懇談会」は、「多様化する保育ニーズに適切に対応できるよう、各種の保育サービスの選択肢を用意してその周知を図るとともに、人々がサービスを利用しやすい方法を工夫していくことが必要である」と説き、平成六年の「二十一世紀福祉ビジョン」や「厚生白書」では保育の仕組みを多様化し、弾力化するために、事業所内の保育施設の充実や民間保育サービスの健全育成を図る施策の具体的な展開が強調された。平成六年度の全国保育所理事長・所長研修会では、「保育は誰のために存在するか」という問いを掲げて、プログラムの中に多様化した保育企業の方々によるシンポジウムを組み込んだ。
 平成十年の夏の初め、中央社会福祉審議会の社会福祉構造改革分科会の中間のとりまとめが公表され、わが協会などの団体に意見を求められた。この取りまとめは、現在の社会福祉諸制度の枠組みでは、少子・高齢化、家庭機能の変化、低経済成長への移行、人々の社会福祉制度への期待に十分こたえていくことは難しいと考え、改革の理念として「サービスの利用者と提供者との間に対等の関係を確立する」ことや「利用者の幅広い需要にこたえるためにはさまざまなサービスが必要であることから、それぞれの主体の性格、役割等を配慮しつつ多様なサービス提供主体の参入を促進する」ことなどを理念に掲げた。
 同じころ内閣総理大臣森さんの決裁で「少子化への対応を考える有識者会議」が設けられ、同会議は平成十年暮れに「夢ある家庭づくりや子育てができる社会を築くために」という提言をし、この提言を実施に移していく中心的な役割を担う場として、内閣総理大臣主催の下に国民会議が設けられた。私は日本保育協会理事長という肩書きで、二十六人の委員の一人として参加した。
 新しい世紀に入った平成十三年四月、小泉さんが内閣総理大臣に就任されてからこれまでとは違う動きが出てきた。それは長期の停滞の出口が見えず景気の回復を要望する声がさらに強くなってきた上、長期の停滞の根本には戦後変わらない行政や経済の仕組みが基礎から疲労して、構造改革をするのでなければわが国の将来はないと考えられたからである。そして政治の方向は後者に傾斜していき、その方向を支持する財界人や経済学者を主なメンバーとする審議会が一方的に意見をまとめ、迎合するジャーナリズムがそれらの意見を丸呑みに応援して、批判をする立場を抵抗勢力と決め付けるに至って事柄が紛糾してきたのである。私はそう思う。経済財政諮問会議や地方分権改革推進会議といういわゆる大物審議会が保育所についてもっぱら経済的な理由だけで提言がされており、それには部外者にとってよく分からない、なんとなく共同謀議めいたものを感ずる。そのうちで一番煩わしかったのは、総合規制改革会議で、平成十三年七月に「福祉・保育等の分野」について中間的な取りまとめの案を示し、それについて関係各省と協議に入る一方で関係団体の意見を聴きたいと、保育の問題でわが協会が指名された。
 今回は協会の会員が現場からの意見を披露することがよかろう、保育の現場の経験を重ね、協会の研修会で保育の理論等についても体得した会員が多いので、これは十分に説得力があると考えた。同年八月二十七日の作戦会議では、民間の立場で申し上げたい項目に絞って議論した。ヒヤリングに出席する保育所長さんや主任保育士さんの中にはこの種の会議に出て意見を述べ、質問にも答えることについてうまくいくかどうか心配された方もいたが、九月二十日に内閣府で開かれた総合規制改革会議での説明は堂々たるものがあった。「子供を中心に据えた議論をしていただきたいこと」、「児童福祉法が改正され、既存の保育所のよりよい変革が期待されている中で、この変革推進の評価もしないまま、認可保育所が機能しないから、民間企業参入を促進すれば万事うまくいくという論法ははなはだ失礼」、「民間保育所にお任せ下さい」など歯に衣着せないで申し上げた。その堂々と筋の通った説明に大方の委員は頷いておられたという。私も嬉しくて、そのことを翌十月に福島県で開いたその年度の全国保育所理事長・所長研修会の冒頭の挨拶で披露したほどである。残念ながら総合規制会議の頑なな態度は変らなかった。この種の会議はどうしても過激な意見を述べる委員によって引っ張られる傾向がある。
 しかしこういう経験の積み重ねが協会の会員の問題意識を高め行動力を強くしていく。過ぎ去った歳月の上に不惑を迎えた日本保育協会の未来がある。
(母子愛育会会長・元日本保育協会理事長)
 
 
 
 
―かいせつ―
予算
平成十六年度保育関係予算について
―概算要求決まる―
厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課
 平成十六年度厚生労働省予算概算要求が八月末に決定しました。
 一般会計の概算要求総額は、二十兆二、一五四億円と前年度に比べて四・三%の増となっています。
 平成十六年度の雇用均等・児童家庭局の概算要求は、急速な少子化の進行等を踏まえ、次代の社会を担う子どもが健やかに生まれ、かつ育成される環境を図る「次世代育成支援」に重点的に取り組むこととしています。
 このため子育て家庭支援対策の充実を図るとともに、多様な保育サービスの推進、子育てに配慮した働き方の改革、児童虐待防止対策・母子家庭等への自立への支援、母子保健対策など各種の施策を総合的に推進することとしています。
 なお、平成十五年度税制改正に関連した「少子化対策の施策」に要する経費(国と地方を通じて二、五〇〇億円の枠内)については、児童手当支給対象年齢の見直しのほか、地域における子育て支援事業等について、事項として要求し、予想編成過程で検討します。
 児童福祉関係予算については前年度予算に比べ、四三九億円増の一兆七五三億円(四・三%)を要求しています。
 このうち、保育対策関係予算の概算要求の総額は、五、一三六億円、十五年度と比べ二三四億円(四・八%)の増額となっており、多様な子育てニーズに対応するため、新エンゼルプランを積極的に推進するとともに、保育所の待機児童ゼロ作戦の推進を図ることとしています。また、日本保育協会に助成する保育所保育士研修等事業費については、五千万円の要求になっています。
 
1 保育所の待機児童ゼロ作戦の推進
 保育所等への受入れ児童数を平成十六年度までに十五万人分拡大する等とする待機児童ゼロ作戦の推進を図るため、必要な保育所運営費や施設整備費の確保を行うとともに、特定保育事業や家庭的保育事業などの関連施策を実施し、待機児童解消のための施策を推進する。
(1)保育所の受入児童数の増大
 待機児童ゼロ作戦を推進するため、新エンゼルプランと合わせて保育所の受入れ児童数を二百万人から二百四万五千人の四・五万人増加させる。
 また、保育所緊急整備として、新エンゼルプランに基づく多機能保育所等の整備及び保育所受入れ児童数の増大を図るための整備を推進する。
・保育所運営費 一四五億円
・保育所緊急整備 一九四億円
(2)特定保育事業
 親の就労形態の多様化(パート就労の増大等)に伴う子どもの保育需要の変化に対応するため、週に2、3日程度、又は午前か午後のみ必要に応じて柔軟に利用できる保育サービスを行う。
・対象児童数一一、一〇〇人
・十四億九、二〇〇万円
(3)送迎保育ステーション試行事業
 駅前等の利便性の高い場所に送迎保育ステーションを整備し、保育所への送迎サービスを実施。
・一億一〇〇万円
(4)駅前保育サービス提供施設等設置促進事業
 駅前等の利便性の高い場所に保育サービス提供施設を設置するための環境改善等に必要な準備経費を助成。
・私立施設の余裕教室等を改修し、保育サービス提供施設を設置する場合も補助対象とする。
・六千万円
(5)認可化移行促進事業
・一億二、八〇〇万円
(6)家庭的保育事業
・六億一、四〇〇万円
 
2 必要なときに利用できる多様な保育サービスの整備
 多様な保育需要に対応するため、新エンゼルプラン等の着実な推進を図る。
(1)延長保育
 保育所の開所時間を越えて実施。
・一一、五〇〇か所→一三、五〇〇か所
・三二一億八、六〇〇万円
(2)休日保育
 就労形態の多様化に鑑み、日曜・祝日を含め年間を通じて実施。
・五〇〇か所→七五〇か所
・三億八、一〇〇万円
(3)乳児保育促進事業
 乳児の年度途中入所の需要等に応え、乳児保育の推進を図るため、乳児保育のための保育士の加配を行う乳児保育促進事業については、補助か所数確保のため、補助対象期間を六か月から三か月に重点化。
・二、三一〇か所
・八億六、五〇〇万円
 
3 在宅の乳幼児を含めた子育て支援の推進
 地域における子育て家庭の支援や、緊急的・一時的な保育の推進等を図る。
(1)地域子育て支援センター
 地域における子育て家庭を支援するため、育児相談や子育てサークルの支援等を実施。
・二、七〇〇か所→三、〇〇〇か所
・五十億三、五〇〇万円
(2)一時保育促進事業
 専業主婦家庭等の育児疲れの解消や急病等に対応。
・四、五〇〇か所→五、〇〇〇か所
・二五億六、五〇〇万円
(3)保育所地域活動事業
 保育所の有する専門的機能を地域の家庭に開放し地域住民のために活用する事業のうち、保育所分園推進事業の補助対象を
・二〇〇事業→三〇〇事業
・十二億二千万円
 
4 保育所の施設整備
(1)施設整備費(再掲)
 保育所の整備については、保育所緊急整備として、一九四億円を要求。
 新エンゼルプランに基づく多機能保育所等の整備及び待機児童ゼロ作戦による保育所受入れは、平成十六年で終了することになるが、昨今の保育需要等に鑑み、平成十七年度以降についても都市部を中心に一定程度の待機児童が存在することが想定されることから、引き続き多機能保育所等の整備に加え、保育所受入れ児童数の増大を図るための整備の推進を図る。
(2)子育て支援のための拠点施設の設置主体の拡大(事項要求)
・社会福祉法人が設置主体となる場合にも補助対象。
(3)特別保育事業等推進施設の助成
 民間において、延長保育等の特別保育事業を実施するために必要な間仕切りや床の張替え、備品の整備に対する助成事業。
・一〇〇か所
・七、五〇〇万円
 
5 保育所運営費の改善
 保育所の運営費要求額は、四、三九八億円、対前年度一七八億円の増額要求。
(1)受入れ児童数の増(再掲)
 新エンゼルプランの低年齢児の受け入れ促進及び待機児童ゼロ作戦を推進するため、保育所受入れ児童数を四・五万人増加。
 また、特に需要の多い低年齢児(三歳未満児)の受入れを六七・四万人から七〇・四万人とし、三万人の受け入れを増大させる。
(2)主任保育士専任加算対象施設の拡大
 主任保育士を子どもの受け持ち定数からはずし、地域住民からの保育に関する相談に応じる等の主任保育士業務への専任化を進めるため、特別保育事業等を複数実施し、定員四六入以上の保育所に対し措置されている本加算について、特別保育事業等を複数実施している全ての保育所を対象。(六か月分から満年度分)
 
6 その他の保育サービスの充実
(1)障害児保育環境改善事業
 障害児保育の環境を整えるため、施設の軽微な改修及び遊具等の購入費用の補助を行い、障害児保育の実施体制の確保を図る。
・二〇〇か所→三六〇か所
・一億二千万円
(2)家庭支援推進保育事業
・十一億四、八〇〇万円
(3)保育士養成確保関連
・保育士養成所費(八校 七千万円)
・保育所保育士研修等事業費
(五千万円)
・産休代替保育士費等の補助金
(十二億八、六〇〇万円)
(4)へき地保育所費
・十七億四、七〇〇万円
(5)子育て支援サービス事業については、認可外保育施設の施設長や保育従事者を対象とした事業所内保育施設等保育従事者研修、企業委託型保育サービス事業及び駅型保育試行事業を実施。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION