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5.2.5 イベントツリー(ET)構造の再検討
 H(2船間の連絡の不成立)については、図5.1.2.1での最上段での分岐に至るシーケンス(A、B両船がお互いに認識、両船の機器の状態等も良好)においても、Hの分岐を与えていることについて検討し、このシーケンスに関るアンケート結果について再調査してみた。その結果、
・回答者はこの状態において相手船との距離は十分にあるものと考えている。
・それゆえ十分な距離のもと両船の認識、機器状態が良いため問題となるシーケンスにおいてはむしろ相手船との連絡を取らない。
 以上の点から、実際には相手船との十分な距離があるため、見合い状態になった場合には連絡を取ることもなく迅速に避航しているものと考えられる。
 更に、衝突事故について、平成2〜10年の海難審判庁採決録を調査した。その結果、3340件の衝突事故事例のうち、両船が相互に認識、視認、機器状態等に問題も無い状態での事故の発生は存在しなかった。
 以上のことから、相互に認識、視認、機器状態等に問題がない場合はコミュニケーションの有無に関らず衝突は回避できるものとする、したがって図5.1.2.1での最上段における分岐を削除し、全て衝突事故は発生しないとした。
 さらに、このH以下のシーケンスにおいて、次のように考える。従来のETでは「初認、判断の誤りがあり、コミュニケーションが失敗すれば衝突に至る」という構造であったが、観測機器が正常であればコミュニケーションが不成立であっても、それ以降A船、B船もしくは両船が何らかの原因で危険に気づきそれに対応すると考えるべきである。すると図5.1.2.1の多くのシーケンスにおいてETの後半部分との関係の変更が必要となり、具体的には次に示すようなシーケンスの変更を行った。
○ → 変更なし
× → A(A船のみ観測機器が正常)、
 B(B船のみ観測機器が正常)、
 AB(A、B両船観測機器が正常)
A、B → AB
 以上の考え方に基づいてETを修正し、衝突事故発生頻度を求めた結果、1.31x10-3(/時間)と算出された。
 
5.2.6 ET解析結果と統計データとの適合
 ET解析結果と統計的データから求めた事故発生頻度の値を比較して、人的過誤率の値の修正を試みた。具体的には、ETにおいて検討対象となるヘディング(人的過誤率)を決定し、それらの分岐確率を一律に増減させ、統計的データから求めた事故発生頻度の値と一致するようにする。
 一例として、衝突事故発生頻度について検討してみた。このET(上記修正済のET)の中で、機器に関する既存のデータベースを用いたヘディングB、E(観測機器不全)およびL、O(航行機器不全)については対象外とする。さらに、A(見合い関係成立頻度)およびI(運航環境良好)は、Aについては人的要因等とは異なりデータベースと同様に扱われるべき値であること、Iについては天候等自然に依存する部分が大きく人間の関る要素は小さいむしろ機器に関するデータベースと同様の取り扱いをすべきであるため適用外とした。したがって、検討対象のヘディングとしては
C、F 観測誤り(初認)       D、G 誤認
H 2船間で連絡が取れない確率
J、M 避航計画失敗        K、N 避航実行失敗
を選定した。
 事故発生頻度の値を統計的データから求めた値に一致させるために掛けるべき一律の係数は表5.2.6.1のようになった。表5.2.6.1のx=0.47〜0.77を用いて、人的過誤率(アンケートの集計結果)を修正したものが表5.2.6.2の値である。この結果は、アンケート結果による人的過誤率の相対値、ET構造に盛り込まれた事故発生シナリオ、及び事故発生頻度の統計的データを統合して算出した人的過誤率の評価値と言える。
 
表5.2.6.1 人的過誤率へ掛ける一律の係数値
出典 衝突事故発生頻度 x
要救助海難統計
(平成12年報告書)
7.18×10-5/遭遇 0.47
藤井ら 7.9×10-5〜5.0×10-4/遭遇   0.48〜0.77
 
 
表5.2.6.2 人的過誤率の修正値
ヘディング 事象 アンケート結果 修正値
A 見合い関係成立頻度 0.51/h (0.51/h)
B、E 観測機器不全 - (1.4E-4)
C、F 観測誤り(初認) 6.2E-2 3.0E-2〜4.8E-2
D、G 誤認 4.6E-2 2.2E-2〜3.5E-2
H 2船間で連絡が取れない確率 0.95 0.45〜0.73
I、 運行環境良好 0.9 (0.9)
J、M 避航計画失敗 5.2E-2、7.7E-2 2.4E-2〜4.0E-2、
3.6E-2〜5.9E-2
K、N 避航実行失敗 2.9E-2 1.4E-2〜2.2E-2
L、O 航行機器不全 - (5.4E-4)







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