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5.1.3 起因事象発生頻度の推定
 衝突事故ETにおける起因事象(見合い関係の発生頻度)をアンケート回答結果より推定すると、500トン未満の船舶で0.52/時間、500トン以上の船舶で0.71/時間と得られた。一方、東京湾内の航行実態調査より得られた航跡データを用いて東京湾内全域での一日の総衝突危険発生回数が推定された。
 座礁事故のETでは起因事象は「航行中」か、「停泊中」のどちらかであるため、船舶の稼動率が対応している。浸水・沈没・転覆事故のETでは出発点が船舶の存在そのものになっているため、起因事象は1.0の発生確率となる。
 
5.1.4 分岐確率の推定
 イベントツリー(ET)中に現れる事象(ヘディング)の発生確率、つまりETにおける各分岐確率を算出するためには事象の性質・特徴により種々の方法が用いられる。本調査研究において実施した推定方法を紹介する。
(イ)フォールトツリー(FT)による方法
 事象(ヘディング)がより基本的な要因に分解できる時はフォールトツリー(FT)を作成する。FTの各基本事象の発生確率は、船舶関連のデータベース/統計データに基づいて定量化を進めることが効率的であるが、データが不十分な場合は必要に応じて他分野のデータベース等も参考にして、専門家判断も交えて定量化を行う必要がある。このようにして推定し積み上げて求めたFTの頂上事象発生確率がすなわちET中における分岐確率となる。
(ロ)アンケート調査
 航行環境に関する項目及び人間が関わる項目について、既存のデータベースから統計的にその発生確率を求めることが困難な場合が多い。しかしながら、操船状況に対応した事象発生確率、人間誤操作確率を求める必要があり、専門家判断による推定法(アンケート調査)を実施した。アンケートは、ヒューマンファクターに関係する項目について定量的な値を答えてもらう形式のアンケートとした。アンケートの配布は国土交通省海事局安全評価室から地方運輸局に依頼し、管内の関係会社へ配布・要請した。また、造船研究協会から日本旅客船協会、全国内航タンカー海運組合、日本航海海運組合総連合会へ協力依頼文書を送付した。さらに、海上技術安全研究所(旧船舶技術研究所)からも直接、日本船主協会、航海訓練所へアンケート依頼を行った。浸水・沈没・転覆事故については、造船研究協会から日本内航海運組合総連合会に協力を依頼し、海上技術安全研究所から同組合に所属する各社に書類を送付した。
 回答数は、平成12年度(衝突事故)約350件、平成13年度(座礁事故)約400件、平成14年度(浸水・沈没・転覆事故の場合を除き)約210件であった。集計に当たっては、各質問項目毎に回答者の答えを確率値に変換し、横軸を確率値、縦軸を回答数の累積確率値としたグラフを作成した。
 図5.1.4.1に集計結果の一例を示す。回答数の累積が50%に対応する確率値を図中に示してある。この値が専門家意見による事象の発生確率(ヒューマンエラー率)の判断値と言え、回答者による答えの散らばり具合から、5%下限、95%上限値も推定できる。また一部の結果については、ポアッソン分布をあてはめて事象発生確率を求める方法も検討した。このようにして得られた分岐確率の一例として、衝突事故に関するアンケート調査結果を表5.1.4.1に示す。
 
図5.1.4.1 アンケート集計結果例(平成12年度実施衝突事故)
 
(ハ)乗り揚げ危険度発生頻度の推定
 東京湾において、水深データ、航跡データを用いて、航路からの逸脱1回あたりの乗揚危険率を求めた。この数値は、東京湾において1回航路から逸脱する場合の浅瀬、海岸線等にある時間以内に至る確率である。何らかの原因により乗り揚げのない計画航路から逸脱し、航行速度vで気付かないで航行してしまう時間をTとすると、逸脱方向に逸脱点より半径vT内に浅瀬、障害物、海岸線が存在する場合に乗揚げることになるという考えで算出した。
 解析の結果、航路から逸れた状況で10ノットで10分間航行すると0.102の確率で、10ノットで30分間航行すると0.277の確率で、浅瀬か海岸線に出会うこととなる。
(ニ)海水打ち込み確率及び大波遭遇確率の推定
 199GT型及び499GT型の内航貨物船が日本の沿岸を航行する際の海水打ち込み確率を、通常の長期予測計算の手順に従って計算した。海象条件は、有義波高3.75m以上と未満とで区分し、さらに波高が乾舷高さの1.5倍以上の場合を大波であるとして、大波遭遇確率も算出した。
 海水打ち込み位置としては、船首部および、船内への浸水等を考慮して船体中央部についても検討し、打ち込み確率を算出する際には、海象の最も厳しいと考えられる九州北岸及び西岸並びに本州南岸中央部の海域を考慮した。
 解析の結果、有義波高3.75m未満の海象の場合、499GT型では両海域とも打ち込み確率は船首部で4x10-4となった。また、199GT型では、1.0x10-3と予測され、499GT型に比べて打ち込み確率は若干大きくなった。有義波高3.75m以上の海象の場合には、499GT型では両海域とも打ち込み確率は船首部で2x10-2、199GT型では2.5x10-2となった。大波遭遇確率も同様にして算出した。
 
表5.1.4.1 アンケートで得られた各事象発生頻度(衝突事故)
ヘディング 事象 アンケート結果
A 見合い関係成立頻度 0.51/h
B、E 観測機器不全 -
C、F 観測誤り(初認) 6.2E-2
D、G 誤認 4.6E-2
H 2船間で連絡が取れない確率 0.95
I、 運航環境良好 0.9
J、M 避航計画失敗 5.2E-2、7.7E-2
K、N 避航実行失敗 2.9E-2
L、O 航行機器不全 -
 
(ホ)他分野のデータによる人的過誤率の推定
 人的過誤率の定量化において、専門家判断に代わるものとして歴史的又は一般化されたエラー確率のデータベースがある。著名なものとして、主に原子力分野であるがTHERP、HEART等がデータベースも持っている。この他にも種々のデータが報告されており、Human Error Probability(HEP)Dataとして、Nuclear Computerized Library for Assessing Reactor Reliability(NUCLARR), Data Manual, NUREG/CR-4639, EGG-2458, Volume 5, Revision 4には、膨大な生データと共に統計処理されたデータも記載されている。このデータの特徴として、対象の設備と人の動作の組み合わせで分類されており、さらにオミッションエラーとコミッションエラーに分けて人的過誤率データが記載されており、他産業にも応用が可能である。
 
表5.1.4.2 人的過誤(HE)の項目とエラー確率の比較
海事分野のHE項目 NUREG/CR-4639の項目とデータ アンケート結果
他船の灯火及び形象物不表示 オミッションエラー
・多位置セレクタをセットするエラー(3.0E-03)
・電気設備の開始、停止エラー(1.1E-03)
 
他の作業に集中−諸作業 オミッションエラー
・操作手順の選択エラー(1.0E-02)
 
漫然運航・連続監視怠慢−自信過剰・慣れ オミッションエラー
・警報器の監視エラー(3.0E-03)
・操作手順の選択エラー(1.0E-02)
「観測誤り(初認)」
 (5.2E-02〜7.7E-02)
目視による見落とし−物標・第三船に注意を集中等 オミッションエラー
・警告灯の確認エラー(2.6E-03)
・警報器の監視エラー(3.0E-03)
「観測誤り(初認)」
 (5.2E-02〜7.7E-02)
レーダーによる見落とし−監視不良等 オミッションエラー
・図形表示ディスプレーの監視エラー(7.5E-02)
・制御機器の操作エラー(1.1E-03)
・計装と制御システムの操作エラー(6.6E-03)
「誤認」
 (3.1E-02〜4.6E-02)
  コミッションエラー
・定性的ディスプレーを読むエラー(2.3E-3)
「船位の誤認(湾内)」
 (4.19E-04)
  オミッションエラー
・計装と制御システムの保守エラー(1.0E-04)
「観測機器不全」
 (1.4E-04)
「航行機器不全」
(5.4E-04)
  コミッションエラー
・緊急炉心冷却装置の診断エラー(3.1E-2)
「避航計画」
 (5.2E-2、7.7E-2)
 
 このライブラリから船舶における人的過誤率の参照用として使用できそうな項目を部分的に抽出し、さらに人の動作毎にまとめた表を作成した。表5.1.4.2には海事分野の人的過誤(HE)の項目とそれに該当しそうな原子力分野の項目および本調査研究で実施したアンケート結果との比較を示してある。
 また、人的過誤の資料としては、エラーの発生確率のほか、時系列関数でもある疲労・ストレス等の問題、訓練・習熟度の問題などもあり、人体生理実験、シミュレータ実験およびフィールドにおける測定などによるデータの収集・解析を行っていく必要がある。







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