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4. 放射性物質輸送へのINESの適用
 原子力事象に関するINESレベル評価の方法はIAEA発行のINESユーザーマニュアル(約100ページ)に記載されているが、原子力施設に関する記載がほとんどで輸送事象に関しては約1ページの記載しかなく、輸送事象に適用するにはわかりにくい点が多かった。これを改善するため輸送事象を対象とした追加ガイダンス(”Rating of Transport Events - Additional guidance to the INES Users’ Manual Approved by the TCM of INES National Officers on March 1st, 2002 for trial period”)が2002年3月に発行されるとともに、IAEA加盟国はこれを2年間試用して2004年3月のINES技術会合に試用経験を報告し、それを反映して追加ガイダンスを最終化することとされた。
 我が国においては、1992年のINES導入以来、輸送事象に対しては試用の位置付けで運用されてきたが、輸送事故がなかったことに加えユーザーマニュアルの記載では細かい輸送事象に対するレベル評価の判断がしにくいことから、輸送事象に対するINESレベル評価の報告例はなかった。上記のIAEAの動きやPA上の観点から、近い将来に我が国でも輸送事象に対してINESを本格適用すべきであると考えられ、そのためにはこれらマニュアル及びガイダンスの適用が我が国の輸送事象への適用にあたって問題のないものであることを確認しておく必要があった。
 このため、上記マニュアル及びガイダンスを調査検討して課題を摘出するとともに、ガイダンスに基づき我が国の放射性物質海上輸送を対象とした輸送版INES運用マニュアルを策定することにより、本格運用にあたって考慮すべき項目等を明らかにし、将来の我が国での輸送版INESの導入に資することとした。
 
4.1 INESユーザーマニュアル及び追加ガイダンスの検討
 
 輸送事象へのINESの適用性を検討するため、IAEAのINESユーザーマニュアル及び追加ガイダンス、並びに諸外国での適用状況、我が国での原子力施設事象に対する適用状況について調査した。
 INESユーザーマニュアルでは、原子力施設事象については、次の3つの基準で判断しそのうち最も高いレベルをINES評価レベルとすることとしている。
・施設外への影響(レベル3〜7):放射性物質の施設外への放出量で評価
・施設内での影響(レベル2〜5):施設の損傷程度又は従業員被ばく量で評価
・深層防護への影響(レベル1〜3):安全防護層への影響の程度で評価
 輸送事象は施設外でのみ発生することから、ユーザーマニュアルでは施設内への影響を除く基準で評価するよう、また、施設外への影響は輸送物の収納放射能量(A2値比で表す)の100%放出を仮定するよう規定している。
 これに対して、追加ガイダンスでは以下の基準で評価するよう提案している。
・基準I: 実際の放出に基づく評価(レベル5〜7)〜輸送物からの実際の放出量(A2値比で表す)で評価
・基準II: 個人線量に基づく評価(レベル1〜4)〜放射線作業従事者又は公衆の個人被ばく線量で評価
・基準III: 深層防護の劣化基準に基づく評価(レベル1〜3)〜安全防護層(安全要件)への影響及び管理や安全文化の欠如の程度で評価
 この提案は、輸送特有の状況を考慮しており、基準I及び基準IIは実際の放出量又は被ばく量で評価するため現実的であり、基準IIIには輸送事象にあわせた評価例を加えて理解しやすくなるよう工夫されている。
 しかしながら、課題として、基準IIでは公衆を少数(10人程度まで)と多数に分けてレベル評価を分けている理由が不明であること、基準IIIではまだ輸送物の安全要件の意味がわかりにくいこと、原子力施設事象ではさほど重要視されていない書類や輸送標識の不備を対象としている点などがあげられる。また、我が国の原子力施設では法規に規定されたトラブル事象のみをINES評価対象としており、輸送事象においてはどの範囲をINES評価対象とするかとの運用上の課題もある。
 
4.2 輸送版INES運用マニュアルの策定と課題の抽出
 
 輸送版INESを導入するにあたって問題が生じないかどうかを確認するため、我が国の放射性物質海上輸送を対象とした輸送版INES運用マニュアルを作成し、課題等について具体的に検討した。輸送物としては海上輸送されるすべての核燃料物質輸送物を対象とし、輸送の範囲としては海上輸送時だけでなく港湾荷役時も含めた。
 対象とする輸送物及び輸送範囲で考えられる輸送事象を幅広く摘出し、それを系統的に分類・整理した上でIAEAの追加ガイダンスを参考にINESレベル評価を行い、さらに、報告・連絡体制や報告様式も設定して運用マニュアルを作成した。輸送事象に対するINESレベル評価基準と各レベルに対応する輸送事象の例を図1に示す。なお、運用マニュアルは、A型輸送物の代表例として濃縮UF6輸送物、B型輸送物の代表例として使用済燃料輸送物についてまとめた。
 運用マニュアルを策定した結果、IAEAのガイダンスは原子力施設事象と輸送事象の評価レベルの整合が図られており、基本的には導入にあたって問題のないものであることがわかった。ただし、不明な点、説明を加えてほしい点も多少あり、これらは2004年3月のINES技術会合で我が国から報告すべきコメントとしてまとめた。また、我が国では既存の通報・連絡体制及び報告様式を利用して若干の追加情報を加えることにより運用が可能であることもわかったが、将来のINESの輸送への適用にあたって確認しておくべき項目として、以下を摘出した。
 
1)本分科会で検討したのは核燃料物質の海上輸送の範囲であり、放射性同位元素等輸送物及び他の輸送モード(陸上輸送、航空輸送)についても問題がないものであることを確認する必要がある。
 
2)INESレベル評価の対象とする輸送事象の範囲(原子力施設事象のように法廷のトラブル事象のみを対象とするのか、法定外事象までを対象とするならどの範囲とするか、書類・標識の軽微な間違い等まで対象とするのか、など)を規定する必要がある。
 
3)我が国では輸送に関与する原子力事業者、輸送物の種類、輸送モードにより所轄する官庁が異なるが、INESの本格運用にあたってはすべての輸送物、輸送モードに対して統一的に実施されることが望ましい。したがって、上記1)、2)を含め、関係省庁間での調整が必要である。
 
 なお、分科会では、原子炉施設事象を対象に考えられたINESは、放射性物質放出の駆動力が小さく、かつ、事象の影響範囲が限定的である輸送事象にはなじまないのではないかとの意見も多くみられたが、これは今後、IAEA等の世界的な場で検討されるべき課題と考える。
 
5. おわりに
 (社)日本造船研究協会では、平成14年度から2年間の計画で、学識経験者等の専門家集団による「放射性物質の輸送安全に関する国際会議」の対応等に係る調査研究部会を設置(RR-S603)して放射性物質の海上輸送に関する国際協力、国際整合に主眼をおいた調査研究を実施した。
 この調査研究において、はじめに2003年7月にIAEAで開催された放射性物質の輸送安全に関する国際会議への準備として、放射性物質の海上輸送の安全性に関して(社)日本造船研究協会の第46基準研究部会において平成8年度から平成11年度までに実施された「放射性物質の海上輸送の安全性に関する調査研究」の成果をレビューし、IAEAでの議論の基盤となる資料を作成した。これをもとに、放射性物質輸送物の安全性は現在のTS-R-1で定める試験基準で十分担保されていることを示すために、海上輸送時の機関室火災発生時の安全評価についての論文を作成し、国際会議に提出した。また、9m落下試験が現実的に想定される輸送物の衝突事故を包絡していること及び輸送作業従事者の被ばく線量実績データと放射性物質運搬船上での線量率分布測定データに基づき海上輸送作業従事者の被ばく線量は十分低いことを示す論文を作成・提出した。加えて、輸送規則の履行・運用に関する以下の論文も提出した。
(1)放射性物質輸送時の沿岸国に対する通報に対する意見
(2)IAEA規則の2年間隔での改定に対する意見
 国際会議及びその後の2004年1月に開催された行動計画草案作成のための会議の概要は報告書にまとめたとおりであり、技術的事項については相互理解が進んだが、補償や通報に関しては今後、更なる検討・対話が必要とされた。
 
 続くテーマとして、放射線防護計画に関する検討を行った。これは、2004年1月からのIMDGコードの強制化に伴い、放射性物質海上の輸送において放射線防護計画の策定が義務付けられることについて、円滑な運用開始ができるよう事前検討をしたものである。手順としては、まず、IAEAの放射線防護計画ガイド文書の要件を調査検討するとともに、我が国への導入にあたっての課題を摘出した。続いて、我が国での海上輸送の実際の輸送物、輸送船、輸送条件等に基づいて、放射性物質の輸送に従事している船舶の代表例である使用済燃料専用運搬船及び海外からの核原料物質等を輸送するコンテナ船をモデルケースとして、我が国の放射性物質海上輸送の実態に即した2種類の放射線防護計画モデルを作成した。
 IMDGコードを取り入れた改正危規則は2004年1月から施行されたが、船舶会社はこれらガイド文書要件と放射線防護計画モデルを参考にして自社に適する放射線防護計画の策定を進めており、この調査検討の成果が役立っている。
 
 3つ目のテーマとしては、INESの輸送事象への適用について検討した。INESは主として原子力施設事象を対象として事象の大きさの理解を原子力関係者と公衆の間で共有するためのコミュニケーション・ツールであるが、輸送事象についても適用できるよう追加ガイダンスがIAEAから発行されている。追加ガイダンスの内容を調査検討し、また、我が国の核燃料物質海上輸送で想定される輸送事象を対象として輸送版INES運用マニュアルを策定した。その結果、輸送への本格適用に先立って確認しておくべき事項がいくつかあるものの、追加ガイダンスに基づくINESの輸送事象への適用には基本的な問題のないことが確認できた。
 これにより、近い将来に輸送版INESが運用されれば、輸送関係者と公衆、マスコミ等との共通理解に資することが期待される。
 
 この報告書は、本分科会で実施した上述の研究成果をまとめたものである。
 この報告書をまとめるにあたり、積極的に討議に参加され、また、国際会議論文等及び報告書を執筆された各委員に感謝の意を表する次第である。







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