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IV 海上保安機関の意義について
〜PCGの現状〜
 
第4学年第I群 小松大祐
第4学年第I群 野中康孝
 
指導教官 行政管理学講座 中野勝哉 講師
 
 近年、海賊事案などの国際海上犯罪が、特に東南アジア周辺海域において多発している。こうした犯罪は我々日本人と無関係というわけではない。例を挙げると、1998年の『テンユウ号』事件、1999年の『アランドラ・レインボー号』事件、2000年の『グローバル・マース号』事件を挙げることができ、それらの海上犯罪は我々日本人にとっても脅威となっている。このような海上犯罪に対して当該海域周辺諸国の海上保安機関は互いに連携して取り締まりに当たっている。当庁でもこれら東南アジア諸国の海上保安機関と連携、大規模な合同訓練や捜査を行うようになった。こうした国際犯罪を抑制し、その海域の治安秩序の維持のためには、近隣諸国の海上保安機関が積極的に連携し協力して対処すべきであると同時に、各国の海上保安機関の業務遂行能力の向上が必要不可欠である。そう考え、テーマを「国際化が進む海上犯罪に対する諸国海上保安機関の連携」とした。調査研究先の海上保安機関として近年、交流が盛んで互いに良い関係を築き上げ、さらに当該海上犯罪多発海域の治安維持にあたるフィリピン沿岸警備隊(以下PCG)を取り上げ、同機関が抱える問題、特に人材育成について研究し、今後の当庁との協力関係の在り方について探っていく。
 
 調査対象機関が置かれているフィリピン共和国は我が国の南西、沖縄西表島からわずか600キロメートルの所に位置し、7,000を超える島々からなる群島国家である。我が国と同じように四面を海に囲まれたフィリピン共和国にとって海は生活そのものであり、海上交通は全ての経済活動と国民の日常生活を支える不可欠なものとなっている。その海域においては近年、海賊、海上武装強盗事件といった海上犯罪及び海難事故が頻発している。
 こうしたフィリピン周辺海域で発生する海上犯罪や海難事故に対応する海上保安機関がPCGである。PCGの設立は、米国施政下の1901年商務省の下に沿岸警備・運輸局が設立されたことに溯り、今年で102周年を迎える。戦後の独立を経て、フィリピン政府は「1960年の海上における人命の安全条約(SOLAS条約)」の締約国として同条約に則り、1967年PCG法を成立、国防省海軍の下に海上における人命財産の保護、法令の励行、航路標識の維持管理等の業務を行う機関として設立された。その後、海上安全に係る専門的人材育成と統括的海上安全体制整備の強化という観点から海軍から独立し、1998年に大統領令475(Executive Order No.475)により、一旦大統領府直轄となった後、同じく大統領令477(Executive Order No.477)により、同年運輸通信省へ移管し現在に至る。
 そのPCGの任務は、海上における人命・財産の保護、海洋環境の保全、法令の励行等により当庁と同じく広大な海域の安全を守ることである。PCGの主要任務は以下に示すとおり多岐に渡っている。
 
フィリピンにおける海賊発生件数の推移
 
 
日本とフィリピンの海上犯罪件数の比較
 
(1)MARSAR(海上捜索救助):海難救助活動、情報通信システム(GMDSS)整備、海難救助資機材の維持管理、海難救助施設の整備、海難調査 等
(2)MAREP(海洋環境保全):海洋環境保全及び海洋汚染防止、油防除、海洋資源の保護、環境法令の励行、国際条約の実施 等
(3)MARLEN(海上における法令励行):密漁対策、海賊対策、強盗対策、密輸対策、密航対策等の法令励行 等
(4)MARSAD(海上安全管理):航行安全関係法令の励行、入国船舶管理、船員資格認定、航行安全資器材の整備、航路障害物の除去 等
(5)MAROP(海上運用):海上巡視警戒、広報活動、CGA(コーストガード補助部隊)プログラムの実施 等
 
 ここで、PCG現状についていくつかの面で当庁と比較すると以下のようになる。
 
  海上保安庁 フィリピン沿岸警備隊
対応海域の広さ(海岸延長線) 33889km 36289km
職員数 12258名 4647名
EEZ(排他的経済水域) 405万km2 220万km2
職員数/海岸延長線 0.36名/km2 0.21名/km2
船艇数 521隻
<内訳>
警備救難業務用船艇 442隻
水路業務用船艇 12隻
航路標識業務用船艇 60隻
教育業務用船舶 3隻
28隻
警備救難船舶数/EEZ 1.3隻/1万km2 0.13隻/1万km2
航空機数 75機
<内訳>
固定翼 29機
回転翼 46機
2機
EEZ/航空機数 5.9万km2/機 110万km2/機
予算 約1700億円 約26億円(2002年)
 
 こうしたフィリピン周辺海域の状況やPCGに関する資料、実際に現地に赴いてインタビューして得られた回答から考察した結果、同機関は様々な問題を抱えており、大きく二つにわけるとすると、業務上の問題と組織上の問題を挙げることが出来る。
 
 まず始めに業務上の問題としては、様々なものがあるが、その中の法整備の問題としてPCGの法令の励行と司法警察作用に着目してみたいと思う。PCGは「REPUBLIC ACT No.5173」により、海上における人命財産の保護、法令の励行等を所掌する機関として設立され、その後、「PRESIDENTIAL DECREE No.601」により、その任務が集約整理されている。ここでは、便宜上「REPUBLIC ACT No.5173」をPCG法、「PRESIDENTIAL DECREE No.601」を改正PCG法とすることとする。
 PCGは「改正PCG法 Section 5 具体的責務」により様々な責務が与えられている。その内容は多種多様であり、密航、密輸、不法漁業等の取り締まりも存在している。PCGが行う法令の励行業務には密漁対策、海賊対策、強盗対策、密輸対策、密航対策等があり、それらはmaritime law enforcement「MARLEN」と言われている。ここでMARLENについて詳しく見てみると、法的にPCGは「PCG法SECTION 1目的 及び SECTION 3具体的責務」及び「改正PCG法SECTION 5具体的責務」の中の条文により、海上における法令の励行の権限を有すると考えられる。
 しかしながら、それらの法律の中には海上保安庁法31条のような司法警察職員としての権限に関する明文規定は見当たらない。そこで、法的にPCGに対して、海上保安庁法31条のような海上保安官に対しての司法警察職員の地位、つまりは逮捕から勾留、送致といった刑事訴訟法に定めた一連の手続きを行うことが、出来ないのではないかという疑問が生じることとなる。
 ところが、実態は密入国、密漁、密輸等の取締りの実施の際に、犯人の逮捕を行っており、この業務に関しては、「改正PCG法SECTION 5」を根拠にしていると考えられる。しかしながら、逮捕後の捜査、及び検挙までは行っておらず、当該法令関係機関に引き渡すことになっている。その引継ぎ内容に関しては、5W1Hのような簡単なものであるとのインタビュー結果であった。こういうことは、業務上の効率性の問題を生ずると考えられる。
 また、「改正PCG法 Section 2及びSection 5」の中の条文には、PCGに対してフィリピンの司法権の及ぶ海域においての人命・財産の安全の確保に関しての規則制定権とその規則に関する違反に対しての排他的司法権を認めており、広範かつ概括的な形でPCGに対して権限を与えていると考えられる。しかしながら、このように行政機関に権限を与えることは、わが国では考えられないことであり、行政機関の権限の乱用が起こる可能性があると考えられる。このような点でもPCGに関する法整備の不足が覗える。
 法令励行業務の実施に関しては、「STANDING OPERATION PROCEDURES NUNBER 001-88」に規定されており、これには、入手した情報の取り扱い、運用の実施、鎮圧行為の実施方針、乗船検査手続き、職務実施上の規則、逮捕手続き、報告に関して具体的に規定されている。この運営指針は法律ではなく、PCG本庁から出されたマニュアルであり、それらに関する法的根拠は、先ほど紹介した、「PCG法」「改正PCG法」に含まれていると考えられる。
 このような中で、海上保安機関としての業務の効率性を考えたPCGの法整備の実施、それに対する権限の整理並びに、法的分野における教育の実施を行うことで、PCGの業務遂行効率の向上が考えられ、フィリピンにおける治安維持の向上につながり、強いては、薬物・銃器の密輸等の問題に対する有効な対策になると考えられる。
 
 PCGが抱える組織上の問題については、予算の慢性的な不足や、船艇や航空機などの勢力に関するもの、PCG職員の業務遂行能力を向上させるための人材育成に関するものが挙げられる。
 現在、PCGではフィリピン周辺海域において頻発する海難事故・事件に対応すべく、人材育成に関する分野を充実させつつある。PCGには海上保安大学校や海上保安学校のように専門的な知識や技術を学ぶ学校がないため、主にPCG職員に対して教育・訓練を施す教育訓練局(以下CGETC)が中心となり、PCG職員の業務遂行能力を向上させるべく、様々なコース、セミナー及びその他の活動を通じて業務の遂行に必要とされる総合的な知識・技術を習得した人材の育成を行っている。しかしながら、現在のCGETCにおいては法令励行などの業務遂行に必要な知識を学ぶ基礎的なコースと、航行安全や海洋環境保全などの専門的な知識や技能を学ぶコースが分かれており、また、これらのコース間には一定の期間が設けられており、一貫した教育システムが確立されていないこと、体系的な教育訓練を実施するには既存の訓練機材では不十分であること、カリキュラム及びシラバスの未整備、標準教材の欠如、インストラクターや講師の不足などといった重要な問題も抱えている。
 こうした中で、アジア海賊対策チャレンジ2000の採択の流れをうけて、アジア各国の海上警備機関の人材育成を図り、各国及び東アジア地域全体の海上警察力の向上を図るために積極的に協力していくこととなった我が国に対してフィリピン政府より技術協力プロジェクトの実施が要請され、2002年よりPCGにおいてJICAによる「フィリピン海上保安人材育成プロジェクト」が発足した。当庁からは長期専門家を派遣するなどしてPCG職員の業務遂行能力の向上のために協力している。
 ここで今後の人材育成を始めとしたPCGとの協力関係の最終目標を「東南アジア周辺海域における海上犯罪の減少」と設定する。この目標を達成するため当庁がPCG全体の業務遂行能力向上に関してすべきことについて考察すると、様々な検討すべきことはあるが主として以下のように挙げられる。
(1)フィリピン海上保安人材育成プロジェクトヘの人的支援の継続
(2)PCGアカデミー開設を目的とした新しいプロジェクトの導入
(3)練習船「こじま」乗船実習への参加によるインストラクターの能力強化
(4)PCGとの積極的な捜査の連携、合同訓練の実施
 この目標が達成されることにより得られる恩恵は、フィリピンやその周辺諸国だけでなく、輸入原油等の90%以上の輸送ルートをフィリピン近海に依存している日本にとっても、当該海域の治安の維持や交通が整理されることによって、日本の船舶交通の安全が確保されることにもつながる。
 そして、頻発する国際海上犯罪を抑制し、海の治安を維持するためには、周辺諸国の海上保安機関が連携して取り締まるのはもちろんのこと、個々の海上保安機関の業務遂行能力を向上させ、連携時の業務遂行能力の向上に努めることが、今後の海上保安機関に必要なことであることを提言する。
 
 最後に、在外研究という貴重な経験を授けてくださった日本財団、海上保安協会、現地にてサポートしてくださった遠山専門家を始めとしたJICAスタッフの方々、PCG職員の方々に感謝の意を表し報告とする。
 
添付資料(法令集)
 
「REPUBLIC ACT No.5173」(PCG法)
Section 1
(a)To enforce or assist in the enforcement of all applicable laws upon the high sea and waters subject to the jurisdiction of republic of the Philippines.
 「フィリピン共和国の司法権の及ぶ海域において(公海上にも及ぶ)、適用されえるすべての法令を執行し、援助すること。」
(b)To enforce laws, promulgate and administer regulations for the promotion and safety of life and property at within the maritime jurisdiction of the Philippines and;
 「フィリピンの海事管轄内で生命と財産の促進および安全性のための法律を執行し、発布し、規則を処理すること」
 
Section 3
(a)不法な入国、密輸およびその他の関税上の不法行為を抑止し鎮圧すること。
(b)ダイナマイト、毒性薬物を使用し、又はその方法で行われる不法漁業を鎮圧することを援助すること。
(c)その能力と適用されえる権限の範囲内において、他の当該官庁の職務の執行を援助すること。
 
「PRESIDENTIAL DECREE No.601」
Section 2. PCGの目的
(a)全ての港、保税地域、水路、内陸の水域を含む、公海、フィリピン領海において適応される全ての法執行を実施し、または支援すること。
(b)フィリピンの司法権の及ぶ海域において、人命、財産の安全を確保するための規則を公布し、管理し、法を執行すること。
(c)公海上及びフィリピン国領海において、国防上の要請を考慮しつつ、公海の安全促進のため航路標識を設置し、維持発展させること。
(d)国家的捜索救助運用のための規制、規範を公布し、管理し、執行し、救助機関を運用し、海上における人命、財産の安全を促進するための地域的協力関係にフィリピン国政府のために参加すること。
(e)フィリピン国における海事産業の経済的発展を推進している政府機関に対し、必要な援助を与えること。
(f)フィリピン国領海内の環境保護の法律を執行し、規則を発布し、管理すること。
 
Section 5. PCGの具体的責務(Specific function)
(a)フィリピン国の海域の範囲内において犯される密入国、密漁、珊瑚その他の海産資源の違法取得、密輸その他の通関上の違反、また、その他の海洋及び漁業上の法令違反を予防、鎮圧すること。そしてこの目的のため、フィリピンの領域に入域し、及び/または、発航しようとする船舶に対し、フィリピンコーストガードによる調査、検査を行うこと。また、他の法令執行機関に対し、フィリピンコーストガードによる職務遂行上の援助を提供すること。
(b)船舶の建造、修理、変更計画を承認すること。船舶の材質、装置及び設備を承認すること。フィリピンの水域で稼動する動力式舟艇のすべてのタイプを登録すること。検査の証明書を発給し、及び/また、船舶の運航上必要とされる許可を与えること。
(c)船舶の灯火、信号、速度、舵、帆走、運搬、投錨、運用、曳航、及び船橋における灯火、信号に関する規制を発布し執行すること。客船及び危険物の運送に従事する船舶を監督し、指揮し、管理すること。
(d)装備品についての規則並びにモーターボートについての規則及びモーターボートの免許についての規則を発布し、執行すること。
(e)港内に沈んでいる又は浮かんでいる航路障害物、水路上の漁具を破壊し、曳航すること。船舶の救助(サルベージ)に対し許可を発すること。また、すべての海上における救助(サルベージ)活動を監督し、同様に法令や規則を管理し執行すること。
(f)海上における人命財産の保護のための国際条約に基づくルール、規則を公布し、管理し、執行すること。また、地域的協力推進の重要性についてフィリピン国政府に指摘すること。
(g)海員学校及び海洋訓練プログラムを監督すること。また、航海、シーマンシップ、舶用機関、その他の関連した事項に関する最低限の要件について、文部文化局と調整しつつ規定すること。
(h)島峡間航海及び外洋航海のための船舶に雇用される船員の訓練のための海員訓練センターを設立し、維持し、運用すること。これに関して、海員に関連した事項の管理のため登録及び就職斡旋事務所の設立、維持及び運用すること。
(i)漁船及び商船の管理、雇用について、更に、それらの市民権の管理、乗組員求人の訓練及び斡旋、ログブックの管理、荷役、荷降ろし、保護、商船乗務員の福利厚生に関する法令を執行し、ルール、規則を公布すること。
(j)適切な試験を実施し、彼らの資質を証明するための資格及び証明書を発給することにより、仕官、水先人、大手又は小規模経営者、及び船員の資質を維持する。さらに、フィリピンコーストガード長官により定められたルール及び規則にしたがって、それらの資格を中止し、停止し、また、証明すること。
(k)無資格の商船乗務員の証明、訓練のためのルール、規則を発布すること。また、造船所の技能を選択すること。
(l)事故発生後、当直者、船主及び士官に要求される行動についての法律を執行し、規則を発布すること。また、当該責任者又は船主、士官の証言に基づき、海上における事故災害の原因を調査すること。
(m)フィリピンの司法権の及ぶ海域及び公海上において被災した者及び船舶に対し、援助を与えること。更にこれに関連して、フィリピンコーストガードは、被救助者に対しあらゆる必要な救助を行うこと。衣類、食料、宿泊場所、衣料品、その他当該者を援助し、保護し、救助するために必要な物資を供給すること。また、それらの物資が関連法令に従って、受け取る権限を有するものが受領できる場所又は適当な場所まで配送される間、災害から保護されること。更に全損事故については、必要経費について徴収すること。
(n)ボートレース及び海上における行事を規制すること。
(o)国家汚染統制委員会と調整を図り、フィリピンの領海内における海洋汚染に関する法令を執行し、ルール、規制を発布し、管理すること。
(p)ラジオコントロールオフィス及びその他の関係省庁と調整を図り、海事通信に関する職務を行うこと。とりわけ、SOLAS条約の海事通信関連事項と調整を図ること。
(q)フィリピンに登録されているすべての個人所有の船舶、バージ及びその他の舟艇を統制し、運用し、管理すること。関連して、国家安全上の戦略的物資及び国家的経済価値のある物資は大統領令に基づき、安全に統制されること。
(r)大統領令第93に規定される船舶が従事するバータートレードに関連した法を執行しルール、規則を発布すること。
(s)コーストガード規則違反により逮捕された船舶に対し、排他的司法権を行使すること。
(t)その能力と適応され得る権限の範囲内において、また、他の政府機関の権限の要請に基づき、フィリピンの司法権の及ぶ水域の範囲において、本項に明確な規定のない活動、事象に関連し、当該機関の任務について援助を行うこと。コーストガード職員は、個別法の執行、管理を行うことを支援するため、当該個別の部、局、事務所の執行職員とみなされる。フィリピンコーストガードのメンバーは、この規定に基づく全ての目的のための治安職員である。また関税局、漁業及び水産資源局、入国管理局、国税局、国家汚染統制委員会、ラジオコントロールオフィス、その他のこのような法令執行を行う部、局、事務所の法令執行職員とみなされる。







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