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1. 調査概要
 米国は世界最大の海上貿易国である。米国の国際貿易量の約80%(重量ベース。金額ベースでは約40%)は水上交通システム(MTS)に依存し、そのいずれも航空、トラック、鉄道、パイプラインその他の輸送手段によるものよりも多い。また、国内貨物輸送においても、輸送貨物全体の70%相当(重量ベース)の貨物をMTSが運び、米国経済に貢献している。しかしながら、MTSの実体と重要性は、一般社会のみならずワシントンの議会筋にさえ充分に理解されておらず、正当な評価を得てこなかったが、この点に関し見直し機運がある。
 
(国家MTS会議の開催)
 20世紀末、クリントン政権の末期に、21世紀における米国の繁栄を助長し、競争力を高め、世界のリーダーシップを維持する為の新世紀国家戦略策定の指示が各方面に出され、これを受けて「21世紀の○○○○」と題した報告書が数多く作成され、その一部は議会に報告された。これらの報告書の多くは、各分野における21世紀の理想の姿を羅列したいわゆる「wish list」であった。これらの報告書は、その後議会等で分析され、その重要度に応じて順次具体化が図られることとなっていた。
 MTSに関しても「21世紀のMTS」に関する諮問が出され、1998年にUSCG、MARADその他12の政府機関がホスト役となって、MTSの現状及び将来に関し公共及び民間の使用者、関係者の意見を聴取する公聴会が全国7地域で開催された。そして運輸長官は、1998年11月、これらの公聴会の結果を踏まえ、産・官・学のトップを糾合した国家MTS会議を招集した。一方議会は、1998年11月13日、1998年コーストガード承認法において、運輸長官が、港湾、港湾アプローチ水路、内陸水路、インターモーダル枝線等を含めた広い概念のMTSに関し、今後予想される国内及び国際貨物並びに乗客の急速な増加に対処し、安全で、効率が良く、国家安全保障上も問題無く、かつ環境にも優しいMTSの在り方を探る為にタスク・フォースを設立すべきことを求め、その予算措置を認可した。そして、このタスク・フォースには、USCG及びMARADを通じ、国立海洋大気圏庁(NOAA)の国家海洋局(NOS)、陸軍工兵隊(USACE)その他の政府機関も協力することが求められた。
 
(MTSレポート)
 国家MTS会議の後、運輸長官は、政府機関、港湾、海運界、労働界、プレジャーボート業界、漁業界、環境団体その他のMTS関係者を含めたタスク・フォース・メンバーを任命し、更に現状評価、将来ビジョンとその実現方法、戦略プラン、立法、コミュニケーションの5つの推進チームを作って検討を重ね、1999年9月報告書「An Assessment of the U.S. Marine Transportation System(以下MTS報告書)」を完成した(付録1)。このMTS報告書は、運輸長官Rodney E. Slaterにより議会で発表されたが、同報告書は、2020年における米国MTSの貨物取扱量を現在の2倍、海洋レクリエーション参加者を現在の65%増の1億3,000万人、コミューターフェリーの利用者については陸上交通の渋滞により大幅増となる等の予想の下に書かれている。なお、これらの増加量については、委員会を設けて別途詳細に検討すべきことが提案されている。
 MTS報告書の内容は、大別して水上交通システムの生産性の向上に関する部分と、安全、環境、セキュリティ(国家安全保障)といった必要ではあるがどちらかというと生産性と相反する部分から成り立っている。本報告書は、あくまで水上交通システムの活性化という観点から、このうち生産性の向上に寄与する部分のシステム構築に関する部分について調査を実施した。但し、2001年に米国で発生した同時多発テロ(「9/11テロ」)の影響や、安全、環境、セキュリティの課題のうち特に主題と密接不可分のものについては、最小限の記載を行うこととした。
 
 米国のMTSシステムは、港湾ターミナルにおける貨物処理能力を含め、現状において世界のトップレベルよりも10年近く遅れているといわれる。短距離海運のシステム技術は、ヨーロッパのそれよりも遅れており、インテリジェント運輸システム(ITS)のような情報システムの遅れも甚だしい。また、造船業や海運業が国際競争力を失ってからかなりの時間が経過している。MTS報告書を一言で言えば、2020年に米国のMTSを世界のトップレベルに引き上げ、増大する貨物や乗客に対処する為の「wish list」である。
 MTSを世界のトップレベルにする為、MTS各構成要素のインフラストラクチャーや情報システムのようなソフトの改善は勿論のこと、MTSを国家運輸システムの中に積極的に組み込んで陸上交通の混雑緩和に役立たせること、国家運輸システム全体の生産性向上つまりMTSとともに全体のロジスティックスを構成する鉄道や道路及びそれらを含むITSシステムの開発等MTS以外の部分についても数々の提案をしている。
 
(本報告書の構成)
 本報告書は、MTS報告書が意図する上記各ポイントについて、トピック毎に「wish list」と現実の姿を対比させながら解説し、米国MTSの全体像を記述することを目的としている。
 第2章は、MTSの現状理解の為の章であり、トピックスをMTSの構成、その経済的価値、地域特性及び問題点に分けて解説した。
 第3章では、まずMTS報告書の内容つまり「wish list」を解説した後、MTS構築の現状を資金的裏付けのある立法及び資金調達の面から概観した。なお、9/11テロは、MTS構築のための資金の配分にも大きく影響しているため、同じく第2章で述べた。また、断片的ではあるが、地域レベルで独自の2020像を早々と発表しているMTS構成要素もあるので、「wish list」から1歩前進したものとして同じ章で紹介した。
 第4章は、第2章で述べた問題点のうち、港湾ターミナルと船のインターフェース、インターモーダル枝線(鉄道等の主線と港湾ターミナルを連結し貨物や荷物を運ぶための枝線であり、マルチモード輸送を円滑化するもの)、閘門の近代化、浚渫及び土砂投棄について、それらを改善する為に現実に実施中或いは実施されたプロジェクトを概観した。これにより、それらの問題点の深刻さが理解されるものと考える。
 第5章では、貨物のバージ輸送、コミューターフェリーの利用拡大、マルチモード輸送の円滑化等国家輸送システム全体の生産性向上に関するトピックスを解説した。
 第6章では、まずMTS関連研究開発状況の全体像を記述した後、ITS、貨物・乗客トラッキング・システム、水路関連情報システムの開発状況を概観した。
 
2. MTSの現状
2-1 MTSの構成
 本報告書が対象とするMTSは下記5つの要素から構成されているが、主対象は水路、港湾、インターモーダル枝線である。
(1)水路(Waterways)
(1)港湾アクセス・チャンネル
(2)内陸水路
(a)河川(ミシシッピー川、コロンビア川等)
(b)沿岸内水路(GIWW、AIWW等)
(c)運河(セントローレンス運河、エリー運河等)
(3)閘門及びダム(河川、沿岸内水路、運河及び沿岸用)
(2)港湾
(1)深喫水港(国際貿易及び国内沿岸貿易用)
(2)浅喫水港(河川、沿岸内水路及び運河交易用)
(3)五大湖港
(3)インターモーダル枝線
(4)船舶及び港湾用車両
(1)船舶(国際貿易及び国内交易用)
(2)鉄道及びトラック
(5)MTS使用者
(1)直接水上輸送に関係する使用者
(2)上記以外の使用者(レクリエーション用使用者、荷主等)
 
(港湾アクセス・チャンネル)
 水路の中で港湾アクセス・チャンネルと呼ばれるものは、港湾内に張り巡らされた桟橋へのアクセス用水路であり、連邦政府の管轄下にある926チャンネル以外に、多くの民間水路が存在する。図2-1は、米国の代表的港湾と船舶の運航が可能な水路を示した図である。米国には、総延長25,000マイルに及ぶ内陸水路が存在し、その内12,000マイルは商業用に活発に利用されている(航路として完全に認識されているものには水路造修のための基金に充てるため燃料税が課されているが、これが10,867マイルに及ぶ)。
 
(内陸水路−河川)
 河川水路で最も重要な水路はミシシッピー川とその支流、続いて西部のオレゴン州ポートランド市を貫流して太平洋に注ぎ込むコロンビア川とその支流のスネーク川である。ミシシッピー川は、オハイオ川、イリノイ川、ミズリー川等10万を超す支流を含め、米国中央部を南北に貫流し2,360マイルの長さを有する世界最大級の大河である。ミシシッピー川の支流の内、オハイオ川は閘門の近代化が比較的進んでおり、上流のピッツバーグからニューオリンズ迄のコンテナ・バージ輸送が計画されている。一方、セントルイスより上流のいわゆる上部ミシシッピー川と呼ばれる地域は、支流のイリノイ川やミズリー川も含め、閘門の近代化が遅れており、MTSの活性化という観点から問題のある地域である。
 ミシシッピー川が最もMTSに貢献しているのは、下流でメキシコ湾沿岸内水路(GIWW)に連絡することにより、メキシコ湾沿岸の諸港(モービル、ニューオリンズ、バトンルージュ、ヒューストン、コーパスクリステイー等)と、内陸部の諸港(メンフィス、セントルイス、シカゴ、ミネアポリス、シンシナテイー、ピッツバーグ等)を結び付けていることである。
 一方、コロンビア川は、ブリテイシュ・コロンビアのコロンビア湖に源を発し、南下してワシントン州を通過し、オレゴン/ワシントン州境を通って太平洋に抜ける。支流のスネーク川は、アイダホ州の東部に源を発し、ワシントン州のパスコでコロンビア川と合流する。両河川はその支流を併せると2,250マイルに及ぶ広大な河川系である。コロンビア/スネーク川は、465マイルに及ぶバージによる貨物輸送で知られている。
 なお、最近MTS関連で脚光を浴びている河川系としては、東部ハドソン川のニューヨーク/ニュージャージー(NY/NJ)港とニューヨーク州の州都オルバニー間のコンテナ・バージ輸送が開始されたことである。
 
(内陸水路−沿岸内水路)
 沿岸内水路で最も重要な水路は、前述のGIWW及び大西洋沿岸内水路(AIWW; 米国大西洋岸のマサチューセッツ湾グローセスターからフロリダ半島先端のキーウエストを結ぶ水路)である。GIWW、AIWWともに、一部陸岸で遮蔽されていない部分があるが、図2-1ではその部分を水路として示していない。
 GIWWは、テキサス州最南端にありメキシコと接するブラウンズビル港を起点とし、メキシコ湾沿岸を通ってフロリダ半島中央部フォートマイヤース迄をつなぐ全長1,300マイルの水路であり、その大部分が深さ3.7m、巾38.1mに浚渫されている。なお、GIWWは、フォートマイヤースからフロリダ半島を横切る全長150マイルのオキチョビー水路によってAIWWと結ばれている。GIWWの中心はミシシッピー川と接続するニューオリンズ地区であるが、ミシシッピー川のバトンルージュより下流は深さ13.7mの水路に浚渫されており、バージ/曳船産業と海洋海運業の接点として重要な区間となっている。
 一方、AIWWは、第2次世界大戦中に沿岸交易を守る為1940年代に開発されたものであり、物流における重要性はGIWWに比べて低い。AIWWは、バージニア州デルマルベ半島以北は陸岸で遮蔽された部分が少なく、燃料税は適用されていない。ボルチモア港が面するチェサピーク湾の最北部でチェサピーク・デラウエア運河(長さ15マイル)によりデラウエア湾に出たAIWWは、ニュージャージー州南部のケイプメイで再び陸岸で遮蔽された沿岸内水路に入るが、ニュージャージー沿岸北部のマナスカン入江より北は陸岸で遮蔽されていない沿岸水路でマンハッタン東部のイースト川(実態は海峡)に至り、ロングアイランド海峡を経てボストンに至る。この間ケープコッド運河(長さ10マイル)によりマサチユーセッツ湾とロングアイランド海峡が結ばれている。
 
(内陸水路−運河)
 MTSにおいて最も重要な運河は、セントローレンス運河である。この運河は、米国、カナダ両国が1959年に完成した大型航洋船の航行が可能な運河であり、五大湖沿岸の工業製品や中西部の農産物を海外市場と直結する重要な運河となっている。
 一方、その他の運河は、鉄道が普及する以前に、米国東部一帯に5,000マイルにわたり張り巡らされ、19世紀の米国産業革命における物流の中心的役割を果たしたが、現在では影の薄い存在となっている。その中で特筆すべきは、ニューヨーク州運河公社が管理する、エリー運河の復活である。エリー湖東岸のバッファローを起点とし、ニューヨーク州の州都オルバニーでハドソン川と合流する長さ365マイル、巾12.2m、深さ1.2mのエリー運河は、1825年に完成し、五大湖と米国中西部の経済発展、ニューヨーク港発展の基となった。ニューヨーク・セントラル鉄道の開通により一時衰微したが、1918年には巾46m、深さ3.7mに拡張され、1950年代迄貨物輸送に使用されていた。ニューヨーク州は1990年代に$16,700万を投じて運河に再生し、現在では多くの商業用観光船、プレジャーボート等の運航に利用されている。
 
(閘門及びダム)
 閘門及びダムは、高低差のある水路の船舶運航には不可欠である。付録2(5)によれば、USACEが所有/管理する閘門は全米で230箇所存在し、閘室(船舶が中に入って上昇、下降するための門に囲まれた水路部)の数は275となっている。つまり複数の閘室を有する閘門が幾つも存在することになる。2002年のデータでは、閘室の53%、145個所は建設から50年以上経過しており、輸送効率上問題となっている。なお、閘門は内陸水路の浅喫水船用のものが圧倒的に多く60%、137箇所となっている。
 
(港湾)
 MTSの構成要素の中で港湾の占める位置は重要である。MTS報告書は、1997年に米国全体で326の港湾があるとしているが、付録2(4)によれば、2001年25万ショートトン(米国の単位で、22万7,000トンに相当)以上の貨物を取り扱った港湾数は189港となっている。
 米国の港湾はその立地からC(沿岸)、L(五大湖)、I(内陸)のタイプ・コードに分けられている。付録2(6)及び(7)は米国の上位港湾100港を示したものであるが、その殆どがタイプ・コードC或いはLである。タイプIの港としては7位にオハイオ川のハンチントン港、12位に同じくオハイオ川のピッツバーグ港、22位にミシシッピー川のセントルイス港等10港が入っている。またタイプIの港湾は他のタイプよりも民間所有の比率が高い(タイプIは87%が民間所有、タイプC及びLの民間所有率は66%)。
 米国港湾の貨物は、上位50港への集中度が大きく、貨物のコンテナ化の進展とともにその集中度は益々高まっている。MTS報告書は、1997年の上位50港の貨物取扱量は全体の82%に達したと報告している。
 なお、付録2(4)によれば、米国の港湾全体では、2001年に9.45億トン(資料ではショートトンで表示されているが、1ショートトン=0.907トン)の国内貨物と12.20億トンの国際貨物を取扱っている。
 
(インターモーダル枝線)
 MTSの活性化に関連して、鉄道、道路、パイプラインの主線から分かれて港湾のターミナル迄貨物や旅客を運ぶインターモーダル枝線システムの重要性が近年強調されている。インターモーダル枝線の重要性は、1995年の国家ハイウエー指定法で認められ1996年5月運輸長官は519の貨物ターミナル(247港湾ターミナル、211鉄道ターミナル、61パイプライン)及び907の旅客ターミナルを重要ターミナルに指定し、これに接続するインターモーダル枝線システムを早急に整備すべきであるとの報告書を議会に提出している。
 
(船舶及び港湾用車両)
 MTSの構成要素としての米国籍船や米国造船業、船舶修繕業は弱体化している。付録2(10)は、2001年12月31日現在の米国籍船の隻数と船齢を示した表である。総数41,588隻の79%、33,042隻がバージである。また、自航船の63%、3,393隻は、船齢20年以上の老朽船である。米国には250近くの造船所及び船舶修理工場があるが、この内25社で全企業総収入の85%を得ていることから判るとおり、新造を行い得る造船所は限定される。また、1998年の造船業及び船舶修繕業の総収入は$102億であったが、その70%近くは艦艇のプロジェクトに依るものである。
 
(MTS使用者)
 参考資料7によれば、MTS使用者の内、直接水上輸送に関係する使用者の総数は1992年から2002年の間殆ど変っていない。表2-1は、1997年における水上交通産業の従業員数を、標準産業分類(SICコード)に従って示した表である(同表中のコードが示す区分は以下の通り。4412国際貨物、4424国内沿岸貨物、4432五大湖・セントローレンス運河貨物、4449内陸水路貨物、4481深喫水乗客輸送−除フェリー、4482フェリー運航、4489内陸水路乗客輸送、4491海上貨物操作、4492曳航及びタグ・サービス、4493マリーナ、4499水上輸送関連サービス)。
 この表に示された者以外に、MTS使用者としては、年間延べ1億3,400万人のフェリー乗客、年間7,800万人に達するレクリエーション用ボート利用者、年間650万人以上のクルーズ船乗客、110,000隻の漁船、港湾や造船所等の従業員、荷主、MTS関連連邦・州政府職員等が含まれる。
 
図2-1 米国の代表的港湾と運行可能水路
Ports and Navigable Waterways of the United States
資料提供:USACE
 
表2-1 水上交通産業の従業員数(1997年)
SIC Code Number of Establishments Total Numbers of Employees Total Annual Sales
(in millions)
4412 618 17,641 19,106
4424 367 7,429 4,917
4432 46 878 416
4449 531 17,548 3,598
4481 107 11,485 5,679
4482 130 2,855 149
4489 639 9,720 1,154
4491 1,198 23,767 3,627
4492 1,056 16,137 2,470
4493 6,334 29,931 1,858
4499 2,303 18,850 1,293
Totals 13,329 156,241 44,267
資料提供 D&B(ダン&ブラッドストリート)







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