刊行によせて
当財団では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇交付金による日本財団の助成金を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その一環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
本書は、日本船舶輸出組合及び日本貿易振興機構が共同で運営しているジャパン・シップ・センター船舶部の協力を得て実施した「欧州造船政策動向」に関する調査結果をとりまとめたものです。
関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
2004年3月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
はじめに
タンカーやバルカーの安全規制による代替需要と中国等の急速な経済発展による物流ニーズの拡大で海運市況が高騰し、世界経済もイラク戦争をはじめとするテロ問題は抱えつつも堅調な成長が見込まれる。
これらが船主の新造船発注意欲を刺激し、我が国造船業も近年にない手持工事量を抱え、低船価ではあるが、短期的には経営の基礎は確保できたかに見える。
しかし、数年後には、鉄鋼等の材料コストの上昇や代替需要の終了といったマイナス要因の拡大が懸念され、さらに中国や韓国の更なる設備拡張とシェア拡大で、中期的には需給バランスが崩壊する危険性は無視し得ない。
極東の状況に比べると、欧州の状況は、はかばかしくない。2002年に発動したEC暫定防護措置による6%の船価補助をバックに欧州造船各社は受注獲得に必死であるが、成果は思いのほか低い。WTOでの欧韓造船紛争が決着し、欧州への救済が認められれば、韓国の大手造船企業は、補助金の返還等を求められ、これまでのような低船価での受注は困難となるはずであるが、もし、欧州が勝利しなかった場合、暫定措置の船価補助は停止され、極東との競合船型ヤードは軒並破綻する可能性がある。
恐らく欧州は、リーダーシップ2015(本文 参照)に見るように、米国風の保護主義に向かう可能性は低いものの、極東との競合を回避し、高付加価値船の専門ヤード化を狙おうとしているようにも見受けられる。そのための政策ツールも着々と用意し始めている。
韓国造船業が、巨額のリストラ助成でサバイブし、低船価を武器に世界のトップランナーとなってしまったのは事実であるし、我が国造船業は、その低船価で疲弊し、産業としての余剰体力が著しく低下してしまったことも事実である。
我が国造船業が産業力を取り戻すためには、適正な船価を確保し、利益を享受できる市場構造が不可欠であって、そのためには、韓国の不公正慣行は早急に是正されてしかるべきである。また中国の設備拡張も、経済移行期とは云え、既に有意な世界シェアを占めており、市場原理による企業運営と情報公開は最低限必要であって、一日も早い世界統一の公正な競争条件の確立が不可欠である。
本調査報告書は、欧韓造船摩擦における動向と欧州を中心とした政策展開を時系列で追うとともに、WTOのパネルで展開されるであろう紛争処理の論点整理を行っている。
本報告書が、我が国造船政策の基礎資料として活用されることを期待するものである。
2004年3月
ジャパン・シップ・センター
1. 経緯と動向
欧州と韓国の間に始まった造船摩擦問題は、双方の補助金が貿易不公正慣行に当たるとして、WTOの紛争処理手続きに入った。欧州は、韓国造船業が大幅な設備拡張を実施し、その後破綻に追い込まれた財閥系造船所を政府助成によって再建したことで、世界の単一市場である造船に著しい被害が発生したとし、韓国の補助政策を批難するとともに、暫定的な防護措置を取りはじめている。一方、韓国は欧州の動きに対抗し、欧州の補助金が不公正慣行であるとしてWTOへ逆提訴を行った。
具体的にこの摩擦問題が顕在化を始めたのは、1999年に遡るが、以下で、2003年3月までの主要な動きを概観したうえで、2003年4月から2004年1月までのトピックスを整理する。
1-1. 主要経緯(1999年〜2003年3月)
欧州造船業界は1997年から1999年に掛けて破綻した韓国の主要造船会社3社について、その再建手続きがWTO協定に抵触する不公正慣行であるとの強い不満を抱き、ECに対し強い要請を行い、その後EUは、域内の造船助成規則に基づく産業閣僚理事会への報告という形で、韓国の造船問題を公式のテーブルに乗せた後、EU内の貿易障壁規則(Trade Barrier Regulation: TBR)に従って、本件をWTO協定に基づく貿易紛争として捉える姿勢を示すことで、韓国に圧力をかけた。
1999年末にはこのEUからの申し入れを韓国側が受入れて、二国間協議が始まった。都合3回の協議を経て、2000年4月には、韓国の経営破綻造船所への政府助成の禁止、船価の改善努力、コスト割れ受注の防止等を盛り込んだ合意文書が仮署名された。
しかしながら、その後も船価の回復ははかばかしくなく、同合意文書に基づく二国間協議が開始されたが、「コストの積み上げ比較」による船価モニタリングを主張する欧州と「直近の市場価格との比較」を主張する韓国の溝は埋まらず、協議は不調に終わった。
2000年10月に、欧州造船業界は、韓国政府による自国造船業への公的支援に対する不当性調査の申し立て(TBR提訴という。)をECに提出し、12月にはECによるTBR調査が開始された。
ECによるTBR調査が行われる一方で、韓国造船業界は、マスコミや学識経験者、欧州のシップブローカー等による韓国造船業擁護等のキャンペーンを展開した。
2001年5月にECは、第1次のTBR報告を出し、韓国の大宇のワークアウト、漢拏重工及び大東造船の破産手続き、大宇に対する租税特別措置制限法及びワークアウトにおけるスピンオフ促進税制の適用はWTO協定の相殺措置の対象となる補助金に該当し、また韓国輸出入銀行の輸出補助制度は同協定の禁止輸出補助金に該当する可能性があり、また、これらによりEU造船業が貿易上の著しい損害を被っていると結論し、今後二国間協議で解決できない場合にはWTO提訴、さらに韓国輸出入銀行の輸出補助制度については調査を継続することとした。また、一方で韓国の不公正慣行から欧州造船業を保護するため暫定的に造船助成を再開するとする方針が明らかとなった。
この圧力で、船価改善策を探る二国間協議が再度開催されたが、約15%の船価改善を求めたEUに対し、韓国は7〜8%を主張し、交渉は決裂した。
その後、WTO提訴についてはEU加盟国内で意見の一致が見られたものの、暫定助成措置の導入をめぐってEU各国の意見が二分した。大手造船業を抱えるイタリア、スペイン、ドイツ等は暫定助成措置の導入を強く求める一方、EU域内の競争条件の歪曲化を問題視するオランダ、英国、デンマーク、スウェーデン、フィンランドが反対を示した。
2002年6月、EU閣僚理事会は(1)暫定助成規則対象船種はコンテナ船、プロダクト・ケミカルタンカー及びLNG船とし、最大助成率は契約額の6%。ただしLNGについては2002年中の調査結果を待って判断するとし、(2)9月末までに二国間協議で解決しない場合に、WTO提訴と暫定助成の両方を実施することを決定した。
2002年8月のソウルでの欧韓実務者協議も成果はなく、9月末のブリュッセルでの欧韓ハイレベル協議においても物別れに終わった。
2002年10月には、欧州委員会は、暫定措置規則の発動とWTO提訴が決定された。これに対し日本は、WTO紛争処理パネルが設置された場合には、第3国としてこれに参加し、意見を述べることを決定した。
欧州と韓国は、その後WTO紛争処理規定に基づき、2国間協議に入り、11月に第1回、12月に第2回が開催された。
一方、韓国は、欧州域内での補助金慣行等についてWTO手続きに沿って、質問状を提出し、2月には欧州から回答がなされた。
欧州委員会は2003年1月に、造船産業の将来ビジョン策定のため、造船ハイレベル会合を設置(Leadership 2015)した。
1-2. 2003年度における具体的動き
欧州委員会(EC)は第7次造船市場報告を発行し、LNG船もコンテナ船等と同様に、「著しい害」を被っているとのデータが示された。また欧州と韓国間でWTO紛争処理手続きに沿ってもたれた2国間協議は、予想通り不調に終わり、ECは2003年6月に紛争処理パネルの設置を要請するとともにLNG船を暫定保護措置対象に含めることを決定した。
その後、欧州委員会(EC)は、7月に韓国、日本、中国からWTO補助金協定付属書Vに基づく情報収集手続きに入った。8月には、WTOがパネルの具体的構成メンバー3名を指名し、第3国参加国も確定した。ところが9月に韓国は、欧州の補助金慣行についてWTO逆提訴に及んだ。当初予想されたWTO紛争手続きが予定を超えて延びていることを理由に2004年1月ECは暫定保護措置の延長手続きに入った。以下に主要トピックスを時系列で示す。
2003年5月6日:欧州委員会(EC)、第7次造船市場報告
2003年6月11日:欧州委員会(EC)、WTOに対しパネル設置要請
2003年6月25日:欧州委員会(EC)、暫定保護措置対象をLNG船まで拡大
2003年7月10日:欧州委員会(EC)、WTO補助金協定付属書Vの情報収集手続き申請
2003年7月29日:日本、付属書V手続き受入
2003年8月26日:中国、付属書V手続き受入
2003年8月27日:WTO、パネルメンバー、第3国参加国決定
2003年9月3日:韓国、EUの造船助成をWTO逆提訴
2003年9月16日:欧州造船工業会(AWES)、年次報告発行
2003年10月28日:リーダーシップ2015諮問グループ報告書発表
2003年11月26日:欧州委員会(EC)、造船技術革新投資助成枠20%に拡大
2003年11月26日:欧州委員会(EC)、リーダーシップ2015勧告への支援要求
2003年11月27日:EU競争閣僚理事会、暫定保護措置延長を提言
2003年1月21日:欧州委員会(EC)、暫定保護措置延長を正式提案
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