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【SESSION 5: 海洋安全保障に関する提案/Proposal on Ocean Security】
 
[Presenter]
○廣瀬 肇 海上保安大学校名誉教授/海洋安全保障に関する提案
 現在、日本の石油ルートは、中東を出発してインド洋を通過する仕組みになっており、インド洋における海上の安全は、南アジアの大国たるインドによるところが大きい。日印の貿易量が年々増加の傾向にあることを考慮すれば、この海域におけるシーレーンの安全確保は両国にとって極めて重要な問題であろう。
 インド洋は、インド海軍とコーストガードによってその海洋秩序が維持されている。このSea Powerが日本の石油ルートと南アジア地域の安全保障に関係するものと考えられる。しかしながら、インドとの協力関係の構築は、他の諸国、北東アジアや東南アジア諸国、オーストラリアなどとの協力関係を軽視するものではなく、インドから日本までのシーレーンの安全保障システムの重要な一部なのであり、日印間に位置する諸国のコーストガードと協働することが必要である。特に、海賊の問題一つをとってみても、平時における協力が不可欠であろう。こうした協働に関しては、近年行われた海上保安分野における日本とインドの交流や、日本を軸とする海賊対策の流れの中にも、その重要性を見出すことができる。
 日本政府がASEAN諸国に対して協力の姿勢を見せる理由は、海賊対策、シーレーンの安全保障、すなわち航行の安全確保のために、ASEAN諸国の体制が整備され、必要な実力を備えることを望むためである。海上保安分野における協力関係が比較的円滑に行われている理由としては、コーストガードが軍隊ではなく、あくまで法令の執行を主たる任務とする機関である点に由来すると言える。ところが、テロ、ゲリラ等、低程度紛争(low intensity conflict)から戦争(hot war)へ近いものへ推移する場合には、武装が基本になるため、コーストガードのみでは自ずと限界が生じる。例えば不審船のような問題については、日本のコーストガードが十分に実力発揮するためには、その背後に強大な海軍力(海上自衛隊)が控えるといったシステムが提案されてもよいのではないか。平時において、海軍とコーストガードの役割の効率的な配分が必要なのではないかと思われる。すなわち、コースガードと海軍の性質や任務の違いを前提として、国内のみならず各国間の連携協力・協調・協働の関係を構築することこそがシーレーンの安全確保を可能にすると言える。
 海洋安全保障に関するキーワードは、連携協力・協調・協働・相互理解である。連携協力については、法執行体制として各国と連携可能な内容であり、目的が明確であることも必要であろう。また、国連海洋法条約によって新たに設定された各水域別の役割分担と協力関係の体制整備のため、日頃からの密接な連絡が必要であり、関係各国の海上保安能力向上のための法制度の整備、装備の強化、教育面での協力も重要な要素となる。
 
[Presenter]
○Prof, K. V. Kesavan/Proposals on Ocean Security
 今日の海洋における安全保障を語るに際して、改めて非軍事用語で再定義を行う必要があろう。なぜなら、海洋安全保障の非軍事的側面が強調されているからである。ここには、2つの要素が介在していると思われる。第一に、インド洋諸国の経済的状況である。現在、インド洋地域では、経済の自由化、資本主義化が生じており、それに応じて経済的ニーズにも変容が見られ、今後は長期的なエネルギー戦略が重要であると考えられる。第二に、国連海洋法条約の下での管轄水域の拡大である。同条約の下では、従来の領海と公海による二元的な海洋秩序から、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚などが設定され、より複雑化されたことにより、沿岸国に新たな責任が生じることとなった。
 このような現状にもかかわらず、インド洋地域では、海洋についての制度的枠組みの構築がうまく行われているとは言えない。その原因として、この地域における民族的、社会的、文化的、経済的、あらゆる意味での多様性を挙げることができよう。こうした海洋についての制度的枠組みづくりへ向けて、過去に行われたスリランカの努力は、結果的に失敗に終わった。その原因として、インド洋から二つの超大国を排除しようとした点を挙げておかねばならない。インド洋は戦略的にも重要な海域なのであり、二超大国の協力なくしては、こうした試みは成功しない点を認識する必要があろう。今後は、アジア・太平洋諸国のエネルギー需要が高まることが予想され、中東地域の石油資源へ効果的にアクセスするためには中国との信頼醸成がより必要となろう。中国がエネルギー需要の拡大を管理するためには、アジア・エネルギー機関といった一定の組織を創設することも一案であろうし、シーレーンを確保するための特別の委員会の設置、また湾岸諸国への圧力を緩和するための代替エネルギーの模索も考えられる。この点、代替エネルギーに関しては、例えば、シベリアにおける共同開発なども提案される余地があろう。
 今後は、関係諸国の二国間協力の重要性が増すと思われる。このような意味においては日本とインドの協力関係は極めて注目する必要がある。インドは包括的な海洋政策を有しており、これによって、国連海洋法条約の尊重、米国との関係の緊密化(例:米国とインドの合同演習、マラッカ海峡における共同パトロール)などが図られている。
 では、日本とインドの間でいかなる協力関係が可能であるか。これに関しては、1992年からのルック・イースト政策に注目せねばならない。この政策は、東南アジアとの貿易および投資関係を主要な内容としているものである。すなわち、インドの海洋安全保障は、基本的に、湾岸地域からマラッカ海峡までを想定しているが、これを東南アジアのみならず、中国や日本を含めたASEAN諸国についても展開してゆくことが期待される。インドは、米国との関係強化に努めており、また、日本とインドは中国との関係に非常に関心がある点を確認しておきたい。
 
[Commentator]
○Vice Admiral Mihir Roy (Retd.)
 海洋の安全保障に関しては、理想主義に走るべきではなく、現実的であるべきであろう。より多くの対話が重要であり、人間環境、メディア、経済における密接な絆も必要であろう。すなわち、人と人との繋がりを重視した、公の交流のあることが望まれる。さらに、今回の会議のように、非公式な会議の場が設けられ、重要な対話が行われていることを十分に周知させる必要があろう。また、対話を行う際には、いくつかの的を絞るべきであり、継続することが重要である。
 
[Commentator]
○夏川和也 (株)日立製作所特別顧問 元防衛庁統合幕僚会議議長
 海洋安全保障の枠組みについて、まず一国における海軍とコーストガードとの協力を充実させ、それを踏まえた上での二国間の協力が望ましいであろう。多国間の枠組み作りについては、まず既存のものを活用し、それらを充実させてゆく方式が考えられる。
 海軍とコーストガードの違いについて、廣瀬教授から指摘があったが、果たして平時とはいかなる時を指すのか、また戦時とはいかなる状態を指すのか、これらを明確に区別することが必ずしも必要であるとは思われない。平時と戦時の中間の状態も存在しうる可能性がある。また、海軍とコーストガードという二つの組織の役割について、両者の本質的な違いを十分に認識した上で、協力関係を深めることが重要であろう。
 海上における法整備に関して、Shing氏より国連海洋法条約の重要性が強調されたが、国連海洋法条約の基本的理念の実現について、より真剣に検討されるべきであろう。国連海洋法条約において謳われている「人類の共同財産」概念に対する認識が希薄であるように思われる。
 
[Discussion]
秋山会長:第一に、Kesavan氏の報告にもあったが、シベリアにおける資源開発により多くの関心を払うべきではないだろうか。シップ・アンド・オーシャン財団では、現在、資源開発に関係して、北極海航路についてのプロジェクトが進行しており、ここで紹介しておきたい。第二に、廣瀬教授の報告の中で、海軍とコーストガードのそれぞれの性質についての言及があったが、両者の協力が重要になってきている。第三に、米国が来年、遂に国連海洋法条約を批准するようであるが、米国が批准すれば、同条約の適用に大きな影響が生じると思われる。ここで、地域的なサポートについて日本とインドが貢献できれば、それは望ましいことであろう。第四に、安全保障にとって「なぜ」経済問題が必要であるのか、この点を十分に議論すべきである。
 
金田氏:第一に、テロヘの対応について、現行国際法の適用では不十分である点を改めて認識する必要がある。第二に、海軍が連携するためには、共用のRules of Engagementを作ってゆくことが必要であろう。これは、まず日印、日米、米印といった、二国間から始めて、さらには三国間でのコンセンサスを得た後、他の諸国へ普及させるといった図式が望ましいであろう。第三に、海軍間の協力は、まず地域レベルで充実させるべきであろう。
 
山崎氏:海軍とコーストガードの任務分担について、海洋におけるオペレーションの特質を考えれば、これを厳密に区分することは恐らく不可能であろう。ただし、海洋の安全保障を現実のものとするためには、何らかの制度の確立が不可欠である。例えば、平時における海上の不法行為に対しては基本的にコーストガードが、これのみで対応することが困難な場合には海軍が機能する、といった図式が考えられる。
 
村井氏:関係を確立するためには、共通の敵のあることが重要である。日本とインドの関係を確立するためにも、共通の敵の存在が必要ではないか。
 
Samadar氏:第一に、暴力について考察することが重要である。人間の進化の歴史の中で、暴力をいかに管理してきたか、という問題意識からは得るものは大きい。これに関しては、二通りの対応があるだろう。一方は、結果対応、結果管理というあり方、そして他方では、予防、危機管理である。危機の予防・解決における民間セクター関与(PSI)は、まさに後者の一例といえる。第二に、SLOCの管理である。これは、航空機から学ぶところが大きいと思われる。海上における全ての船舶が交流ポイントを有することが重要である。
 
笹島氏:海上における現代的な脅威は、Transnationalかつ非対象なものであり、これに関しては、コーストガードの地理的範囲の拡大や、海軍が本来のミッションに無いものを行うという二つの課題が考えられる。そのためには、両者の協力は不可欠である。日本とインドの二国間の協力の拡大と、多数国間レベルで進めていくべき課題の両者を整理しなければならない。
 
Das氏:犯罪がいかなる時点からテロに取って代わるのか。海軍が平時における脅威についても対応しなければならない事態もあるだろう。このように考えると、平時における安全保障、平時に対応すべき海軍の役割が自ずと明らかになってくるのではないか。
 
夏川氏:それゆえ、コーストガードと海軍との役割を真剣に検討すべきである。
 
Shin氏:出発点としては、日本とインドにおいて二国間の協力を高め、エネルギーの輸送ルートを確保することが挙げられる。さらに、何らかの形でインドと米国との視点をすり合わせることが重要となろう。インドが7年前に、テロ一掃条約を提案したが、これについては海軍からのインプットが必要ではないだろうか。
 
【CLOSING SESSION】
 
[Closing Remarks]
○夏川和也 (株)日立製作所特別顧問 元防衛庁幕僚会議議長
 インドの参加者、日本の参加者共に周到な準備と積極的な討論がなされ、実りのある会議であった。フロアーの熱心な聴講者の方々から質問をもう少しいただきたかったが時間がなかったのが残念だった。月並みではあるが、経過を振り返ってみる。
 
セッション1: 最近のアジア情勢と安全保障システム実施
 村井氏とSingh氏の発表は、地域の特徴、関連する重要国〜中国・アメリカ・東南アジア・インド・日本、テロ・WMD等の脅威、国連海洋法、軍事力以外の力等、多角的且つ広い視野からのものであり、以後のダイアローグの活性化の基礎を作っていただいた。
 
セッション2: SLOCにおける包括的な安全保障問題について
 金田氏とRoy氏からは、海洋自由の必要性、インド洋の特徴、不安定要因の分析、安全確保のための枠組み作り、技術、モデル、具体的提案、そして、それらを考察する際の考慮要因等が発表された。
 討議においては、この海域の安全に関して何故日・印なのかという基本的な問いかけ、中国に対する種々の角度からの評価、イラク問題、PSIに関連してのインドの戦略的考え方、海洋をめぐる法制の問題等を巡り活発な議論が交わされた。議論は、海洋とは直接関係しないことにも及び、また日・印という枠を飛び越えた部分もあったが、いずれも基本的な事柄であり、また議論の幅を広げ、このプログラムの進展に大いに貢献したものと考える。
 時間の制約があり、中国問題、これは議論を重ねても尽きないかもしれないが、UNCLOSに関連した問題、集団的海上警察権問題等は大事な事項ではあるが、あまり議論できなかった。
 
セッション3: 海洋安全保障と経済について
 Baru氏とPillai少将の発表では、インドの経済活動の歴史と現在の状況、港湾・海運・造船に関する状況、インド洋に関わるインドの経済および地域の経済、経済面から見たインド洋の重要性、日本の経済的側面におけるインドとの協力の重要性と低調な現状について、具体的に協力可能な項目の提示がされた。
 討議においては、政府援助について、安全保障と経済関係の関連の仕方、民間レベルの協力のあり方、日本との経済協力が進まない原因等について議論、海洋の安全保障を考えるにあたっては経済問題を合わせて考察することの重要性とその現状について理解した。
 しかし、日・印の経済協力が低調なことの原因、海洋安全保障と経済の問題を単に二国間だけの問題として捉えるのではなく、地域全体として捉えなければならないということに関する中身については議論が不十分であった。
 
セッション4: 具体的な海洋における脅威について
 Das氏とDe Silva氏の発表では、インド洋の特徴と弱点、関係する各国〜周辺国・アメリカ・中国・日本の状況、脅威とその原因・性質・実態、インド洋の役割の重要さ、協力への各種提言〜この中には海賊を例にとった具体的な提言もなされた。
 討議においては、日本の立場や国内状況を踏まえてステップ・バイ・ステップで協力関係を築いていくこと、中国のインド洋進出に関連した事項、海上における法整備について、情報交換・SHPLOCシステム等について、アメリカとの共同について、また、会場からは、海上保安庁の権限、インドのコンテナ化に対する対応についての問題が提起された。
 
セッション5: 海洋安全保障に関する提案
 広瀬氏とKesavan氏の発表では、コーストガードにおける日本とインドの協力および日本と他国との協力、警察機関であるコーストガードの本質に対する考察、安全保障協力の枠組みの制度化および協力の実施に対する考え方や協力のためのキーワード・PSIについて、日・印のインド洋の安全の基本・非軍事協力に関して具体的ないくつかの提案がされた。
 討議においては、日本の海上安全確保に対する努力への期待、具体的な協力の方策を検討していく上であまり理想的な物を追うのでなく現実に立つべきで、その一つとして、船の識別の提言があった。ネイビーとコーストガードの関係について、議論されたが、この問題については今後も引き続き議論が必要である。
 ネイビーとコーストガードの法的権限の認識、海洋テロと犯罪の区別、船員の多国籍化が起こす問題点と解決策が会場から提起されたが、今回は、パネリストからの意見は留保された。
 
 以上、私なりに経緯を振り返ってみた。今回の2日間にわたる会議の評価は、議事録を詳細に検討してからなされるべきであるが、今私が言えることは、参加者皆様の熱意と参加者意識そして素晴らしい見識により、課題の間口を大きくとらえることが出来たということである。時間の関係でそれぞれについて深く議論をすることは出来なかったが、それは次回以降にも出来る。間口を大きく捉えたということは、基礎を大きく構えたということであり、その上には大きな家が建てられるということである。このシリーズの成果の大きさを予感する。
 最後に2つ付け加えさせていただくと、まず、ステップ・バイ・ステップで前進するにしても、一つのステップの確立に形だけを追わないで、それぞれ国によって事情が違うことも踏まえ、Roy氏がおっしゃったように現実に立って進めるべきである。これは、CBMs経験からも言えることである。
 また、次回は来年の開催になると思われるが、それまで何もしないのではなく、インターネット等を通じて、相互に情報交換をしていくことを提案したい。
 参加者皆様の卓見と熱意に改めて敬意と感謝を申し上げる。フロアーの皆様にもお忙しい中の参加に感謝申し上げ、より大きい成果を上げるために今後もご所見・ご指導を是非賜りたい。また、素晴らしい機会を与えていただいたシップ・アンド・オーシャン財団と秋山会長をはじめ、お世話をいただいた皆様に、そして、意志の疎通に重要な役割を果たしていただいた同時通訳担当の方々に厚く御礼申し上げる。ありがとうございました。
以上







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