日本財団 図書館


問題点
 以上、海の問題に関する地域的な認識及び情報交換を開発しようという過去の試みを簡単に紹介したが、機能するシステムを構築するためには、まず乗り越えなければならない多くの問題が存在することは明らかである。以下に問題点をまとめる。
・システムが必要であるという政治的な認識の欠如。
・関係する機関の多さを考えたとき、国内的にも地域的にも調整が難しい。
・技術導入が急激に行なわれたため、データの収集、保存、操作、送信、表示に関して各国の技術レベルの足並みが揃わない。
・商業的にも政治的にも微妙な問題を含んでいる可能性がある。
・海洋境界線に関する複雑な事情から、自国の主権または主権の要求に関して妥協しているように見られるのを避けて、各国は協力に消極的になりがちである。
・自国の排他的経済水域をRMSSARまたは海洋データベースの適用範囲内に含めることに対して躊躇がある。
・そして、最も深刻なのが能力及びリソースの不足である。
 
自国の利益
 海の問題に関する地域的な認識を構築する上での基本的な問題は、現実的な計算が働いて、各国が自国の利益優先で行動する傾向があることである。海洋の領域ではこのような例が多数見られるが、有効な海上紛争防止システムを推進するために、ある程度の利他主義的な姿勢は必要不可欠である。この地域の特徴として海や自然生態系の関係が密接に結びつき合っているため、一般的に各国は互いに協力して結果が最適になるようにし、海洋安全保障の共通の利益を最大化する必要がある。実利的な考え方が支配しているうちは、海洋環境はただただ苦しみ続けるしかない。
 
 東アジアでは、海洋問題での協力は未開発のままである。欧州20や南太平洋地域21の例を参照すると、有効な海洋環境の管理体制を地域レベルで実現するうえで、基礎的な必須条件としての政治的枠組みの架け橋が重要であることが示されている。海上の安全及び船舶起因の海洋汚染の問題への地域的なアプローチの開発は、こうした枠組みによって実現されている。海上紛争防止システムを開発する行動計画では、現行の地域的な政治的安全保障の枠組みの限界を認識する必要がある。
 
行動計画の策定
 いくつかの問題点が明らかになっている。第1に、海の問題に関するより一層の認識を地域的に喚起してゆく必要がある。第2点として、特に東南アジアの閉鎖的水域及び半閉鎖的水域において、地域の地理及び資源の貴重さを考慮すると、このような認識を開発するには現在よりも活発な協力関係が要求される。第3点として、この問題で協力的なアプローチを開発しようとする過去の試みは失敗に終わっている。最後に、ISPSコードの導入、並びにテロに対する潜在的な脅威、海上で海賊事件や武装強盗が続いている現状等を考えると、地域の海洋環境及び情報共有に関するより良い知識を提供する作業を洗い直す必要がある。
 
 ひとつの糸口として、海に関するより広い認識を促す「積み木」的手法が考えられる。これには、協力の利点を正しく認識することも含まれる。これを実現するために、三段構えの構想を提唱する。まず、海の問題に関する認識を高め情報共有を推進するため、基礎となるいくつかのイニシアティブから着手する(第1段階)。次にデジタルデータベースを構築する(第2段階)。そして最終的に、海上監視や情報交換をリアルタイムで行なうという究極の目標に活動を進める(第3段階)。
 
地域的海洋ワークショップ
 海の問題に関する認識を高め、異なる機関の間で仕事の調整を行なう地域的海洋ワークショップの概念を再開させる必要がある。ワークショップの概念及び目的については、本論文の付録に記載した。これらのワークショップはSOFの海洋政策研究所の活動に特徴的な、分野の違いを超えた、セクター横断的で国際的な手法が反映されたものとなる。こうしたワークショップは、未来のために海洋安全保障を守る地域及び国内の数々の機関の中間レベルの専門家を結びつける役割を担う。海洋分野の特定の問題について共通の理解を共有する専門家の心情的なコミュニティーを構築する手助けとなる。
 
海洋情報ディレクトリ
 海洋情報を交換するための同地域における枠組みは開発途上である。海洋情報を共有したこれまでの例としてはARFイニシアティブに対応して中国が設立した海洋データセンター、クアラルンプールの国際海事局の国際海賊センターなどが挙げられる。海洋情報を収集、交換する拡張協定について模索してみてもよいであろう。
 
デジタル海洋データベース
 情報技術の進歩の結果、データベースを収集したり、異なるユーザーやデータ収集担当者の間で情報を交換することが可能になった。デジタル海洋データベースには、水界地理、海洋地理、地理、航路及び通航、港湾設備、海事事件(衝突、座礁、海賊襲撃など)に関するデータを登録することができる。このデータを解析して、因果関係を調査することが可能である。SMISはこのようなデジタル海洋データベースの一例である。
 
 現状では、海洋活動に関するデータは各国で個別にしか入手できない。多くの国は、こうしたデータを国内用として収集している。しかし多くの場合、データは国内レベルでさえも整理されていない。自由にアクセス可能な、オープンソースの地域データベースを構築することには、多くの潜在的利点がある。特に、どのような船がどのような積み荷で地域内を航行しているかが分かる良好なデータベースが存在しない。このデータの収集には、商業的な秘匿性や、政治的な微妙さを含め、極めて高いハードルが立ちはだかっている。しかし、海上テロ及び海賊行為に効果的に対処するには是非、このデータベースを構築するべきである。
 
リアルタイムの海洋監視及び情報交換
 航路を通過する船舶の移動を監視する必要がある。とくに、沿岸または混雑する水域で大切である。しかし、海上で何が起きているか情報を管理し、船舶から保安警報が入ったときにこれに対処する陸地側の仕組みが整備されていない。船の運行情報だけでなく、漁業、海洋科学調査、石油・ガスの探査及び開発などの情報を追加することもできる。総合的RMSSARの考え方をAPEC、ARF、WPNSといったフォーラムにて模索するべきである。
 
さらなる協力協定
 こうした活動の過程で、合同海上保安協定に関する一歩踏み込んだ議論が生じてくることが予想される(1996年から2000年にかけて東京の防衛研究所において検討された海洋平和維持活動など)。22 この活動では漁船の航行や操業を監視したり、船舶から発生する海洋汚染の証拠を掴むなど、環境を保護する目的で海軍力を共同活動に使用することを想定している。
 
 これに対して、一部の国は沿岸警備隊を使って問題に対処したい意向である。海洋管轄権に関して複数国間で要求が対立していたり、政治的な緊張がある微妙な水域で活動するには、海軍艦船よりも沿岸警備隊の方が適している場合もある。近年、地域各国は沿岸警備隊を急激に拡張している。23 バングラデシュ、フィリピン、ベトナムはすでに沿岸警備隊を発足させており、マレーシア及びインドネシアがこれに追従する動きを見せている。東南アジア水域における日本の海上保安庁の海賊取締り作戦は、沿岸警備隊を外交手段として活用できることを示している。究極の目的は、地域的な沿岸警備組織を構築して、地域全体の海洋安全保障を提供することである。
 
まとめ
 海に関する地域的な協力及びその利益については頻繁に論じられるが、矛盾も存在する。最も広範なグローバルな海洋管理体制である国連海洋法条約は合意に基づいて、「グローバル・コモンズ」である海洋のかなりの部分を、領海、大陸棚、排他的経済水域を主張できる水域として囲み込む法的な根拠を与えてしまっている。これらの水域が隣国同士で重なり合う場合も少なくない。つまり、海洋法条約は海事分野の管理にナショナリスティックなアプローチを用いることを支持する一方で、国同士が協力することも強力に支持している。この理念的な二面性は東アジアの海で非常に顕著に表われており、これらの海における海事面での協力及び管理体制構築の将来像に、かなり根本的に根付いている。
 
 東アジアの各国は、顕著な海洋関連利益を共有しているが、一方で対立関係も存在する。主な原因は戦略的環境が不確実であること、海洋主権紛争、主要な管轄権上の問題などである。特に、海上の境界線が合意に至っていないことは大きな問題点である。高度経済成長の結果、各国のSLOCsへの依存が高まりリスクが増大している。海洋資源への主張が強まり、結果的に海軍予算への出費増につながっている。
 
現状では、一般的に海の問題に関する認識は欠如しているが、安定した海洋管理体制の実施、テロや海賊に対する地域としての効果的な対応を行なうには、この認識が必要不可欠である。認識が向上することの利益を地域の全ての国が理解しているにもかかわらず、効果的かつ持続的な協力協定を導入するには多くの障害を乗り越えなければならないことが、過去の経験から分かっている。本論文で概要を説明したとおり、効果的な海上紛争防止システムを構築するために、まずは適度な広報活動を伴った「小さな」活動として始める行動計画を提案している。ひとことで言えば、信頼醸成及び予防外交の手段を再び議題に乗せる必要がある。
 
付録:地域的海上保安ワークショップの概要
 
付録
地域的海上保安ワークショップの概要
コンセプト
・海上保安に関するワークショップを定期的に開催し、APEC参加各国が持ち回りで議長を務める。資金源はAPECや国際基金に求める。
・各ワークショップの参加者は最大で40人とし、議長(任期を決めて選出)、ワークショップ・コディネーター(同様に選出)、約6人のリソース担当と管理スタッフを設置する。
・リソース担当は、海上保安、国際関係、海洋法、海運及び港湾、地域経済、貿易の各分野の地域スペシャリストを選任する。彼らはAPEC各国の将来的に有望な人材のプールから選出される。
・ワークショップは5日間で集中開催される。
 
目的
 ワークショップは以下の目的を持つべきである。
・アジア太平洋地域の海上保安の問題に関して、より一層の認識及び知識を構築する。
・海上保安に責任を持つ政府の各部門及び各機関の間に非公式なチャンネル及び相互関係を構築する。
・海上保安の分野に問題解決的かつ協力的アプローチを導入する。
・地域の海洋関係の信頼醸成及び安全構築に貢献する。
・海事活動の特定分野の専門家に対して、別の分野で起きている出来事に関する情報を提供する。
・海上保安の分野における協力を促進する協定を制定することを目的としたフォーラムを開催する。
 
対象となる参加者
 ワークショップは社交的かつ教育的な経験となるべきであり、アイディアの創出や問題の解決が期待されている。参加者は提案を行なうことが求められるため、ある程度の権限を有している必要がある。たとえば以下のような分野が想定されている。
・海上保安に関心がある政府部門及び政府機関の中堅公務員(例:外交、海運、防衛)。
・同地域の軍隊の中佐/大佐クラス。
・海運及び港湾産業の中間管理職クラス。
・該当分野の教育及び研究目的に関心があり、地域の学術組織に属する学術関係者。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION