はしがき
海難事故から人身の安全を守ることは永遠の目標である。このたび、近年の技術の進展等を取りいれてSOLAS条約の改正がなされ、平成14年7月1日から発効された。
同条約の改正に伴い国内法である船舶設備規程等の改正が行われ、航海機器関係では、航海用具全般にわたる搭載要件等の改正及び新規の機器搭載等が規定された。
新規に搭載される主な機器としては船舶自動識別装置(AIS)、航海情報記録装置(VDR)及び衛星航法装置(GPS受信機)の機器がある。
これらの新規機器はいずれも当協会の資格制度対象機器である航海用レーダー、自動衝突予防援助装置(ARPA)及びGMDSS機器と同様に、高度な機能を保有しており、また、船舶の安全にとって不可欠な航海用機器である。
本指導書は航海用レーダー整備士の資格を保有するもの及び新たに航海用レーダー整備士の資格を取得しようとするものを対象に、これらの新しい機器の装備・整備技術を修得することを目的とし、通信講習のための指導書として作成した。
なお、本指導書の作成に際して、日本財団から多大な助成金を頂いたことに深く感謝申上げると共に執筆や編集にご協力頂いた方々のご努力、国土交通省、海上保安庁、水産庁等関係各位のご援助に深甚の謝意を表する。
平成15年6月
第1章 SOLAS条約第V章「航行の安全」の改正概要
1・1 概説
航海設備の搭載基準を始め航海の安全措置等を規定しているSOLAS条約第V章の全面見直しについては、IMOの第38回航行安全小委員会(NAV38/Jun/1992)から審議されていたが、第73回海上安全委員会(MSC73/Dec./2000)及び第74回海上安全委員会(MSC74/Jun/2001)で新SOLAS条約第V章が出来上がり2002年7月1日から発効することとなった。なお本編の第1章以降この改正SOLAS条約第V章を、単に「SOLAS条約第V章、またはSOLAS条約」と記載する。
SOLAS条約を概括的にこれを眺めれば、次のようである。
第1規則には適用が述べられ、第V章は基本的には国際、非国際の航海を問わずすべての船舶に適用されるが(1)軍艦、支援艦及び政府所有の非商業船舶、(2)五大湖並びにその連結部及び支流のみを航行する船舶には適用はされない。しかし(1)、(2)の船舶もできる限りこの規則に従って航行するよう推奨されている。また、第15〜28規則については、(1)150GT未満の国際航海船、(2)500GT未満の非国際航海船、及び(3)漁船には、その要件の適用の程度を主管庁が決定することとなっている。
第2規則には定義が述べられ、(1)「建造された」、(2)「海図又は航海用刊行物」、(3)「すべての船舶」が定義されている。「建造された」とは、(1)キールが据え付けられた段階、(2)特定の船舶と確認できる程度まで建造が始められた段階、(3)50トン又は全建造材料の質量見積りの1%のいずれか少ないものが組み立てられた段階をいう。「海図又は航海用刊行物」とは、政府当局、あるいは権限を与えられた水路機関又は政府施設によって公式に刊行され、かつ海上航行要求に合致するように作成された地図や図書あるいはそれらの基となるデータベースをいう。「すべての船舶」とは、船種及び目的に関係なくあらゆる船舶・船艇をいう、となっている。
第18規則には第19規則及び第20規則において要求される設備や機器は、主管庁の型式承認を受けたものであることが基本であるが、適用可能な限り、IMOにおいて採択された動作基準(表1・1)を下回らない基準に適合するものであることを求めている。ただし、小型船等において、搭載義務のない設備を任意で搭載する場合においては、この規定を適用しないことの確認がなされている。
第19規則には航海装置及び航海機器の搭載要件が規定されているが、現在の搭載要件と思想的に異なって、個々の設備や機器を要求するのではなく、必要な航海機能を満たすものを要求するようにfunctional requirementの型式をとるという方針のもとに審議されたので、なるべく機能を前面に出すようにされたが、機能の説明が困難であったので、表現として個々の設備や機器を例として用い、すべてにor other meansなる語を付加している。このため、従来と変わらないような印象を与えたことは否めない。原文(英文)の解釈に当たっては、この点に注意する必要がある。しかしながら、各国で対応が異なって、現場の船長がポート・ステート・コントロールにおいて難儀することも考えられるので、各国間で十分な統一解釈の確立を期待するものである。
第19規則における搭載要件は、次のように分けて規定している。
2・1項に大きさに関わらず「すべての船舶」が搭載すべきもの。
2・2項に150GT以上の「すべての船舶」及び大きさに関わらずすべての旅客船が搭載すべきもの。
2・3項に300GT以上の「すべての船舶」及び大きさに関わらずすべての旅客船が搭載すべきもの。
2・4項に船舶自動識別装置(AIS)の搭載要件
2・5項に500GT以上の「すべての船舶」が搭載すべきもの。
2・6項に500GT以上の「すべての船舶」のバックアップ要件。
2・7項に3,000GT以上の「すべての船舶」が搭載すべきもの。
2・8項に10,000GT以上の「すべての船舶」が搭載すべきもの。
2・9項に50,000GT以上の「すべての船舶」が搭載すべきもの。
そして、3項にother meansは主管庁が承認するものであること。
4項に装置の設置、試験、維持について規定されている。
5項に種々の作動モードを有する場合は現在使用中のモードを表示すべきことが規定されている。
6項に集中船橋設備(IBS)の要件について規定されている。
以上の要件をまとめて表1・1に示した。ただし、この表に用いた用語は、利用者が理解しやすいように通常航海者が用いる用語で説明したので、改正(平成14年7月1日発効)された船舶設備規程等やSOLAS条約和訳文等で用いられる用語とは多少違うこともあるかも知れない点はご了承下さい。
表1・1 SOLAS条約第V章による航行設備搭載要件(MSC.99(73))
適用除外:軍艦、軍艦支援船、非商業目的政府船及び五大湖船は第V章の適用を除外。(ただし適用を奨励する)
適用緩和:150GT未満の国際航海船及び500GT未満の非国際航海船並びに漁船については、第15〜28規則の要件の適用の程度を、主管庁が決定する。
表1・1の1 要件の適用
項番号 |
内容 |
1 |
適用及び要件 |
1・1 |
2002年7月1日以降に建造される船舶は、2・1項から2・9項までに規定される要件を満たす航行システム及び設備を装備すること。 |
1・2 |
2002年7月1日より前に建造された船舶は、次によること。 |
1・2・1 |
本規則に完全には適合しない船舶であって、2002年7月1日より前に効力があった1974年のSOLAS条約のV/11、V/12、V/20規則に規定された要件を満たす設備を装備し続ける場合には、本規則の1・2・2及び1・2・3の規定に従うこと。 |
1・2・2 |
2002年7月1日以後の最初の検査以前に2・1・6項に規定されている設備又はシステムを装備すること。この場合その時点で2002年7月1日より前に強制されていた1974年のSOLAS条約のV/12規則(p)に規定されている無線方向探知機は必要がない。 |
1・2・3 |
2・4・2項及び2・4・3項で定められた日付以前に2・4項で要求されるシステムを装備すること。 |
|
表1・1の2 搭載要件(上記1・1項に基づき)
項番号 |
設備(A.やMSC.の数字は決議番号) |
備考(ISOやIECの数字は規格番号) |
2・1 |
トン数に関係なくすべての船舶は、次に掲げる設備を装備すること。 |
2・1・1 |
操舵用標準磁気コンパス、又は同等設備 A.382(10) |
電源不要で、自差修正されたもの ISO 449 |
2・1・2 |
Pelorus(方位盤)あるいは方位測定用コンパス装置、又は同等設備 |
電源不要で、360°の水平物標方位測定可能であるもの |
2・1・3 |
真方位への改正手段 |
残存自差図表及び偏差の値の図表等 ISO 694 |
2・1・4 |
海図及び航海用刊行物 A.817(19)、MSC.64(67)Anx.5 Apx.6、MSC.86(70)Anx.4
Apx.7 |
海図は電子海図情報表示装置(ECDIS)でも可 IEC 61174 |
2・1・5 |
電子海図情報表示装置のバックアップ装置 A.817(19)Anx.6、MSC.64(67)Apx.6 |
2・1・4が電子的手段の場合に必要 |
2・1・6 |
全世界的衛星航法装置/地上無線航法装置又は同等設備 A.818(19)、A.819(19)、MSC.53(66)、MSC.64(67)Anx.2、MSC.74(69)Anx.1 |
航行中自動連続測定のもの IEC 61108、IEC 61110、IEC 61135、IEC 61075 |
2・1・7 |
レーダー反射器又は同等設備 A.384(10)(9GHz及び3GHzのレーダーに対応するもの) |
150GT未満の船舶であって、実行可能な場合 ISO 8729 |
2・1・8 |
音響受信装置又は同等設備 MSC.86(70)Anx.1 |
船橋が完全に閉鎖される場合、その方向が判るもの |
2・1・9 |
非常操舵場所との船首方位連絡電話又は同等設備 |
非常操舵場所がある場合 |
2・2 |
150GT以上の全船舶及びトン数に関係なくすべての旅客船は、2・1項に掲げる設備に加えて次に掲げる設備を装備すること。 |
2・2・1 |
予備の磁気コンパス A.382(10) |
2・1・1と交換可能なもの ISO 613 |
2・2・2 |
昼間信号灯又は同等設備 MSC.95(72) |
昼/夜間用で、船の主電源に頼らない電源のもの |
2・3 |
300GT以上の全船舶及びトン数に関係なくすべての旅客船は、2・2項に掲げる設備に加えて次に掲げる設備を装備すること。 |
2・3・1 |
音響測深機等又は同等設備 A.224(7)、MSC.74(69)Anx.4 |
ISO 9875 |
2・3・2 |
9GHzのレーダー又は同等設備 A.477(12)、MSC.64(67)Anx.4 |
IEC 60936 |
2・3・3 |
電子プロッティング装置(EPA)又は同等設備 MSC.64(67)Anx.4 Apx.1 Apx.2 |
電子的な物標プロッティング装置 IEC 60872 |
2・3・4 |
速力航程計又は同等設備 A.824(19) |
対水の速力・航程を指示するもの IEC 61023 |
2・3・5 |
適切に自差修正された船首方位伝達装置(THD)又は同等設備 MSC.116(73) |
2・3・2(レーダー)、2・3・3(EPA)、2・4(AIS)に船首方位情報を供給するもの ISO 22090 |
2・4 |
300GT以上の国際航海船、500GT以上の非国際航海貨物船及びトン数に関係なくすべての旅客船は、次に掲げるAIS設備を装備すること。 |
2・4 |
船舶自動識別装置(AIS) MSC.74(69)Anx.3 |
導入スケジュール等は別記 IEC 61993 |
2・5 |
500GT以上の全船舶は、2・3項及び2・4項に掲げる設備に加えて、次に掲げる設備を装備すること。ただし、2・3・3項及び2・3・5項の設備を除く。 |
2・5・1 |
ジャイロコンパス又は同等設備(非磁気的手段で船首方向の測定と表示可能なもの) A.424(11) |
2・3・2、2・4、2・5・5の機器に船首情報を提供できるもの ISO 8728 |
2・5・2 |
非常用操舵レピータ又は同等設備 A.424(11) |
非常操舵場所がある場合 ISO 8728 |
2・5・3 |
360°の方位測定レピータ又は同等設備 A.424(11) |
1600GT未満船は可能な限り ISO 8728 |
2・5・4 |
舵角・回転数・推力・ピッチ計 |
操舵場所から読み取り可能なもの |
2・5・5 |
自動物標追跡装置(ATA)又は同等設備 MSC.64(67)Anx.4 Apx.1 Apx.2 |
少なくとも10以上の物標を追尾でき、危険関係を予報 IEC 60872 |
2・6 |
500GT以上の全船舶は、装置の一つの部品の故障が2・1・1項、2・1・2項、2・1・4項の要件に適合する船の航行機能を減退させてはならない。 |
2・7 |
3,000GT以上の全船舶は、2・5項に掲げる設備に加えて、次に掲げる設備を装備すること。 |
2・7・1 |
第2レーダー又は同等設備 A.477(12)、MSC.64(67)Anx.4 |
3GHz、主管庁が認める場合は9GHzのレーダー IEC 60936 |
2・7・2 |
第2の自動物標追跡装置(ATA)又は同等設備 MSC.64(67)Anx.4 Apx.1 Apx.2 |
2・5・5項のものとは独立機能のもの IEC 60872 |
2・8 |
10,000GT以上の全船舶は、2・7・2項の設備を除く2・7項に掲げる設備に加えて、次に掲げる設備を装備すること。 |
2・8・1 |
自動衝突予防援助装置(ARPA)又は同等設備 A.823(19) |
少なくとも20以上の物標を追尾でき、危険関係を予報、試行操船のできるもの IEC 60872 |
2・8・2 |
自動操舵装置(HCS)/自動航路保持装置(TCS)又は同等設備 A.342(9)、MSC.64(67)Anx.3、MSC.74(69)Anx.2 |
自動的に針路を保持する制御装置(自動操舵装置)又は直線航路を保持する制御装置(TCS) ISO 11674、IEC/ISO
62065 |
2・9 |
50,000GT以上の全船舶は、2・8項に掲げる設備に加えて、次に掲げる設備を装備すること。 |
2・9・1 |
回頭角速度計又は同等設備 A.526(13) |
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2・9・2 |
対地速力航程計又は同等設備 A.824(19) |
船首尾及び正横方向の対地速力航程を指示 IEC 61023 |
3 |
この規則に従って「同等設備」と認められる設備は、第18規則に準拠して管海官庁により承認されたものであること。 |
4 |
この規則に述べられた航行設備及びシステムは、故障を最小限にするように据え付けられ、試験され、そして機能が維持されること。 |
5 |
二つ以上の作動モードを持つ航行設備及びシステムは、現在使用中のモードを表示すること。 |
6 |
集中船橋設備(Integrated Bridge System)は、一つの構成設備が故障した場合は、可聴又は可視の警報により、航海当直士官の注意を直ちに喚起するものであり、かつ、その故障が他の構成設備に故障をもたらさないものであること。集中船橋設備の一部分が故障した場合、個々の各機器をあるいは各装置を分離して操作できるものであること。 |
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