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臨床研究
ホスピスケアにおける転倒と看護*1
二見典子*2
 
はじめに
 
 ピースハウスはリハビリのスタッフがおりませんので, 看護師が試行錯誤しながらやっている現状です。淀川キリスト教病院のようにリハビリの方がいるとどんなにいいかしらと思いました。今日これからお話しする転倒のことについても, リハビリの方のアドバイスがあれば防げた事例もあったのではないか, もう少しいい移動の方法があったのではないか, そんなことを思い巡らせながら, 午前中の仲先生の講義を聞いていました。
 今日のテーマについて, 私が細かいアセスメントのことを専門的にお話しできるわけではないので, まずはピースハウスでの現状を皆さんにお伝えさせていただこうと思います。その中からホスピスあるいは緩和ケア領域で, その転倒ということにどういう特徴があるのだろうか, 配慮すべき点があるのだろうかについて考えてみました。また, それが皆さんの現場でも共通点や違う点を考えるヒントや糸口になればと思います。また現場では転倒させてしまったときのスタッフ側の気持ちの重苦しさも非常に大きなものがあります。そういった面での患者さんの自立と安全確保のジレンマもあるかと思いますので, そんなことも含めて現場の悩みなどを話し合えたらいいかなと考えています。
 
ピースハウス病院の概要
 
 平成5年に開設した独立型のホスピスです。ベッド数21床, 個室13床, 4床室2部屋あり, 男性と女性に1つずつとなっています。個室はお手洗い兼洗面所がついていますが, 4床室は4人の共有として4床室の一角に洗面所とお手洗いがあるという構造です。個室の床面積は約25m2ぐらいあります。これは洗面所やお手洗いも含めた広さです。平均在院日数がだいたい42日, これは平成10年から13年の平均です。年間平均患者数もこの間137名ぐらいです。患者さんの平均年齢は65歳ですが, 若い方は20代から高齢の方は90代の方までという幅の広さがあります。
 疾患の内訳ですが, 平成12年度の統計です。肺がん23名, 大腸がん20, 胃がん18, 乳がん12, 頭頸部のがん10, 膵がん10, 膀胱がん, 卵巣がんとつながり, その他になります。午前中の話のなかにも多発性骨髄腫の患者さんの話が出ましたが年間2名ぐらいはおられました。
 
1. ピースハウスにおける転倒事故の現状について
 転倒事故の現状を調査をしてみました。ピースハウスにおける転倒事故の実態を明らかにし, ホスピスケアにおける転倒の特徴を分析し, 転倒予防ケアの具体策を検討するということで取り組んでみました。
 
2. 調査対象と方法
 調査対象:平成10年の1月から平成13年の12月末までの4年間に転倒事故報告書として書類が上がってきた30事例のうちの28事例を検討しました。
 調査方法:事故報告書とその患者さんの入院チャートから, 転倒時の状況を疾患名・転移・主症状・使用薬剤・付き添いの有無・転倒時の状況・行動の動機・転倒場所・受傷状況・ADL・事前対策と事後対策がどんな様子だったか, 事故の時期・時間帯について調査をしました。
 
3. 結果−年齢・疾患・症状−
 対象者28名の平均年齢は70歳でした。幅は49歳から88歳の間です。
 
◇対象の平均年齢:70.0歳(49歳〜88歳)
◇疾患:骨髄もしくは骨転移 12名(40%)
 脳腫瘍もしくは脳転移 3名(10%)
 脳梗塞を合併している 3名(10%)
◇症状:せん妄 11名(36%)
 倦怠感・脱力・眠気 10名(33%)
 
 入院の患者さんの平均年齢が65歳でしたので若干高齢の方にシフトしているということです。母数が28と多くはないのでいろいろなことを断言するには難しい数だと思います。疾患は最初に内訳に挙げたような内容の患者さんがほぼ平均的に分布していました。その中で骨髄腫もしくは骨転移がある患者さんが12名で40%いました。脳腫瘍もしくは脳転移があった方が3名, 10%。脳梗塞を合併しているという方も3名おりました。症状の特徴は疼痛や倦怠感, 呼吸困難などはやはり疾患の分布と同じように分布していました。中でも際立っていたのが, 転院した時点でせん妄の方が11名, 36%です。倦怠感や脱力感, 眠気を強く主訴としていた方が10名でした。
 
4. 使用薬剤
 
◇オピオイド 22名(73%)
◇鎮痛補助薬 4名(13%)
◇ステロイド 11名(36%)
◇制吐剤 12名(36%)
◇睡眠鎮静剤 11名(36%)
 
 転倒したときに使用していた薬剤の概要はオピオイド, モルヒネかフェンタニールなどの薬剤を使っていた方が22名, 73%です。鎮痛の補助薬としてケタラールや抗うつ薬を使用していた方が4名いました。ステロイド剤を使用していた方が11名, 制吐剤をモルヒネとともに使用している場合と, あとは薬剤性の嘔吐に対してではなくて吐き気が症状としてある方に制吐剤を使っていた場合と両方含まれていますが12名の方が使っていました。睡眠や鎮静に関する薬剤を使っていた方が11名おられます。睡眠や鎮静剤というのも経口で服用している方はハルシオンやロヒプノールを使用している方, あるいは持続皮下注射で夜だけドルミカム:ミタゾラムを使用するというパターンもあるのですが, そのような方も含まれての両方の数が11名でした。
 
5. ADL・付き添いの有無
 
◇ADL 全介助 8件
 部分介助 14件
 自立 6件
◇付き添いの有無
 有 5件
 無 23件
 
 28名の方のうち, ほぼADLを全介助している方が8名, 部分介助で歩行時の見守りや座位保持はできて食事は自分で食べられるという方も含めて部分介助の方が14名, とりあえずADLは自立していたという方が6名です。付き添いの有無については転倒時の付き添いの有無ということで出しました。どなたかご家族が付いていたという方が5件です。まったく1人でいた状況という方が23件でした。
 
6. 転倒の状況
 
◇トイレ・ポータブルからの立ち上がり時 6件
◇歩行中の転倒(つまずき・からまり) 8件
◇車椅子・椅子からの立ち上がり時 5件
◇ベッドからの転落・ずり落ち 9件
 
 どのような状況で転倒されたかという数です。トイレに歩いて行って排泄を済ませた, あるいはポータブルトイレをお使いになってポータブルトイレから立ち上がるときに前のめりに転倒した方が6件ありました。また歩行中に転倒したというケースが8件です。ご自分で歩けると思って歩いていて足が絡まってしまったとか, 何かにつまずいて転んでしまったというケースが8件。車椅子に移動して座っているとき, またはベッドサイドの椅子に座っているときに, 立ち上がろうとして転倒したというケースが5件でした。ベッドに臥床している状態からの転落, あるいはずり落ちてしまってベッドサイドにしゃがみこんでいたとか座りこんでいた方が9件です。
 これらの状況に至るまでには, おそらくどうして動き始めたかという動機があると思いましたので, 調べてみました。
 
7. 行動の動機
 
◇トイレ 13件
◇食事 2件
◇喫煙 2件
◇カーテンを閉めよう 1件
◇物を拾おうとして 1件
◇? 9件
 
 やはり行動の動機の中で一番多かったのが“お手洗いに行こうと思って”という方です。これは患者さんに「ご自分が転倒時に何をしようとしてらしたんですか」ということを聞いたときに, このように答えていたという記載を拾ったものです。トイレに行こうと思って行ったあるいはトイレに行った後の転倒だったという方が13件でした。食事のためにベッドに端座位に起きようとした時, また食事のためにベッドサイドのソファーに移動した際に転倒したという方が2件です。喫煙をしに歩いて行こうというときが2件, あとは夕方になったので自分で閉めなくちゃいけないと思って, カーテンを閉めに行ったときに尻もちをついたというケースが1件。椅子に座って何か作業をしているときに床に物を落としてしまったのでそれを自分で拾おうとしてそのまま引っ繰り返ってしまったという方が1件ありました。「?」というのは, せん妄の方で患者さんの言葉としてこちらがその行動の動機を特定することが困難であったということです。9件でした。
 
8. 受傷状況
 
◇打撲 13件
◇擦過傷 6件
◇裂傷 5件
◇骨折 2件
◇DIV抜去 1件
◇鼻出血 1件
 
 転倒をしてしまったときに受傷している方が多く, その中身ですがこれについては重複していると思います。打撲でなんらかの処置を受けている方が13件, 擦過傷を負ったというケースが6件, 裂傷, 額を打ってパックリと傷があいてしまった, あるいは眉間が切れて出血をしたとか, そういうケースが5件です。この5件というのは, 病室のようなカーペットではなく, 手洗いの床がタイル素材だったこともあり裂傷という方が多くありました。中で骨折に至ってしまったケースが2件ありました。この骨折してしまった方たちは骨転移の方ですが, その骨転移のためにすでに1ヵ所を骨折していたのにさらに転倒してもう1ヵ所骨折してしまったと方が1人いました。あとはまったく新たな大腿部の頸部骨折をしてしまったケースです。点滴が転倒の際に抜去されてしまったというケースも1件ありました。鼻出血を伴った傷を負ったというケースもあります。
 
9. 転倒事故発生時の時期
 
死亡から遡って
◇1週間以内 5件
◇1〜3週間内 8件
◇3〜5週間内 7件
◇5週間以上 8件
入院期間(383日〜12日)
 
10. 時間帯
 
◇日勤帯(8:30〜17:30) 7件
◇準夜帯(17:30〜0時) 7件
◇深夜帯(0時〜8:30) 14件
 
 転倒の事故がどういう時期に発生したかを見ました。最初は時間帯だけを拾ってみました。ピースハウスの勤務体制は変則2交替です。日勤帯が朝の8時半から17時半までですので, 2交替の夜勤帯で16時半から翌朝の9時半までをカバーするということになっています。日勤帯というのは看護師がリーダーを入れて6人, それに遅番が正午から20時まで入ります。ですから日勤帯を7人でカバーしている時間帯があります。夜勤は3人でカバーしています。準夜帯の8時までは遅番の看護師がずれ勤務で入っていますので, 4人体制になっています。それ以降は朝の8時半に日勤のメンバーが来るまでは3人でカバーするかたちになっています。
 時間帯を見て事例を拾っているときに, 入院してからどのくらいの時期に転倒の事故が起こっているのだろうか, あるいは死亡する日から遡ってどのくらいの時期に転倒が起こっているのか, 何か特徴があるのかしらと思い, 一応死亡日から遡った時期を拾ってみたところ, バラツキはあまりありませんでした。亡くなる1週間以内に転倒していたケースが5件, 1週間から3週間以内というケースが8件, 3週間から5週間という期間の方が7件, 5週間以上の時期だった方が8件でした。
 28名の患者さんの入院期間は1年以上383日間という長期入院していた方から12日間までという方までの幅がありました。383日間という方は多発性骨髄腫の患者さんでしたが, 脊椎の転移があり, ADLが非常に落ちていましたので在宅ケアが難しくて疹痛コントロールをしなくてはいけないけれど, 生命予後にはかなり時間があったというケースです。
 
11. 事故前の対策
 
◇事故を予測して何らかの対策を立てていた 21事例
◇事故を明確に予測せず, 対策を立てていなかった 7事例
 
 これについては大雑把な調査だったのですが, 事前に事故を予測して何らかの対策を立てていたのは21事例でした。何らかの対策というのは非常に暖昧ですが, 例えばトイレに行くときには必ずナースコールを押して呼んでもらって付き添っていくことをルールにしていたとか, あるいは柵を上げることを通常のパターンにしていたとか, 移動の際は必ず介助して車椅子に移動するようにしていたとか, 訪室の頻度などです。ピースハウスは個室が多いので目が行き届かないという現状がありますから, 転倒する可能性があるということがアセスメントされた患者さんに関しては訪室の頻度を多くするという対策をよく立てています。
 では実際にこの対策をどのようにスタッフ間に伝え合うかということです。たぶんどこの病院にもその日の日勤帯にどういうことをするかという簡単なケアプランがあると思います。例えば, バイタルサインについてはこの患者さんは1日1回のチェック, この方は各勤務帯で3回チェックということと, 横並びの中に, 食堂に行くときは必ず車椅子で看護師が介助してお連れするということが書かれていたりします。転倒には関係ないですけどマウスケアは食後毎回, 例えばハチアズレを使ってトゥースエッテで舌をきれいにするなどと書いてある表があります。その中には訪室の頻度についても昼間は3時間毎に様子を見に伺うとか, あるいは夜は2時間毎の体位交換に行くとか, あるいはもうちょっと危険な感じの方は短い頻度にするというように, ケアを引き継いでいくことをしています。そのような形で何らかの対策を立てていたという方が21件です。
 次に, 事故を明確に予測せず対策を立てていなかったケースが7件ありました。これは特にそのケアプランの中に挙がっていなかったということがあります。また看護記録の中には「転倒の危険があるかもしれない」, 「あるいはふらつきが強くなった印象がある」という書き方はされていても, 明確にきちんとした問題意識としてあがっていないためにプランにつながっていなかったと思われる場合, あるいはまったくそういうことも記載がなかったというケースが7件あったということです。
 

*1 Falls and its Management in the Hospice Practice
*2 ピースハウス病院看護部長
第82回ホスピスケア研究会(2000年5月19日)にて発表







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